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51 湖が見える山 

 少年少女たちを前に、モーリスは語った。

「事の起こりはライトル伯の領城からジャスティンが誘拐された事件だ。犯人はバックランド文書を要求したが、伯爵はその存在すら知らなかった。おそらく先代伯爵が伝える前に死去されたのだろう。犯人は通常の営利誘拐を装い、身代金も要求していた。だが受け渡しに失敗した」


 彼の言葉にメロディが疑問を持った。

「モーリス様、こうした場合誘拐された被害者が殺されることが多いのですが、犯人がライトル伯爵家と接触もせずにジャスティン様を保護下に置いたのは何故でしょう」

「それに、ジャックとして育てていた二人組の内一人は殺害され一人は消息不明だ」

 この件に関して意見を述べたのは王太子ジュリアスだった。

「何らかの横やりが入ったのではないか。伯爵を脅す駒としてのジャスティンを犯人から奪取した者がいるとか」


 メロディは、これらを黙って聞いていたジャスティンに尋ねた。

「スラム時代で何か覚えていることはありますか」

「一番昔の記憶でも、スリの練習してたくらいだからなー」

 少年は首を振るばかりだった。じっと話を聞いていたジョセフィンが発言した。

「ジュリアス様、それではライトル伯のご子息誘拐に二つの組織が関わったということでしょうか」

「可能性はあるよ。攫って目当てのものを要求したのに音沙汰無しになったのが、要求できる人質を奪われたなら」


「お兄様、人質を奪った側は何の意図があったのですか?」

 マティルダ王女が質問し、ジュリアスは肩をすくめた。

「それは分からないよ。ただ、彼らにはライトル伯の子息を殺害する意図はなかった。生きていれば利用価値はあるとでも考えたのかな。本人には愉快な話ではないだろうけどね」

「けったくそ悪ぃ…」

 水を向けられたジャスティンは正直すぎる感想を呟いた。当然だとメロディは思った。

 ――自分の意思を無視されて親から引き離されて物のように取り合いなんて、気分悪くて当たり前か。



 ウォグホーン城より更に奥深い山にある王家の別荘では、国王とその弟が久々に兄弟の会話を楽しんでいた。

「今年の湖水祭も無事に開催されそうだな」

 国王アルフレッドが楽しげに言うと、ジョン大公も頷いた。

「あれはカイエターナもお気に入りの祭りだよ。湖の周りを篝火が取り囲んで竜の像を乗せた船が湖に流されていく様が幻想的だとね」

「今年の前夜祭に招く者は決めてあるのか?」

「そうだね。例年の顔ぶれに加えて滞在中のライトル伯爵、それにハミルトン侯爵にも招待状を出したよ」

「ハミルトン候? 親交があったのか?」

「訊きたいことならあるかなあ」

 地味に穏やかに笑う弟を見て、何故か気温の低下を感じる国王だった。



 その夜、メロディは自室に持ち込んだ指紋写真を分析した。最も興味深いデスクの平引き出しの指紋を照合するうちにあることが分かってきた。

「右側は右手で、左側は左手になるのは不思議じゃないけど…、この左側の指紋、カーター警部が提出した書類の指紋と一本も一致しない」

 もしやと思い、証拠保管室が荒らされた時の箱から採取した指紋と見比べる。

「うーん、これも一致は……」


 箱に残った指紋は右流れの蹄状紋がほとんどで右手のものらしい。その中に、一つだけ異なるものがあった。

「左流れの蹄状紋。大きさから言って左小指?」

 もしかしてと、引き出しの指紋の中で左側の小指を探した。

「あった、中心点は…、右一本目に始点、その下に分離点、二本目に…」

 赤鉛筆で特徴点を取っていき、箱の指紋と見比べる。

「一、二、三、四……」

 三角州の特徴が一致した時、彼女の手は微かに震えていた。

「ポジティブ・マッチ」


 背もたれにぐったりと背を預け、メロディは天井を仰いだ。

「でも、これだと証拠保管室を荒らした誰かがカーター警部の机にも触れたって事にしかならない」

 本人が提出した書類の指紋と一致しないだけだ。

「アリバイもあるしなー、しかも証人が刑事だらけなんて鉄板過ぎるでしょ」


 まるでわざわざ準備でもしたようだ。そう考えた時、メロディは跳ね起きた。部屋をうろつきながら考えをまとめる。

「待って、安易に飛びついちゃ駄目。これは犯罪に関わるんだから」

 自分を落ち着かせながら指紋写真をまとめ、彼女はベッドに腰掛けた。

「明日、モーリス様に話して一緒に考えよう……」

 そう結論づけると同時に子爵令嬢は寝台に転がり、眠りに落ちた。



 翌朝、城の中が慌ただしくなっているのにメロディは気付いた。

「おはようございます、モーリス様。何か行事でも?」

「湖水祭の前夜はここで夜会を行うのが慣例になっているんだ」

「王家の別荘ではなく、ここですか」

「あそこには王太后陛下がご滞在中だ。騒がしいことがお嫌いな方だからな」

 別荘とは言え王家のものだ。喧噪が聞こえない場所にこもればすむ話に思えるが、国王の母后にそれを言える者がいないのだろう。


「湖水祭ならあの別荘からでも眺められますものね」

 メロディも幼い頃に両親に連れられて姉と一緒に見物したことがある。篝火が湖面に映り、夜の湖に竜の船が流れていく様は息を呑むほど神秘的だった。

「船に竜を乗せるのは、月の竜の伝説でしょうか」

「昔、王が即位する時に月から降りてきて祝福したという話か。西方大陸だけでなく、各地の列強国家に同じ伝説が残ってるのは面白いと思ったよ」

「ある時から一斉に途絶えてるのも凄い偶然ですよね」

「世界規模の自然現象を竜にたとえた説が有力だな」


「個人的にはどこかに巨大な翼竜が眠っている説を推したいのですが」

「確かに、夢はあるんだが…」

 モーリスが苦笑したのは、彼自身幼少期にそんな夢を見ていたのかも知れない。そうメロディは推理した。



 朝食時にジャスティンにも訊いてみると、元スラムのスリ少年は極めて現実的だった。

「どっかのイカれた坊さんあたりが竜だ竜だって騒いで、それに便乗して戦争や乗っ取りする連中が利用したんじゃねえの?」

「それもありうることですね。特にザハリアスなどは数百年前はかなり血なまぐさい皇位簒奪が続いてましたし」

 北の大帝国は強大な軍事力と豊かな資源、そして苛烈な皇位争いで知られていた。


「不凍港を求めた南下政策はロウィニアとの戦役で敗退したことで頓挫しましたが、別方面に色々と手を伸ばしてる噂もありますからね」

「東方大陸にはあの国の仇敵の騎馬民族国家がある。手を伸ばすなら南方だろうな。父上の渡航も最近はあの方面が多い」

「あの国が異教国を懐柔できるとは思えませんけど」

「だが、資金はどこよりも豊富だろう」


 そう言って、モーリスは別の用件を切り出した。

「前夜祭の夜会だが、僕のパートナーを務めてもらえないだろうか」

「私がですか?」

 思いもよらない申し込みに、メロディはダイクロイックアイを瞠った。隣でジャスティンが軽快に口笛を吹いた。すぐさまエディスが必死で真似ようとする。


「夜会と言っても恒例になっているだけで公式行事ではない。招くのも父上と母上の交友関係にある者ばかりだから」

「でも、王家の方々も来られるのでしょう? 王女殿下をエスコートされるのでは?」

「マティルダを?」


 むしろ不思議そうに聞き返され、メロディは内心焦りまくった。親しそうな二人の様子が浮かぶと、何故だか爽やかな湖水地方の朝が色褪せてくる。すっかり高みの見物を決め込んだジャスティンが遠慮無く冷やかした。

「頑張れ、兄ちゃん。あと一押し」

「一押しー!」


 妙な声援を受け、モーリスは咳払いをした。

「あの子のエスコートは多分、ハミルトン侯爵家の子息が務めるだろう」

「ハミルトン家? てことは、あの学園で因縁着けてきた先輩ですか」

「卒業間近だからこれで社交界デビューだな」

「それで王女殿下と。箔付け効果バツグンですね」


 ――今のハミルトン侯爵の役職は確か、植民地相…。

 貿易拠点となる南大洋の島々や莫大な資源が予想される南方大陸にある王国の支配地域を監督する立場だと、メロディは思い出した。

 ――それに、あの侯爵の異母弟は謎の大山羊かも知れない。


 子爵令嬢はがっしりとモーリスの手を握った。

「最大のチャンスです。ぜひ侯爵家揃ってのお出ましになるようご両親を説得してください。あ、食器類と装飾品は指紋採取しやすい物でお願いします」

「あ、ああ…」

 メロディの華奢な手に両手を捕らえられて振り回され、大公の息子は幾分間の抜けた声を出した。その背後でにやにやしながら見物していたライトル兄妹は、揃って親指を立てた。足元で小さな犬が元気よく吠える。


 どうにかエスコート問題を解決した彼らは夜会の招待客を予想した。

「お客様は貴族だけですか?」

「南方大陸の視察関係で知り合った人たちも招くとおっしゃっていた。それに、ミス・フィリップスの家族も」

「ああ、ホテルとカジノの出資者ですもんね。空中回廊はどうなったのでしょうか」

「崩落した物は撤去した。多少見栄えは落ちても安全なものに換えるらしい」

「当然ですよ。死傷者が出てれば洒落にならない事態でしたよ」


 CSI部の大半が揃うことになるとメロディは呑気に考えていた。

 ――マールバラ様と王女殿下の天賦(ギフト)と能力は欠かせないし、王太子殿下…は、正直一番戦力にならないんだけど、あの人がいるとフィリップスさんのモチベーションが一桁違ってくるからなあ。


 そこに、嵐のように乱入した者がいた。

「ここにいたのね、ボニータ!」

 今日も濃厚に麗しいカイエターナ大公妃だった。彼女はメロディの手を取ると、さっさと歩き出した。

「大急ぎでドレスを決めましょうね、可愛いメロディーア。その瞳に一番よく似合う物を見つけてみせるわ」


 ――……げっ。

 マスカレード・パーティーの着せ替え人形再びという修羅場が待ち構えていたのだ。モーリスたちを振り向いたメロディだったが、大公の息子は諦めた目で片手を上げ、ライトル兄妹は無責任なエールを送るだけだった。

「美人にしてもらえよ、姉ちゃん!」

 ――裏切り者ー!!

 魂の罵倒は届かず、メロディは大公妃と侍女たちに呆気なく拉致されるのだった。

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