61 箱を開けて最初に中を見たい
捕縛された者たちは綺麗に二つのグループに分かれていた。
「片方は何だか軍隊みたいな統制きいてて、もう片方は外国人っぽい訛りがありますね」
メロディがそっとモーリスに言うと、彼も同意した。
「そうだな。外国人組の方は全員手首に例の入れ墨があるらしい」
「湖水祭で殺された人と同じですか?」
「僕たちは自分の目で確認できないから平常者の情報部員のからの伝聞だが」
最初、当然キャメロット警視庁の留置場行きと思われた侵入者たちの護送は海軍の大型車で行われた。
「これって、外国人だと強制退去とかが関わってくるからでしょうか」
「どうかな。身柄確保と同時に駆けつけたのを見ると重大犯罪課とも連携しているようだし」
ライトル伯爵邸の荒れた庭園で、二人は捜査官たちの邪魔にならないように様子を見守った。そこに犬の吠え声がした。
「マディ! ジャスティン様!」
嬉しそうにメロディが呼ぶと、垂れ耳の小型犬が飛びついてきた。伯爵家の令息は、連行されていく男たちをじっと眺めている。
「見知った者がいるのか?」
モーリスに尋ねられ、彼は首を振った。
「知らねえ奴らばっか。でも、お宝探しはついでのはずだったんだけどな」
「文書を見つけたのですか!?」
驚くメロディに、少年は事情を説明した。
「ジイさんの寝台に金属の箱が取り付けてあって、メチャ重くて取り出せもしなかった」
「余程重要な物を隠していると見るべきだろうな」
「金庫って事は、鍵とかダイヤルとか付いているのでしょうか」
「さあ、ホントにやたらと重くて頑丈な鉄の箱って感じだったけど」
「これはライトル伯爵に任せるべきだろうな」
「あー、俺が関わったことは内緒に」
父親が出てくるとなるとジャスティンには色々と言いづらいことが多い。メロディとモーリスは秘密にすることを約束した。
「スラムの子たちに頼んだということにしましょう。あの子たちは無事に逃げたのかしら」
「大丈夫、昼間でも酒かっくらって刃物振り回す奴ら相手にスリとかっぱらいで生きてた連中だから」
「もう少し安全な仕事をさせたい所ですけど……」
複雑そうにメロディが言い、何とかならないかとモーリスを見上げた。まだ学生の彼に出来ることは少ないが、茶と青に色別れしたダイクロイックアイが哀しげに揺れるのを見ると、出来る限りのことをしたくなってくる。
「それも彼らが自主的にスラムから出てきてくれなければ難しいな。強制は反発を招くだけだろうし」
侵入者たちは罵倒と黙秘にきっぱりと別れながら護送されていった。残る問題は例のブツだ。
「金庫はどうするのかな?」
「そんな物を運び出したら目立つだろう。もう野次馬もかなり多くなっているし」
彼らは相談の上、ディクソン捜査官に提案した。上司の了解をとりつけた捜査官は伯爵家の残った家具類を次々と搬出させた。どれも火事場に放置される程度の価値しかなく、大きな古いベッドも天蓋を外されその中に紛れ込んでいる。
荷車用の使役馬がのろのろと運び出す物に、集まった人々は関心を向けなかった。捜査官が更に地味な現場検証を始めると、人波は更に引いていく。
「上手くいきますかね」
メロディがそっとモーリスに尋ねると、大公の息子は安心させるように笑った。
「父上が警視庁のトップに会談の要請をしていたから、横槍は入らないと思うよ」
「兄ちゃんとこの大公様、ここぞと言う時に上手く権力使うよな」
感心したようなジャスティンの言葉に二人は吹き出した。
キャメロット警視庁の上層部は笑う気分になれなかった。
「こういうことを我々を無視して決定されると警視庁の綱紀に関わってくるのだぞ」
恨めしげに警察長に咎められた重大犯罪課長ユージーン・ギャレットは、形だけの謝罪をした。
「申し訳ありません。なにぶん、第一海軍卿からの命令に近い要請でしたので」
海軍トップを言い訳に出されると、彼らもそれ以上の文句は言えなかった。
咳払いをした警察長は忌々しそうに彼を退出させ、苛々と指先で机を叩いた。
「まったく、どうなってるんだ。閣僚級でもない一貴族の屋敷にどれだけの者が目を光らせているんだか…」
次第にぼやきに変わっていく警察長の言葉を、周囲は脳内ミュートでやり過ごしていた。
スラム街として知られる犯罪大通りことガズデン通り。その入り口付近のパブは犯罪者と一般人が入り交じっていた。
ただし、一般人と言っても脛に傷持つ割合はキャメロット中心部より遙かに大きく、中流以上の階級の者からすれば区別など付かないだろう。
そんな店の裏手で、数人の少年が人待ち顔でたむろしていた。やがて見覚えのある者がやってきた。
「お待たせ。みんな揃ってんな」
伯爵家の子息とは思えない服装と口調で登場したのは、スリのジャックことジャスティンだった。
「遅えよ、腹減っちまった」
「悪ぃ、これで好きなモン食えよ」
少年は彼らに報酬入りの小袋を配った。中身を確認し、一人がにやりと笑った。
「悪くねえ稼ぎだな」
「誰からなんて聞くなよ」
ジャスティンの言葉に、彼らは肩をすくめた。この界隈で生き残るには下手に詮索しないそつのなさも要求される。
「また仕事が来たら声かけるから」
彼らに手を振り、ジャスティンは通りを用心深く横切り、隠れるように待っていた馬車に乗り込んだ。
「どうでした?」
心配そうにメロディに問われ、少年は親指を立てた。
「駄賃渡して完了。この分なら、あいつらはこの後も優先して協力してくれると思う。もちろん金になるならだけど」
メロディと一緒に馬車内で待機していたモーリスが頷き、御者に合図した。目立たぬように選んだ簡素な馬車はキャメロット中心部のお屋敷街へと走り出した。
「そんなことになってたのか」
久しぶりにロンディニウム学園で集合したCSI部の部員たちは、メロディとモーリスから捕り物話を聞かされ驚いていた。
「見物できなかったのが残念だったな」
「殿下が出張ってこられると隠密作戦そのものが成り立ちませんから」
見た目は完璧な夢の王子様なジュリアスに、メロディが溜め息交じりに答えた。王太子の隣で王女と公爵令嬢が頷いている。反論したのは今日もジュリアスにひっついては婚約者の血圧を上げているメアリ・アンだった。
「ひどいっ、ジュリアス様はお手伝いしたかっただけなのに」
「参加しないことが充分な貢献なんですよ、フィリップスさん」
そう言って、メロディは彼女が与えくれた資料を思い出した。
「湖水祭の写真はとても役立ちました。警視庁の人たちがカメラマンの腕を褒めていましたよ」
「最近雇ったの。事件や事故の写真を専門に撮ってた人だって」
得意そうにメアリ・アンは笑った。
「カメラもフィルムも、夜間撮影できる新製品を出すの」
「それは、警視庁が喜びますね」
「試作品使ってあちこち撮影してるみたい。今度出来た写真を持ってくるわ」
「ぜひ見てみたいです」
意外な面子でメカ話に花が咲く横で、ジュリアスは従兄弟からライトル邸での作戦を聞き出していた。
「そうか、ジャスティン卿が新聞売りを装って仲間と入り込んだのか」
「子供のやることならある程度大目に見られるからな。あの屋敷を監視する者をあぶり出すのが目的で、金庫を発見できるとは思わなかったよ」
「モーリス兄様、ジャスティンは無事ですの?」
「心配ないよ、マティルダ。協力してくれた仲間も全員帰還した。まるで小さな特殊部隊のようだったな」
「それで、侵入者たちは?」
気掛かりそうにジョセフィンが質問し、モーリスは説明した。
「警視庁ではなく海軍の施設に移送した。どうやら二つの組織が文書を狙っていたようだ。一つは例のキャンセラーの入れ墨をした集団で、個有者を呪われた血だと嫌悪していたらしい」
天賦を持つ者たちは苦い顔をした。ローディンでも個有者数が激減し、大多数の平常者に気味悪がられる状況を思い知らされたようだ。
「これで終わるの?」
マティルダ王女が兄を振り向いた。ジュリアスは宥めるように肩に手を置いたが、明言は避けた。
「どうやって警視庁の捜査官と連携を取ったんだ?」
「ジャスティンが不可視光線を出す筒で合図をして、カズンズ嬢がそれを見つけて待機していた捜査官に光で突入のサインを出したんだ」
「そうか、やはり視覚操作系の天賦は応用範囲が広いな」
感心する姿も絵になるジュリアスに、メアリ・アンがうっとりとしなだれかかった。
「ジュリアス様の魅力の方が効果の範囲が広いです」
「本当に、余計なくらいにね」
口元を引きつらせながらジョセフィンが呟いた。その背後で忠実なメイドが頷いている。
メロディはこっそりとモーリスに頼み事をした。
「あの、エディス様が翼竜を見たがっておられるのですが、まだ大公邸で飼育しているのでしょうか」
「庭園の一角で負傷の治療をしている。暴れなくなれば見物できるだろう」
「そうですか、エディス様が喜びます」
それを聞きつけ、他の部員たちも見学希望者が相次いだ。
「なら、ぜひ同行したいな。王立動物園でも拝めない生き物なのだから」
ジュリアスを筆頭に押しきられる形で、モーリスは彼らを招待することになった。
大公家の主は別の場所にいた。
「これが先代伯爵が秘匿していた物か…」
彼の隣で当代のライトル伯爵が畏怖と困惑が相半ばする表情をしていた。
「全く知りませんでした。父がこのような物の上で生涯を終えたなど」
彼らの前で、ベッドに組み込まれたまま忘れられていた金庫が開けられようとしていた。鍵も何もない鉄の箱はバーナーで焼くしかなかった。
「中の物を焼失させないよう充分に気をつけろ」
周囲には消火用の水まで用意されている。神経を使う作業の果てに、ようやく箱に穴が開けられた。ランプの光を頼りに中を覗き込んだ作業員が混乱した様子で報告した。
「……見たところ、中は空です」
さすがにプランタジネット大公も、地味な顔を驚愕に変えた。