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43 ハロー・ミスター・ドンキー

 夢か手品でも見ている気分で、メロディは周囲を見回した。確かにここにいた灰色の服の男が、影も形もない。同様に男を捜していたモーリスが、同伴者に声をかけた。


「失礼、あなたのパートナーはどちらに行かれたのでしょうか」

「ネズミさんならここに……あら?」

 肉体派美女は怪訝そうにきょろきょろした。

「変ね。今日は一日契約なのに」

「あの、もしかして二代目ピンクのプルプルちゃんですか?」


 メロディに尋ねられ、彼女は胸を揺らして驚いた。

「そんな名前で呼んでたわ。どうして知ってるの?」

「初代の方でちょっと…、それよりあの人の連絡先は分かりますか?」

「あたしは麓の町で誘われただけで。ここのホテルに泊まってるからパーティーで相手役をしてくれって」


 モーリスがすぐさま護衛に合図し、ホテルに確認するよう指示した。そして二人は仲間と合流した。

「ネズミさんを見つけたのですが、目を離した隙に消えてしまって」

「どんな人?」

「灰色の服です。隣のホテルの宿泊客のようです」

 彼らは再度別れて探し始めた。メロディとモーリスはカジノを歩き回ったが見つけられない。

「あんな短時間に消えてしまうはずが…」


 よそ見をしていたせいで、彼女は他の人の背中にぶつかってしまった。

「失礼」

 詫びるとその男性は振り返った。彼は馬の仮面を着けていた。思わずメロディは呼びかけた。

「木馬さん?」

 馬仮面は少し考え込んだ後で大きく頷いた。

「その目…、ネイチャー&ワイルドの集会にいたウサギちゃんと、タマ無し(ノーボールズ)君か!」


 嬉しそうな答えは同時にモーリスの傷を抉った。

「あ、その方向は無しにして…、ネズミさんを見ませんでしたか? それと大山羊さんを」

「ネズミは相変わらず胸の大きい女の子を連れてたよ。大山羊はそれらしいのは見なかったなあ。あ、筋肉キングのハーレムの子が殺されたんだって? 可哀想に」

「木馬さんも気をつけてくださいね」

 馬仮面は少し悲しそうに訂正した。

「よく言われるんだけど、これってロバなんだよ。馬より可愛くて親しみやすいだろ?」

「そうですね」


 心底どうでもいいと思いつつ、メロディはどうにか笑顔を貼り付けた。そして魂がさまよっているモーリスを連れて再度捜索を開始した。

 ボーイたちがクリマ酒や発泡酒のグラスを配り始め、マスカレード・パーティーは佳境にさしかかっていた。窓全てを赤く染め上げていた夕陽は山に消え、オレンジの残照から濃紺へのグラデーションに変わっている。

 客の中には空中回廊に上がって景色を楽しむ者も多かった。壁の桟敷席には仮面を着けたカップルがパーティーの様子を楽しんでいる。モーリスは大公夫妻の姿をその一つに見つけた。


 やがて、空振りに終わった彼らは落胆を抱えながら集合した。ジュリアスは仮面を着けても女性からのアプローチが絶えないらしく、ジョセフィンとメアリ・アンに両脇から確保状態だった。マティルダは呆れ顔で三人を見た。

「全く効率の悪いこと。次は私とお兄様で回りますから、あなた方は二人で探してくださる?」

「ジュリアス様が脇見ばかりでフラフラなさらなければ、私だって…」


 抗議しかけたジョセフィンが不自然に言葉を途切れさせた。不安そうに周囲を見回す様子は、自動車事故の時と同じだとモーリスとジュリアスは気付いた。

「何か感じたのか?」

「この会場か?」

 公爵令嬢はうつろな目を一点に向けた。そこは、窓に設置されたスカイウォークだった。マティルダが眉をひそめた。

「変な音がするわ」


 メロディはスカイウォークを天賦(ギフト)で拡大観察した。天井から鉄の棒で吊り下げられた空中回廊には大勢の人々が景色を楽しんでいる。

 ――まさか、あれが落下?

 その危険があるならすぐに彼らを避難させなければならない。

 ――マッチを擦ってもらって火事の幻影……、駄目だ、パニックが起きる。それなら……。

 メロディは近くのダイスゲーム台に置かれた金色のコインを見て、モーリスに頼んだ。

「あのコインを投げ上げてください。なるべく沢山」

「分かった」

 真剣な声に彼は従った。金色のコインが宙に舞うと、シャンデリアの照明効果を計算してメロディは天賦(ギフト)を発動させた。

 ――視覚調整(ビジュアライズ)複写(コピー)乱反射(リフレクション)


 次の瞬間、窓と反対側の壁付近に無数のコインが舞った。金色に光りながらの華麗な光景に人々は歓声を上げた。

「何だ?」

「向こうで余興かな?」

 よく見えない窓側の空中回廊から、人々が続々と移動する。


 ――もう少し、持ちこたえて。

 ジュリアスも加わったコインシャワーは、まるで金色の花火のようだった。空中回廊を歩いていた最後尾の女性が階段へと踏み出しかけた時、がくりとスカイウォークがずり落ちた。

 悲鳴が上がり、次の瞬間に吊り下げられた回廊が崩れ落ちた。崩落に巻き込まれたと思えた女性は、二人の人物によって手を掴まれ、引き上げられた。


「モーリス様、あの人たち」

 メロディが指さす救助者はクロバトの仮面と雪虎の仮面の男女だった。ネイチャー&ワイルドで見事なダンスを披露したカップルだ。

 カジノの誇るスカイウォークは悲惨な有様だったが、幸い、反対側に移動する者が多かったため、下敷きになった者はいなかったようだ。メロディは安堵した。


「もう大丈夫のようだ」

 モーリスが労るように彼女を支えた。出力をセーブできたおかげで急激な疲労はなく、メロディは彼に頷いた。


「マールバラ様、ご気分は?」

 問われたジョセフィンは首を振った。

「大きな危機感は消えたけど、まだ何か残っているわ。ここじゃないどこかで」

 彼らは不安げに周辺を見渡した。騒ぐ客を警備員が誘導した。

「会場をホテルに変更しますので、どうぞこちらに」

 それに従う者が多かったが、興が削がれたと帰ろうとする者もいた。メロディは灰色の人物を探した。


「見つかりそうか?」

「駄目です。色で探していたから、もし違う服になっていたらお手上げです」

 空中回廊と桟敷席には誰もいない。大公夫妻もいつの間にか見えなくなっていた。王太子たちを警護する者に尋ねてみる。

「大公殿下はどちらに?」

「急用が出来たとのことで、先にウォグホーン城に帰還されました」

「そう…」


 ダンサーのカップルも姿が見えない。何者なのだろうかと考え込むメロディに、モーリスが言った。

「僕も城に戻ろうと思う」

「私もそうします」

 二人はジュリアスたちに別れを告げた。



 ウォグホーン城では、招待客のライトル伯爵夫妻が幸福そうに子供たちが遊ぶ姿を眺めていた。ジャスティンは簡単な本なら読めるほどになり、エディスと一緒に絵本を開いていた。

 やがて子供たちの就寝時間になった。エディスだけでなくジャスティンも自然にお休みのキスを受けるようになったのが、彼らにとっては小さな喜びだった。


「パーティーには行かなくて良かったのかい?」

 伯爵が尋ねると夫人は微笑みながら首を振った。

「今は子供たちと一緒にいる方が楽しくて」

「私もだよ」


 妻の手に手を重ね、伯爵は長い間の願いが叶えられたことに感謝した。彼らの元に戻ってきた息子はスラム育ちで貴族の暮らしに戸惑っていたが、頭が良く妹思いの優しい兄だった。

 幸福感に浸る伯爵の元に、従僕が一通の手紙を持ってきた。

「伯爵様宛でございます」


 わざわざこの城に届けるほどの用件だろうかと、ライトル伯爵は開封した。そして、短い伝文を目にした彼は様子を激変させた。

「あなた?」

 伯爵夫人がただならぬ様子に気付き、声をかけた。震える手で手紙を懐に収めると、彼は立ち上がった。


「帰るぞ」

「えっ?」

「首都にだ、今すぐ」

「何があったのですか、こんな急に」

「いいから、子供たちをここに。荷物は後でいい」


 それ以上は何も言えず、夫人はメイドに子供たちを連れてくるよう言いつけた。

 ジャスティンはバルコニーでロッホ・ケアー対岸のホテルとカジノの灯りを眺めた。

「姉ちゃんたち、楽しんでるかな」

 山間部特有の気温差にくしゃみをして部屋に戻ると、ドアがノックされた。

「申し訳ございません。伯爵様が至急お立ちになると仰せられまして、そのままでホールに来るようにと」


 どうしたのだろうかとジャスティンは廊下に出た。隣の部屋の妹の様子をうかがうと、寝付いたばかりのエディスがくずりながら抱えられてきた。彼はそのメイドに見覚えがないことに気付いた。

「エイダは?」

「お休みをいただいております」

 そうかと思いながら歩いていたジャスティンがつまずいた。

「大丈夫ですか?」


 屈み込もうとしたメイドの顎に頭突きを入れ、少年は妹を奪い取ると走り出した。

「何を!」

「はっ、ポケットに物騒なモンちゃかつかせてんじゃねえよ!」

 彼は片手でメイドからスリ取ったナイフをかざした。従順さをかなぐり捨てたメイドが叫んだ。

「このクソガキ!」


 罵声を背に受けながらジャスティンは走った。階段に来ると、彼は妹に言った。

「しっかり掴まってろよ」

 そして手すりに飛び乗ると勢いよく滑り降りた。エディスが歓声を上げ、ジャスティンは軽々と床に飛び降りた。追ってくる足音から逃れるため庭に出ると、アイドリング音が聞こえた。

 二人は自動車に駆け寄った。その時、車の陰から伸びてきた手が兄妹を捕らえ、車内に引きずり込んだ。急加速で車は発車し、猛スピードで城を後にした。

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