5 部員は何人できるかな
「という訳で、部員になって!」
登校するなりメロディから入部届を渡されて、ノーマとジャスパーはしばらく返事に困った。
「何なの、このCSI部って」
「Crime Scene Investigation(犯行現場検査)の略。科学捜査を研究するの。まずは指紋からね」
「……はあ」
「幽霊部員でいいから名前貸して。大丈夫よ、変なところに個人情報売ったりしないから」
「物騒なこと言わないでよ」
文句を言いなががらも、二人とも名前を書いてくれた。彼らに感謝しながら子爵令嬢は学校の廊下をうろついた。
「部を結成するためには最低五人は部員がいないと。あと二人、どうしよう…」
ロンディニウム学園で手当たり次第に勧誘してきたのだが、耳慣れない部名と熱心すぎるメロディの説明が祟ってか、なかなか目標人数に到達しない。
「……あと、心当たりは…」
申込用紙の束を睨みながら歩いていると、前から来た人にぶつかった。
「あ、すみません」
落とした紙を拾いながら謝った時、呆れたような声が降ってきた。
「本当に作る気か」
モーリス・アルバート・プランタジネットの整った顔が目の前にあった。
「おはようございます、殿下。もちろん本気です」
「三人だけでか?」
名前のある数少ない紙を拾い上げ、モーリスは苦笑した。メロディはむっとしながらも言い張った。
「増やしますよ。必ず」
CSI部発起人が不退転の決意を述べると、彼は溜め息交じりに白紙の申込用紙を手にした。そして持っていた本を台紙代わりに署名した。
「これで四人だ」
「……どうしたんですか」
喜ぶより危機感の方が勝り、メロディは後ずさった。不機嫌そうにモーリスが答えた。
「ジュリアスに任命された。君が暴走しないためのお目付役だ」
「……いや、王太子殿下の場合、人の行動にケチつける前に振り返らなきゃならないことが山ほどあるんじゃないですか」
「言うな、こっちも苦労してるんだ」
「親戚に問題児がいると大変ですね。あ、これはありがたく…」
入部届を受け取ろうとしたメロディの手が空を切った。頭上に紙を掲げ、大公の令息は彼女に言った。
「交換条件だ、カズンズ嬢。ジュリアスとレディ・ジョセフィンの婚約解消を阻止する手伝いをして欲しい」
「えー、王太子殿下に手綱か首輪でも着けるんですか」
「不敬罪で現行犯逮捕されたいのか」
音がしそうなほど首を振り、メロディはおそるおそる意見を述べた。
「そうでもしないとあの殿下がおとなしくなるとも思えないんですけど」
モーリスは沈黙した。身内でも庇いきれない様子に子爵令嬢は同情しそうになった。
「フィリップスさんのことは本気なのでしょうか」
「珍しく長続きしているようで、ジョセフィンのメイドの圧が洒落にならない」
「貴賤結婚って、後が大変だと思うのですが」
「貴族間の勢力図もだが、財界もフィリップス系の会社を増長させることを警戒している」
「外戚になっちゃいますからねえ」
普通はそこのところを考えるのが王族なのだろうが、どうも王太子殿下は目の前にニンジンを見たら他全てを視界から追いやる暴走馬らしい。
「頭が悪い訳でもないのに、何なんでしょう」
結構な暴言を吐くメロディを咎める気力もない様子でモーリスはぼやいた。
「あいつがフラフラしているとこっちにとばっちりが来るんだ」
「四位でしたっけ、殿下の継承順は」
肺が空っぽになる勢いで息を吐き出し、大公令息は力なくしゃがみこんだ。付き合ってメロディも同様の姿勢を取り、結果、廊下にヤンキー座りで話し込む図が出来上がってしまった。子爵令嬢は遠くを見る目で語り出した。
「異世界の王室でもいましたよ。外国人で年上で人妻で離婚歴のある女性に惚れ込んだ王様が」
「どうなったんだ」
「王冠捨てて彼女を取っちゃいました。公爵位もらって優雅にお暮らし遊ばしましたよ。ダンディズムの権化のような人で後世の趣味人のアイコン化してましたね。ま、無粋な下々からしてみれば『いいご身分で』としか言い様がないですけど」
王冠を賭けた恋などと純愛賛歌もされていたようだが、より条件のいい男を渡り歩いた女の野望の終着点が公爵夫人だったのか疑わしいとメロディは思う。
「まあ、でも気の毒な一面はありますね」
「気の毒?」
「普通に暮らしてれば起きる些細な不満も漏らせないんですよ。あれだけのことをしておいてって思われるのが分かってますからね。死ぬまで幸福でいることしか許されないなんて、結構ハードな人生じゃないですか」
「……そうだな」
しんみりする二人の上から叱責が飛んできた。
「何をなさってるの、あなた方」
ジョセフィン・マールバラ公爵令嬢だった。慌てて立ち上がる二人に、彼女は容赦なく続けた。
「ここは学校の廊下ですのよ。それをはしたなく変な格好で座り込んで」
「申し訳ありません、マールバラ様」
「いや、これは僕が悪かったんだよ、ジョセフィン」
公爵令嬢は彼が手にしている入部届に目を留めた。
「モーリス様が部活動ですか?」
「部員が足りないらしくて名を貸そうかと」
言いながら、彼は何かを思いついた顔をした。
「……そうだな、せっかくだから引きずり込むか。時間を取らせて悪かったね、カズンズ嬢」
足早に去って行く彼の背を見ながらメロディは呟いた。
「あの殿下にも悪い顔が出来るんですね。いまいち迫力不足ですけど」
「それ、あの方に言わない方がよろしくてよ。きっと傷つかれますわ」
「否定はなさらないんですね」
「あ、もう授業の時間が」
見え透いた言い訳と共に公爵令嬢もさっさと消えてしまい、取り残されたメロディは肝心なことに気付いた。
「……入部届、もらってない」
大公の子息の本気は、その放課後に見せつけられた。
「遅くなって申し訳ない。五人目を連れてきた」
モーリス・プランタジネットが引きずるようにして教室に連れてきた人物を見て、メロディはもちろん、一緒に残っていたノーマやジャスパーも顎を落とした。
嫌々連行されてきたのは金髪碧眼の絵に描いたような美形王子、ジュリアス王太子だったのだ。
「……まさか、王太子殿下が入部を?」
「こいつが諸悪の元凶だ、責任を取るのは当然だろう」
そう言ってのけたあと、モーリスはこっそりとメロディに囁いた。
「それに監視するなら近くに置いた方がいい」
「いや、私はこんなロイヤルな部活動するつもりじゃ…」
完全に固まっている友人たちを気の毒そうに眺め、子爵令嬢は溜め息をついた。
廊下から言い合う声が聞こえたかと思うと、事態を更にややこしくする者が登場した。
「殿下、部活動をされると聞きましたが、本当ですか」
「私に隠すなんてひどいっ」
ジョセフィン・マールバラ公爵令嬢とメアリ・アン・フィリップスだった。争うように教室に乱入した二人に詰め寄られ、王太子はわたわたと言い訳した。
「これは、モーリスが勝手に話を進めて…」
「それなら私も入部します」
「私だって!」
「で、何ですの、このCSIというのは」
公爵令嬢は初めてメロディに気づいたようで、早速説明を要求してきた。必死で彼らに応対する子爵令嬢の顔は引きつりっぱなしだった。
嵐のような時間が過ぎた後、メロディは入部届を持って職員室に続く廊下を歩いた。CSI部の創設を申請するためなのだが、一番上の入部届には『ジュリアス・ガイユス・テューダー』のサインが燦然と輝いている。
「……あー、理由聞かれたら何て答えようか…」
とぼとぼと歩いていると、後方から大股で追いつく足音がした。振り向くと大公の令息が気の毒そうな顔をしていた。思わずぼやきが口をついて出た。
「恨みますよ、殿下。先生に何て説明すればいいんですか」
「僕からも話すから機嫌直してくれ。それにジュリアスも同じ部になるのだし『殿下』は紛らわしい。名前で呼んで構わないよ」
「…は、はい……、モーリス様」
少し言いにくそうにしながらの呼びかけに彼は笑った。柔らかな表情を浮かべる青い瞳にしばし見とれ、慌てて目をそらしたメロディは職員室のドアをノックした。