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56 背中合わせの竜

 メロディたち一行は、一旦ロッホ・ケアーホテル最上階のスイートルームに避難し、警備隊から報告を受けた。

「あの露店は無許可で出店していました。本来の出店者とは連絡が取れません」

 最悪の状況を予想して、一同は表情をこわばらせた。子爵令嬢は護衛に情報を伝えた。

「男女二人連れの店主のうち、男は足に犬に噛まれた痕があります。手当てをしなければ化膿して歩行困難になるはずです。女は変装が得意としか。あと、あの露天の商品は外国の物でしょうか」

「西方大陸中央部の草原地帯に住む遊牧民の意匠です」

 警備隊員の回答に、メロディは頷いた。

「なら、外国人の可能性もありますね」


 小さな子供の気を引くのにエキゾチックで綺麗な小物を餌にしたのだろう。草原地帯はローディンから遠く、伝手がなければ入手困難なはずだ。

 まったく怯えた様子のないエディスを見て、彼女は微笑んだ。

「エディス様の目は顔認識ソフト並みですね。どんな変装も見破れそうだし」

 人間ポリグラフともいうべきマティルダ王女と一緒なら、キャメロット警視庁の犯罪解決率が急上昇しそうだ。


 そして、気掛かりそうにメロディはジャスティンに尋ねた。

「マディは犯人に蹴られてたようですけど、怪我はないですか?」

「うん、こいつはスラムで足癖の悪い酔っ払いから逃げるコツ掴んでるから」

 飼い主の隣で元気に吠えるマディを見て、メロディは安心できた。

「それにしても、手段が露骨になってきたな」

 ジュリアス王太子が発言するとモーリスも同意した。

「以前の誘拐は夜の騒ぎに紛れる用心深さがあったのに」

「焦っているのでしょうか」

「やだ、こわーい!」

 ジョセフィンが不安そうに言い、メアリ・アンはどさくさに紛れて王太子に縋り付いた。


 火花を散らす三角関係から目をそらし、メロディはモーリスにぼやいた。

「こんな騒ぎになって、一般の見物人に迷惑かけてしまいましたね」

「それなんだが、夜のメインイベントで竜の山車に乗るはずだった巫女役が恐れをなしてキャンセルしてしまったらしい」

「え、じゃあ代役探しですか?」

「この噂が広まればそれも厳しいかもしれないと、主催が頭を抱えてたよ」


 その話題を待っていたように来客の知らせが来た。ホテルのオーナーであり湖水祭の主催でもある紳士が彼らに丁重な挨拶をした。

「このたびは、我々も想定外のことに難儀しておりまして」

 彼はちらりと子爵令嬢に目をやった。

「つきましてはお願いがありまして。こちらのカズンズ子爵令嬢に竜の巫女役を引き受けてはもらえませんでしょうか」


 数度瞬きを繰り返したメロディは、周囲の面子を見回して納得した。

「ああ、王女殿下やマールバラ様では大物過ぎますものね」

 そして、仲間にお伺いを立ててみる。

「騒ぎの原因になってしまったことですし、お困りなら協力したいのですが」

「……そうだな、一番目立つ場所なら暗殺はともかく誘拐は困難だからな」

 物騒なことを真剣に検討し、モーリスはジュリアスと頷き合った。そこにエディスの元気な声が加わった。

「エディスもやりたい!」


 妹の隣で驚くジャスティンにメロディが提案した。

「モーリス様のおっしゃるとおり、一番安全かも知れませんよ。不安なら山車の隣を歩かれますか? マディと一緒に」

 オーナーは天使のような伯爵令嬢に目を細めている。

「お嬢様方が加わっていただければ湖水祭はより華やかになります」

「というわけです。フィリップスさんも参加されますか?」

 いきなり水を向けられたメアリ・アンは面食らった顔をした。

「私?」

 そして、ちらりと王太子を見ると、にこやかに頷いた。

「いいわ。ジュリアス様、私の巫女姿をぜひ堪能なさって!」

 その後、様々な打ち合わせを経て、彼らは湖水祭成功のために一肌脱ぐこととなった。



 ロッホ・ケアーを見下ろす山中にある王家の別荘では、王太后エレノアが不機嫌な顔を執事に向けた。

「湖水祭をジュリアスとマティルダが見物?」

「左様です、陛下。竜の山車の御渡を近くでご覧になりたいと」

「まったく、王族ともあろう者が下々に混じって物見遊山とは」

「モーリス卿やマールバラ公爵令嬢も同行されるとのことで」

 苛立っていた王太后はあることに気付き了承した。

「いいでしょう。国王夫妻は首都に戻られたことですし、私はここから見物します」

 執事は深々と礼をすると王太后の御前を辞した。


 エレノアは侍女を呼び、一通の手紙を渡した。

「この者に今夜参上するよう伝えなさい」

 侍女は恭しく手紙を受け取ると、素早く部屋を出て行った。一人残された王太后は初代王の肖像画に目を向け、その凜々しい姿を見上げながら決意を新たにした。



 ロッホ・ケアーが夕陽に照らされる頃、湖水祭は本番を迎えた。

 今年の竜の像――誰の趣味なのか、恐ろしげな双頭竜だった――が祀られていた遺跡から、華やかに飾り付けられた山車が出発するのだ。

 山車には竜の像の他に、巫女に扮した若い女性もいた。急遽代役を務めることとなったメロディとメアリ・アン、そして小さなエディスだ。

 地元の人たちは見慣れない少女たちに戸惑い気味だったが、観光客は拍手で山車を迎えた。メアリ・アンは申し分なく愛らしく、エディスは絵本から抜け出た妖精のようだった。メロディのダイクロイックアイは古典的な衣装と相まって神秘的な印象を与えた。


 ロイヤルファミリーご一行は警備上ホテルのバルコニーからの見物になった。公式行事ではないので群衆には知らされていないが、ジュリアスを目ざとく見つけた若い女性から嬌声が上がる。そのたびに楽しげに手を振る彼に、婚約者のジョセフィンは諦め気味だった。

「確かに綺麗ね」

 感心したように呟くのはマティルダ王女だった。竜の御渡となる通りには両脇に火をともした灯籠が置かれ、見物人も小さな灯籠や提灯を手にした者が多かった。


 ホテルの部屋からは光の道の中を山車が進んでいくように見えた。竜を乗せた山車も多くの提灯で飾られ、王の即位を祝福する竜の伝説を彷彿とさせた。巫女に扮した少女たちは時折観客に向けて花を撒いた。そのたびに歓声が沸き起こる。

 双眼鏡で不審者を見張っていたモーリスは無意識に微笑んでいた。

「レディ・エディスは人気者だな」

「あれほど可愛らしいご令嬢ですもの」


 ジョセフィンが答えると、他の者も同意した。モーリスはマディを連れたジャスティンが山車のお供に加わって歩いているのを見つけた。

「ジャスティンがぴったりと側に付いている。あれでは誰も近寄れないな」

 やがて山車がホテルの前を通り、彼らに気付いたメアリ・アンが大きく手を振った。景気よくばらまかれる花に、幸運を求めた人々が手を伸ばす。

 モーリスは双眼鏡を覗く中、つい山車に乗っている巫女役の一人に注目しがちだった。

 癖の強い栗色の髪と妖精の悪戯を受けたような色別れした虹彩を持つ少女。山車が揺れるたびに小さな伯爵令嬢を支える様子に、彼は口元が緩むのを押さえられなかった。


 その時、視界の隅に周囲と異なる動きをする物が映った。モーリスはその男に焦点を当てた。

 誰もが山車を目で追い幸運の花を掴もうとするのに、男の様子は違った。群衆の後方で山車と同じ速度で歩き続けている。

「……歩き方がおかしい」

 呟くモーリスの言葉にジュリアスが反応した。

「不審者がいるのか?」

「通りの反対側、人混みの影に隠れるようにして山車を追ってるが片足を引きずってるようだ」


 王太子が護衛を呼び、従兄弟の言葉を伝えた。そして、モーリスの隣に並んだ。

「武器は所持しているようか?」

「そこまでは分からないな。だが、昼間の失敗を取り戻そうとするなら手段を選ばないかもしれない」

 それを聞き、ジョセフィンとマティルダが不安そうに顔を見合わせた。モーリスが上着を手にし、彼らに言った。

「君たちはここにいてくれ。僕はそれほど顔を知られてないから大丈夫だ」

「気をつけろよ」

 護衛を引き連れプランタジネット大公家の一人息子はホテルを出た。



 竜の山車はゆっくりと山道を進み、人々の歓声を浴びながらロッホ・ケアーへと至った。

 メロディは周囲がすっかり暗くなったのに気づき、ずっと興奮状態のエディスを気遣った。

「お疲れではないですか?」

 儚げな外見を裏切る小さな伯爵令嬢は、元気一杯に首を振った。

「全然!」

「眠くなったらすぐ言えよ」

 山車のお供役のジャスティンが妹に声をかけた。エディスは兄と一緒に歩いている小型犬に花輪を掛けてやった。いっぱしの護衛役の顔をするマディは尾を振って栄誉を賜った。


 やがて山車は湖の船着き場に到着した。これからは待ち構えた男たちの仕事になる。

 山車を降りたメロディとメアリ・アンはエディスを抱えて降ろし、ジャスティンに預けた。

「お星様がいっぱい!」

 歓声を上げるエディスと同じ思いで、メロディは湖水地方最大の湖を眺めた。竜を月に送る篝火が一定間隔で湖畔に並び、湖面はその光を反射し揺らめかせている。湖の中央には昇る銀月がくっきりと映っていた。

 これから芦船へと竜が移され、湖の中央へと曳航されていくのだ。そこで炎の中で消える竜は、本当に月に帰って行くように見えるだろう。


 わくわくしながらその時を待っていたメロディは、護衛の者が自分たちを囲むように配置するのに気付いた。

 ――そっか、何が起こるか分かんないんだし、用心しなきゃ。

 ダイクロイックアイが天賦(ギフト)を発動させる。

 ――暗視(ナイトビジョン)

 暗がりの人々をくっきりと視界に収め、周囲に不審者がいないか注視した。



 同じ頃、モーリスは双眼鏡で見つけた男を追っていた。だが、上から見るのと実際に人混みに紛れるのでは勝手が違う。

 それは彼の護衛たちも同様で、このまま闇雲に探し回るのは非効率的だと判断した。

「奴の目標は分かっている。湖畔に行こう」

 胸騒ぎを堪えながら、モーリスたちはメロディと伯爵家の兄妹がいる場所へと走った。

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[一言] おかえりなさい。 無理はなさらないでくださいね。
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