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42 赤い夕陽がカジノをそめて

 カジノ・ドノヴァンにおけるマスカレード・パーティー当日、メロディは昼間に一度カジノの様子を見に行った。

 隣接するホテルを含めたカジノ産業はメインバンクがフィリップス銀行だった。銀行総裁一族の娘メアリ・アンは当然のように最上階のスイートに宿泊し、ジュリアスの元に日参していたのだ。

「新しく買ったお城もあるけど、ここの方がジュリアス様のお城に近いんですもの」

 という理由だ。ライトル兄妹を連れ、メロディはロッホ・ケアーホテルに行った。



 メアリ・アンの同級生ということで、わざわざ支配人が出迎えてくれた。

「フィリップス家のお嬢様から伺っております」

「今夜のマスカレード・パーティーに連れて行ってもらえることになって、どんな所か見ておきたくなったんです」

 さすがにカジノに未成年だけは入れないため、支配人が案内役を選んでくれた。兄妹をメアリ・アンに任せてメロディは下見を実施した。

「こちらへどうぞ。全容が眺められますよ」


 彼が通してくれたのはカジノの壁に渡された空中回廊だった。それは壁に作られた桟敷席に繋がっており、様々な賭け事を眺めながら酒を飲めるようになっている。

「このスカイウォークはカジノの名物です。窓からの景色も眺められますから」

 カジノ内の窓はスカイウォークに面したもののみが開けられており、メロディとモーリスは歩きながら雄大なロッホ・ケアーを一望できた。

「夜はまた綺麗でしょうね」

「夕日が沈む様はこの世の物とは思えないほどですよ」

 ――黄昏……逢魔が時だものね。


 パーティーは日没の少し前から開催される。ロッホ・ケアーの夕日を楽しむ趣向なのだろうか。

「今日はお天気もいいから、きっと綺麗な夕日が見られますね」

 そう言うと、案内役の男性は愛想良く笑った。メロディは気になったことを質問した。

「桟敷席には、このスカイウォークを使わないと入れないのですか?」

「実は、何席かは壁の奥の裏口から出られるようになっているんですよ」

 彼はこっそりと教えてくれた。人目に付かずに出ることが出来るようだ。

 ――いや、こんな目立つ席で人目に付かないもないんだけど。

 密かにメロディは疑わしく思った。



 ホテルに戻ると、マディを連れたジャスティンとエディスが庭園で遊んでいた。

 ホテルは家族連れを意識した設備が多く、小さな子供が遊べる遊具を集めた区画や、ミニ動物園まであった。

「子供はここで遊び、大人はカジノで遊ぶ。客の金はここに落とす。本当に至れり尽くせりですね」

 大したシステムだとメロディは思った。これは異世界のドラマで見たカジノシティそのものだ。

 ――もしかして、あの世界を知ってる人がこれを作った……?


 彼女は慌ててライトル兄妹と一緒に動物を見ていたメアリ・アンに尋ねた。

「フィリップスさん、このホテルとカジノを計画した人は分かりますか?」

「計画は知らないけど、出資者は何人か知ってるわ。うちの親戚もいるし、貴族はハミルトン侯爵が大口よ」

 ――大山羊候補の…。

 メロディは真剣な顔で彼女に頼んだ。

「これは余計な心配かも知れないんですが、どうしても気になるんです」


 意外な頼み事に驚きながらも、メアリ・アンは確約してくれた。

「それなら、支配人に言っておくわ」

「ありがとうございます」

 真面目に感謝され、戸惑いながらも銀行家の娘は交換条件を持ちかけた。

「その代わり、今夜のパーティーにみんながどんなドレスを着てくるか教えて」

「えっと……」


 彼女自身はドレスには無関心だが、カイエターナ大公妃が少女たちに美しい仮面を用意してくれたことを思い出した。

「確か、マールバラ様が紫、王女殿下が赤の仮面を選んでおられたので、それに合わせた物になるのではと」

「そう、私はピンクなの」

「お似合いですね。私は青です」

「よかった、被らなくて」

 ご満悦のメアリ・アンは城に戻るメロディたちを上機嫌で見送った。



 ウォグホーン城に戻り、メロディはモーリスにカジノの内部の様子を報告した。

「ギャンブルはカードにダイスにルーレット、ドミノもありました」

 スロットマシーンなどの機械類は見当たらなかった。それならパーティー用に会場を作りやすいだろう。

「パーティーにギャンブルも組み込まれているのでしょうか」

「金儲けが出来るなら、そのチャンスを逃さないだろう」


 彼には想定済みのようだ。未成年もいるのにと思いはしたが、未来の顧客へのアピールと思えば納得できる。メロディは頷いた。

「ジャスティン様とエディス様はホテルの施設で楽しく過ごされたようです。動物園まで完備とは抜け目ない仕様ですね」

 子供が遊び疲れたら近くにカフェがあり、その側には買い物が出来るモールがある。滞在客の財布をとことんまで狙い尽くす作りはいっそあっぱれだった。


 さすがに幼い兄妹は留守番になるが、昼間にたっぷり遊んで満足しているようだ。

「エディス様は動物園に翼竜がいないのを残念がってましたよ」

「あれはさすがに本格的な施設が必要だろう」

 モーリスが呆れていると、大公妃の侍女がメロディを呼びに来た。

「妃殿下がお嬢様に御用事があるとのことです」


 何だろうと思いつつ大公妃の部屋に行くと、手ぐすねして待ち構えていたカイエターナに捕獲された。

「さあ、どのドレスがいいかしら」

「……え?」

 流れが掴めず、メロディはいささかぶしつけな声を出してしまった。

「あの、ドレスは適当なのを着ていくので…」

「いいえ、年頃の女の子がそんなこと」

 指を突きつけられて断言され、それからは出発時刻間際まで、ほとんど着せ替え人形状態だった。


「父上、母上、そろそろ…」

 両親を呼びに来たモーリスは固まったように立ちすくんだ。彼の視線は金と銀の仮面を着けた両親ではなく、青い仮面にシフォン・ジョーゼットの濃紺のドレスを着たメロディに注がれていた。

 薄い布地が何枚も重ねられたスカート部は一番上の生地に銀糸の細かな刺繍が入り、星空をまとったような効果を与えていた。対照的に白い肩は露わになっており、そのまろやかなラインからモーリスは目を離せずにいた。


 無言でぼーっとしている彼に、メロディは不安そうに言った。

「…あの、肩がスースーするんですが、おかしくないですか?」

「あ、いや、よく似合っている」

 どうにか、母親に足を踏まれる前にモーリスは賛辞らしき言葉を伝えることができた。

 息子がぎこちなくエスコートするのを眺めながら、大公夫妻は車を用意させた。そして一行はウォグホーン城から湖の対岸にあるカジノへと出発した。



 車が到着すると、既に王太子ジュリアスと王女マティルダ、マールバラ公爵令嬢ジョセフィンも来ていた。お忍びの王族と高位貴族は身分を明らかにしていないが、護衛は目立たぬようにそこかしこに配置されていた。

 ホテルに滞在中のメアリ・アンも加わった所で、メロディは部活仲間に先乗りして確認した建物の内部構造と避難経路を教えた。


「護衛の方が付いているので安全だと思いますが、マールバラ様の危機感知(センシング)が頼りですので。王女殿下も違和感があれば誰かに言ってください」

「分かったわ。太っちょの小男を探せばいいのね」

 マティルダは城でいじけていた時とは別人のように溌剌としていた。やる気満々の彼らに大公が穏やかに注意した。

「とにかく無茶をしないこと、危険な真似をしないこと。約束してくれるね?」

「はい」

 全員が頷き、若い一群を引き連れた大公夫妻はカジノに繰り出した。カジノ・ドノヴァンは昼間とは別の空間になっていた。


 仮面を着けた男女はドレスコードに囚われず思い思いの衣装で参加していた。中には仮装ぎりぎりの者もいるほどだ。

 その中を、モーリスと一緒にメロディはネズミの男を探した。

 ――ネイチャー&ワイルドであんな仮装してたんだから、ネズミにこだわりがあるはず。それなら…。

 メロディは灰色の服装の男性を天賦(ギフト)で抽出した。その中で小柄な者に絞り、更に腹が突き出た者を選んでいく。

「モーリス様、あのルーレット台の近くにいる人」


 囁かれた大公の息子はその方に顔を向けた。灰色の服の小柄な男性が、豊満な胸を見せつけるような女性を連れている。

「どうやら当たりかな」

「確認しましょう」

 二人はさりげなくルーレット台に移動し、男の背後に接近した。そして、小声で動物の鳴き真似をした。

「チューチュー」

「ニャーオ」


 突然、男が凄い勢いで振り向いた。メロディは微笑んだ。

「ポジティブ・マッチ!」

 彼らは笑顔で挨拶した。

「ネイチャー&ワイルドの集会以来ですね」

「お探ししたんですよ」

 灰色の男は顔を引きつらせた。


 カジノの片隅に彼を誘導し、二人は用件を伝えた。

「あの集会にあなたと参加した『ピンクのプルプルちゃん』がどうなったか、ご存じですよね」

 男は渋々頷いた。

「客と揉め事を起こして死んだと聞いた」

「その前に殺害予告があったんです。切り刻まれた猫の人形を犯人が警視庁に届けて」

「まさか、何のためにそんな……」


 うろたえる男にモーリスが更にショッキングな事実を告げた。

「今、警視庁には首を切られたネズミの人形が届きました」

「何だって!?」

 男が叫ぶと同時にカジノの照明がゆっくりと落ちた。主催のアナウンスが入る。

「それでは、ロッホ・ケアーの壮大な夕暮れをお楽しみください」

 湖に面した窓のカーテンが開け放たれ、沈み行く太陽が湖を真っ赤に染める光景がパノラマとなった。

 思わず見とれた二人が視線を戻すと、男の姿はなかった。

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