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64 翼をくれるのもほどがある

 先頭を行くジュリアスは件の人物に見向きもせず、叔父である大公に挨拶をした。

「ここを訪問すると珍しい動物が見られるのが楽しみでしたよ、叔父上」

 ジョン大公は華やかな甥に笑顔で答えた。

「ああ、新しく増えたのもあるよ。翼竜は飼育舎からまだ出せない状態だがね」

「凄いですね。ねえ、ハミルトン侯爵」


 王太子は大公から少し離れた場所にいる植民地相にわざわざ声をかけた。彼の息子たちは驚いた目で父親を見ている。

「弟君はご一緒ではないのですか?」

 目を瞠った侯爵は、苦々しげに答えた。

「さて、誰のことをおっしゃっておられるのか…」

「ああ、ジェニュイア・クラブの方と、キャメロット警視庁の方ですよ」


 快活な笑顔で爆弾発言をするジュリアスに、侯爵は固まった。

「…殿下、どうしてそれを……」

 やはり、とメロディは彼の背後に控えながら自分たちの推論が当たっていたことを確信した。ハミルトン侯爵の異母弟は二人、双子の兄弟なのだと。

 ――一卵性なら入れ替わりも不可能じゃない。お互いの情報を共有し、有能な警部とクラブに入り浸りの放蕩者を交互に演じて互いのアリバイを作ってたんだ。


 人々の耳目がジュリアスに集中する中、すっとモーリスが特徴のある山羊鬚の男の前に移動した。メロディは自然に彼と同じ行動をした。

「初めまして、ミスター」

 穏やかな声で、大公の一人息子は侯爵家の庶子に話しかけた。彼の肩越しに『大山羊』を観察しながら、メロディはわずかな異変も見逃すまいと手を握りしめた。


 ――ビル・サイアーズ(筋肉キング)が死んでもないのにわざわざ手間暇かけて葬儀なんてやるのは、誰かをあぶり出す目的よね。きっと、参列者も全て網羅されてるはず。

 ハーレムの主が留置場で倒れたのは事実だ。それから収容された病院で工作が行われたのだろう。搬送先をしっかり確認しておくのだったと彼女は悔やんだ。


 モーリスは静かに語り続けた。

「サイアーズ氏の葬儀以来ですね。あの時はご挨拶できませんでしたが」

 トヴァイアス・ハミルトンは若い貴公子を値踏みするように眺めている。

「あなたのような方が彼をご存じとはね」

 初めて聞く『大山羊』の声は、やはりカーター警部と似ていた。


 ――あの時、キングを挑発してた声だ。

 美女を連れてわざわざハーレムに接近したのは、キングにちょっかいを出させるためだ。美女の衣装をもっと舐めていたら、サイアーズ氏はあの場で絶命していたかも知れない。

 ――確か、ダンサーのカップルが割り込んで対立をうやむやにしたんだっけ。

 謎のカップルはスカイウォークが崩壊したカジノでも人を助けていた。正体を探りたい所だが、今は目の前の大山羊に集中するべきだ。メロディは頭を上げ、モーリスを応援するようにその後ろ姿を見つめた。




 少し時刻を遡り、キャメロット警視庁。警視総監リチャード・ローワンは蒼白な顔で叫んだ。

「どういうことだ!? 重大犯罪課が空だと?」

「そ、それが、王宮よりの要請で…」

 不運な監察官はなるべく距離を取りながら報告した。

「また、警視庁の序列を無視した特別命令か。もう我慢ならん、今度こそ警務大臣に直訴してでも…」

 通信室からの伝令が彼の言葉を遮った。

「失礼します! さきほど首都警備司令から緊急事態のコールが!」

「何だと!?」

 総監の顔は赤黒くなっていた。

 その後、警視庁はあちこちからの緊急連絡に謀殺され、どの課も対処に追われることとなった。



「今頃、本庁は嵐だろうな」

 出動者車の中で、重大犯罪課長ユージーン・ギャレットが低く笑った。同乗した捜査官たちは苦笑いになっている。

「非情事態だというのに楽しそうですね、課長」

 次席の非難がましい言葉にも、彼は痛痒を感じた様子はなかった。

「現場は久しぶりだ、大目に見たまえ」

 捜査官ラルフ・ディクソンは無言で車窓からキャメロットの街並みを眺めた。これから先、妙な因縁の出来た人物の居城で予想される事態を思うと、赤い瞳が自然と険しくなった。


 車列の最後方の車には、文書庫の主と証拠保管庫の門番が乗っていた。トービルは落ち着かなげにもぞもぞと何度も座り直し、対照的にドッド老警部は楽しげに窓からの風を受けている。

「久々の娑婆の空気だ、もっと味わっとけ」

「……いや、どこに連れて行かれるのかも分かんないのに、そんな気持ちには」

「ラルフたちが連れ出してくれたんだ、警視庁よりいいとこだろうよ」

 警部は事も無げに言ってのけると、高位貴族の豪邸が並ぶ区画に目を丸くした。



 王太子の腕に掛けた手に力を込め、公爵令嬢ジョセフィンは自身の天賦(ギフト)を研ぎ澄ませた。

「何か感じるのか?」

 ジュリアスが囁き、彼女は頷いた。

「まだ、遠いですけど」

 ただならぬ様子に、メアリ・アンがきょろきょろした。

「何もないわよ……」

 そして、人の輪の中心にいた父親の姿が見えないのに目を瞠った。よく見れば彼を取り巻いていた若い貴族や実業家たちがモーリスと対峙する人物の傍らに集まり、大公夫妻も見当たらない。思わず彼女はジュリアスの腕にしがみついた。ジョセフィンは苦笑するだけで咎めようとしなかった。


 トヴァイアス・ハミルトンは奇妙なほど落ち着いていた。それは彼の周囲の若い男性たちも同様で、皆似通った表情をしている。

 それはメロディにはどこか不気味に思えた。モーリスの方はあくまで来客をもてなす大公家の一人として、丁寧な物腰で対応している。

「ネイチャー&ワイルドにはドッグショーで招待を受けました。後のスラムでの街娼惨殺事件の予行演習のような悪ふざけがあったショーです」


 淡々とした説明に、事情を知らない人々がざわめいた。ハミルトン侯爵の異母弟は何も答えなかった。モーリスは続けた。

「キャメロット警視庁のネイサン・カーター警部をご存じですか? あなたとは奇妙な共通点があるのです。疑惑を持たれる事件が起きた時には必ず人目の多い場所にいて完璧なアリバイがあるという」

 『大山羊』は髭を震わせた。

「それは、単に無実というだけでは?」

「あるいは、互いが互いになりすまし、わざとパブやクラブで騒ぎの中心にいれば、どんな容疑が掛けられても逮捕されることはない。そうでしょう」


 モーリスは背後にいるメロディを振り向き、尚も余裕の態度を崩さないトヴァイアス・ハミルトンに言った。

「入れ替わりの証拠など無いとお思いですか? しかし、警視庁のカーター警部の机から採取した現場指紋とあなたたちの物を照合すれば興味深い結果が出るでしょう。カーター警部になりすましている時は極力革手袋を装着していたようですが、外さなければ怪しまれる場面もあったはず。違いますか?」

 彼が話す間に、大公家の護衛兵が『大山羊』を包囲するように集結した。


 ――完璧です、モーリス様。これで焦ってボロを出してくれれば……。

 メロディの期待は立ち消えた。不利な状況であるはずのトヴァイアス・ハミルトンは、全く動じることなくモーリスと対峙したままだ。ちらりとマティルダ王女に目をやったが、彼女は怪訝そうに侯爵の弟を見ていた。

 ――強がりじゃないって事? でも、完全に包囲されてるのにどんな勝算があるの?


 庭園に不審な気配はない。首を巡らしていると、蒼白な顔で王子に支えられる公爵令嬢の姿が視界に入った。

 ――マールバラ様?

 危機察知の天賦(ギフト)を持つ彼女があれほど怯えているとなると、何か予測不能の事態が待ち受けているのだろうか。

 途方に暮れたメロディは、空からの日光が不自然に陰ったのを感じた。

 ――? 雲じゃない。あれは……!!


 上空にあるのはいくつもの翼だった。鳥ではない。頭部に長い突起を持ち、皮膜の翼で音もなく滑空する生き物。

「翼竜……!」

 大群をなした大型の翼竜テラノが空から侵入してきたのだ。気がついた人々から悲鳴が上がった。

「大公殿下と妃殿下を避難させろ! 来賓の方々はこちらに!」


 すぐさま護衛兵が動き出し、空に向けて発砲した。しかし命中率は低く撃退できないと悟った彼らは要人保護に優先順位を切り換えた。ジュリアスたちも引きずられるように連行されていく。

「モーリス! カズンズ嬢!」

 次々と着地するテラノに取り囲まれる従兄弟たちに向けて王太子は叫んだが、護衛兵は構わず王族を安全圏へと移送した。



 異変は重大犯罪課の車からも見て取れた。

「何だ? 妙な物が浮いて……いや、飛んでるのか?」

 一見鳥のようだが、すぐに鳥ではあり得ない大きさだと分かった。車列が止まり、捜査官たちが一斉に降車する。

「翼竜? あんな数が、一体どこから…」

 赤い目を眇め、ディクソンが呟いた。

「道路から河川に至るまで厳戒態勢を敷いていたのに……」

 別の捜査官が悔しそうに声を絞り出した。ギャレット課長は言葉を失っている。


「どうなるんスか、これ」

 不安そうにトービルが老警部に囁いた。ドッド警部はやれやれと頭を掻き、課長の下に歩み寄った。

「空からの奇襲が想定外なら、非常事態とみて良さそうだな」

 怪訝そうな周囲に構わず、彼は上着の内側から一通の書類を取り出した。

「なら、こいつの出番だろう」

 手渡されたギャレットは不審げに書類を一瞥し、顔色を変えた。

「海軍からの正式協力要請……どこからこれを」

「さるお方からさ。まあ、ちょっとした保険が発動したと思っとくんだな」


 敏腕課長はすぐに立ち直り、捜査官を招集した。

「これから目的地を変更する。場所はボウヒルの森南西の水門だ。念のため、各車別のルートを進み合流する。出発だ!」

 天賦(ギフト)持ちの捜査官たちは上司の意図を汲み、質問すらせず再度車に乗り込んだ。

「ほら、ぼやぼやしてると積み残されるぞ」

 状況が分からず唖然とするトービルをせっつき、ドッド警部はディクソンと同じ自動車に乗った。

「殿下に嬢ちゃん、無事でいりゃいいがな……」

 小さな呟きに白髪の捜査官は黙って頷いた。

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