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66 夜霧よ今夜はノーサンキュー

 黄昏のキグレーター・ャメロット。市内を蛇行するヨーク川河畔に数人の少年達が集結していた。

 周囲を見渡し、スラム仲間を率いたジャスティンは舌打ちした。

「霧が出てきやがった」

 川面に漂っていた霧が、次第に薄闇に淡いベールを掛けるように広がっていく。

「確認しづらくなるのによ」


 スラム街のスリ仲間は見かけない船をチェック中だ。彼らにとって船自体は商売に無関係だが、犯罪者の中には船専門のかっぱらいもいる。どんな船がどんな積み荷を運んでくるかという情報は飯の種に直結するため、そこらの港湾官などより精通しているのだ。

「デカいのにロクな積み荷がない船なんて怪しすぎて警戒対象だろ」

 ヨーク川に架かる橋の高さからして、はしけだろうと目星は付いている。岸から身を乗り出すように船を見ていると、荷積み労働の男に注意された。


「そんな乗り出すと落っこちるぞ、坊主」

「平気だって」

 構わず船を探すと男は諦めたように立ち去った。ジャスティンの意識の片隅に引っかかる声だったが、彼は捜索を優先させた。

「待ってろよ、姉ちゃん。今度はこっちが助ける番だからな」

 少年の側で垂れ耳の小型犬が激励するように吠えた。



 暗い船倉で、モーリスと並んで座っていたメロディは自分がうとうとしていたことに気がついた。ここに入れられて何時間が経過したのか分からないが、まだ一昼夜はいってないだろう。

 ――えーと、誘拐事件での被害者の生存確率がガタ落ちするボーダーラインは四十八時間だったかな?


 異世界の知識は時として残酷だ。複数人の時はどうだったろうかと考えていると、隣から小さな声がかけられた。

「起きたのか?」

「あ、はい。異世界の誘拐事件のことを考えてたら眠くなってしまって…」

 隣の彼が笑うのが触れた腕から伝わってくる。鼓動が跳ね上がるのを誤魔化すように、メロディは大公邸のことを振り返った。


「庭園から連れ出された時、後方で凄い音がしてましたよね」

「最近導入した機関砲だ。一分間に二百発以上撃てる」

「…どこの塹壕戦ですか」

 とんだオーバーキル装備だとメロディは呆れた。その超進化版で人が骨すら残さず粉砕されるエピソードがあったと異世界のドラマを思い出し、彼女は身震いした。


 その時、板壁を隔てた向こう側から物音がした。重い足音に硬い物をかちかちと打ち合わせる音。

「もしかして、テラノがお隣にいるんでしょうか」

「かもしれないな。船のバランスを取るために中央部に集められてるだろうし」

 翼を広げると畏怖する大きさの翼竜は、陸上では意外とコンパクトになる。

「狭くても暴れないところを見ると、よく馴致されてるんですね」

「空からの奇襲は効果的だが存在を知られるまでだ。対空警戒していれば機関砲の餌食だな」

「生身を撃つのはちょっと…。あ、モーリス様が食べられそうになった時は全力で追い払いますから」


 言葉を失った大公の息子は肩を震わせ始めた。必死で笑いを堪えながら、隣に座る少女に礼を言う。

「頼りにしてるよ」

 メロディは真面目に頷いた。

 ――テラノが一頭だけなんて決めつけなければ今回のことだって予想できたんだから。絶対、一緒に生還しないと。

 おそらく、平凡に見えて侮りがたい大公は手を打っているはずだ。それが海軍なのか重大犯罪課なのか分からないが、最適な者を使っているだろう。


 そう考え、メロディは今の状況から最大限の情報を得ようとした。

「この船、テラノ以外にも何か運んできたのでしょうか」

「そうだな、荷を積んでいなければ不審がられるだろうし」

「甲板にいた時、覆い布から変な臭いがしたんです。草か薬みたいな」

 それを聞き、モーリスも自らの記憶を辿った。

「ああ、僕も気になった。テラノの餌かと思ったが、草食ではないはずだし」


 それが何だとしてもロクなものではないとメロディは感じた。外国にしかいない動物を密輸したことを思えば、同様に国内に存在しない植物を持ち込んだ可能性がある。

 ――生態系とか考慮してないよね、きっと。

 この世界の三大大陸は地峡で繋がっているが、固有の動植物は共通性のないものも多い。

 ――大昔はバラバラの陸地だったのかも。

 神の気まぐれのようなプレートの移動で一時的に陸続きになっているだけだろう。

 そんなことを考えていると、船倉の扉の前で足音が止まった。二人は身構えた。



「こいつか……」

 スリ仲間が遂に探し当てたのは大型のはしけだった。甲板には何も積載していないのに、喫水線があり得ない位置まで沈んでいる。

「どんだけクソ重いモン隠してたらこんなになるんだよ」

 呟きながら、ジャスティンは手のひらに収まる投光器をかざした。合図の通りに点滅させると、川向こうから応答があった。


 光の会話を見物する者がいた。労務者風の中年男だ。彼はたちこめる霧に紛れて接岸する船に飛び乗った。

「準備は?」

 問われた船長は直立不動の姿勢で答えた。

「『D』からの合図があり次第作戦開始できます」

 労務者は頷いた。どこにでもいそうな労働者階級の人間は船の舳先に立ち、時を待った。



 狭い通路を歩かされ、少しは広い部屋に二人の人質は来た。船長室らしい部屋は折りたたみ家具を全て収納し、多くの男たちが待ち構えていた。

 緊張をみなぎらせるメロディとモーリスの耳に、からかうような声が届いた。

「気楽にね、タマ無し(ノーボールズ)君、ふわふわウサちゃん(フラッフィーバニー)

 彼らは顔を見合わせた。他の者にふざけた言葉が聞こえた様子はなく、室内は静まっている。

 ――あれは天賦(ギフト)? ピンポイントで遠くに声を届ける能力を聞いたことがあるけど、もしかしてここじゃなくて甲板にいる人?


 しかも、あのとんでもない偽名を知っていると言うことは、ネイチャー&ワイルドの会員だ。それでもここにいるのは敵だけではないという事実は、肩の力を少し抜いてくれた。

 男たちの中心に侯爵家の庶子兄弟がいた。同じ服を着た二人は、今ではほとんど見分けが付かない。

「……ホントに一卵性双生児なんだ」

 驚くメロディに、彼らは苦笑未満の顔をした。

「ハミルトン家の連中には一度も入れ替わりを疑われたことはない」


 一人が皮肉を込めて言った。メロディは首を振った。

「私は分かりますよ。警部の右手はWRRWW、お兄さんだか弟の左手はLLWWL」

 怪訝そうな周囲の視線に、子爵令嬢は補足説明をした。

「指紋票の記号ですよ。右利きが警部ですね、左利きほど目立たないから。一卵性だと片方が左利きなのは有名ですし。ああ、時代があまり先を行かなくて良かったですね。証拠がDNAしかなかったら騙されてたところですよ」


 口元を歪めたのが警部で、怒りの形相になったのが『大山羊』だろうと、彼女は見当をつけた。

「下らん講釈はそこまでだ。大公はどこまで掴んでる?」

 『大山羊』がモーリスの胸ぐらを掴む勢いで問い詰めた。大公の一人息子は一歩も引かずに答えた。

「父上の行動は予定変更が多い。僕ごときには予想も付かない」

 モーリスに暴力を振るうなら攻撃目標は脛にするか爪先にするかをメロディは真剣に考えた。そして、『大山羊』の上着ポケットから、シワになった紙が覗いているのに気付いた。


「良くない知らせでもありましたか?」

 わざと心配そうに尋ねると、侯爵家のつまはじき者は少女を睨んだ。

「ヨーク川に封鎖命令が出た」

「脱出用の船が足止め? それとも臨検中?」

 直球で神経を逆なでしてやると、『大山羊』は怒りの矛先をメロディに向けた。

「うるさい! 関係ないのに大事な所にちょこまかと首を突っ込んで来やがって!」


 侯爵家の庶子は少女を怒鳴りつけ、懐から取り出した拳銃を突きつけた。充血した目をモーリスに向け、引き金にかけた指を見せつける。

「大公と交渉しろ、川の封鎖を解き、我々の脱出路を作れと」

 大公子の青い瞳がまっすぐに脅迫者を見据えた。

「船内で発砲など自殺行為だ、トヴァイアス卿」

「…ガキが、何様のつもりだ!」


 逆上した彼が銃口をモーリスに向けるのと、船全体が跳ね上がるように揺れるのとほぼ同時だった。

 その場の全員がよろめき倒れ、隔壁の向こうでテラノが騒ぎ立てた。

「くそっ、襲撃か?」

「まさか、どうやってこんなに早くここを嗅ぎつけたんだ?」

「武器を出せ! 迎撃するんだ!」


 彼らは殺気立った様子で船長室を出て行き、メロディとモーリスは二人で取り残された。

「しっかり鍵が掛かってますね」

 ドアを揺さぶってもびくともしないのに、メロディは残念がった。

「さっきのは何だったんでしょうか。軍艦でも遡上させたとか?」

「父上ならやりかねないが、クレメンツ提督とはそれほど交流はなかったはずだ」

「極秘に潜航艇でも作ってたりして」


 考え込んでいると再度船が揺れた。よろける彼女を支えて、モーリスが説教をした。

「さっきのはいくら何でも挑発しすぎだ。本気で撃たれたらどうするつもりだ?」

「反省してます。つい、カーター警部の兄弟だからもっと忍耐強いかと」

 メロディの言葉に嫌な音が重なった。めりめりと木が砕ける物音。二人は顔を見合わせ、同時に床を見た。そこにはじわじわと水が染み出ていた。



 甲板で銃撃戦を始めた男たちは、霧で相手が全く見えない状況に苛立っていた。

「見えないのは向こうも同じだろ。何でこっちが一方的にやられてんだよ」

天賦(ギフト)持ちが協力してるんだ、あのバケモノども…」

 歯噛みする男たちに最悪の情報がもたらされた。

「大変だ! 船底から浸水してるぞ!」

 ハミルトン侯爵家の双子は同じ表情で相手を見た。

「脱出するなら、この霧に紛れるしかない」

「人質はどうする?」

 『大山羊』が冷酷な声で配下に命じた。

「船長室からガキを連れてこい。ただし、片方だけだ」

 二人は酷薄な笑みを口元に浮かべた。

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