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41 名月ロッホ・ケアー

 その夜、ウォグホーン城でライトル伯爵家の子供たちを世話するメイドは、廊下で遠慮がちに呼び止められた。それがカズンズ子爵令嬢と分かり、彼女は驚いた。

「お嬢様、起きていて大丈夫なのですか?」

 城に戻ったメロディはそのまま部屋で休み、晩餐にも出席しなかった。きまり悪そうに笑うと、子爵令嬢は尋ねた。

「うん、軽食を運んでもらったし、食べたら落ち着いたから。ねえ、エイダ、ジャスティン様とエディス様の方はお変わりない?」


 兄妹を心配しての行動と察し、メイドは微笑んだ。

「お元気ですよ。お二人には冒険だったようで、エディス様はとてもはしゃいでおられました」

「女の子は意外に絶叫系が好きだから。でも良かった。一応、今夜は早めに寝かしつけてもらえる?」

「畏まりました。私がお側につきますので、お嬢様こそゆっくり休んでください」

「ありがとう」



 部屋に戻ったメロディはベッドに横になってみたが、まだ興奮が抜けていないのかさっぱり眠気が訪れない。しばらくもそもそした後、彼女は諦めて起き上がった。部屋着に着替えてガウンを羽織り片手に金属ケースを提げると、メロディは城の庭園に出た。


「あった」

 事故車は牽引されて城に戻っていた。メロディは月明かりの中で鑑識セットを取り出した。

「今日は二つとも満月で助かった」

 夜空の銀月と小月に感謝し、車体の整備箇所付近に黒鉛の粉を振る。ブラシで余分な粉を落とすと、数個の指紋が見えてきた。ドッド警部にもらったゼラチンシートを貼り、指紋に付着した黒鉛を転写する。白い紙を挟んで指紋資料の出来上がりだ。鉛筆で採取日と場所を書き込んでいると、いきなり周囲がランプで照らされた。


「君か」

 戸惑う声はモーリスのものだった。プランタジネット大公家の一人息子を、メロディは不思議そうに見上げた。

「今晩は、モーリス様。お散歩ですか?」

「部屋から不審者が見えたから来てみたんだ」

 彼は訓練用の模擬軍刀を手にしていた。メロディは安眠妨害を詫びた。

「すみません、眠れなくてついでに指紋採取しておこうと思って」

「普通は読書じゃないのか」


 誤魔化し笑いをするうちに重大なことを思い出し、メロディは慌てて立ち上がった。

「そうだ、峠で助けてもらったのにお礼も言わないままで申し訳ありません」

 いきなり謝罪され、モーリスは戸惑った。

「あ、いや、怪我がなくて良かった」

「凄い運転でしたね。あんな訓練されてたのですか?」

「山道の事故について運転手から教わったんだ。危険は無いと思ったが、一応対処法を知っていた方がいいと思って」

「さすがですね」


 素直に感心され、照れくさそうに彼は話題を変えた。

「ジュリアスが感謝してたよ。マティルダがやっと引きこもるのを止めてくれたんだ。落ち込むのが馬鹿らしくなったと言ってた」

「私は何もしてませんよ。王女殿下がご自分で立ち直っただけで」

 次期国王に感謝されるなど恐れ多かった。ふと、メロディは頭に浮かんだ疑問を口にした。

「この車に細工した人は、誰を標的にしていたのでしょうか」

「大公家の車を選んでの犯行なのか、ということか」

「一番の大物はモーリス様ですよね。次点でジャスティン様たち」

「それにしては確実性に欠ける手段だな」


 彼の意見にメロディも頷いた。幼い兄妹もいるのだから、必ずしも帰りも同行するとは限らないのに。

「何だか、成功すれば儲けもので失敗しても構わないみたいな印象ですね」

「警告のつもりか。かなり悪質だが」

 必死で車を走らせたことを彼は回想した。もし間に合わなかったら、この少女に二度と会えなかったかもしれないのだ。そう考えると同時にモーリスは悪寒に襲われた。

「寒いのですか?」

「あ、いや…。間に合って良かったと思って」


 彼らは同時に思い出した。事故車から乗り換える時に、動けないメロディをモーリスが抱き上げて移したことを。二人は真っ赤になった。

 ――いや、あれ、凄く感動的というか夢のような場面のはずなのに、腰抜かしてぼーっとしてたとか、人間失格なんじゃ……。

 メロディは今さらのように焦り、モーリスはあの時両手に感じた柔らかな感触が甦ったせいで落ち着かない気分に陥った。


 自分の顔を見られたくないというそれぞれの思いから、微妙な距離を置いて二人は並んだ。彼らの前には月に照らされるロッホ・ケアーがあった。その絶景に思わずメロディは呟いた。

「夜は夜で神秘的ですね。伝説の妖精とか竜とか出てきそうで」

 ちらりと隣を盗み見て、感嘆する彼女のダイクロイックアイこそ神秘的だと大公の子息は心密かに思った。



 翌日、お見舞い名目でウォグホーン城を訪問したのはCSI部の仲間だった。

「王太子殿下、マールバラ様、フィリップスさんに王女殿下まで」

 驚くメロディに、ジュリアスは慣れた様子で花束を渡した。

「元気そうで良かった」

 鮮やかな夏の花々を抱えてメロディは嬉しそうに笑った。

「とても綺麗ですね、ありがとうございます」

「花はマティルダが選んだよ」

「王女殿下が?」


 いきなり種明かしをされて、マティルダは兄を睨んだ。

「べ、別に。たまたま咲いてた花を適当に選んだだけで……」

「それでも嬉しいです。香りも素敵だし、いい夢が見られそう」

 メイドに花束を預け、彼らは庭を見渡すテラスに移動した。大公夫妻にジュリアスが如才なく挨拶する。

「お邪魔してます、叔父上。今日も麗しいですね、叔母上」

「来てくれて嬉しいわ。モーリスも女性に対する礼儀はあなたを見習えばいいのに」


 内心激しく首を横に振った女性陣は、従兄弟でありながら印象が正反対の二人を眺めた。

「モーリス様はお母様似だから殿下とはあまり似ておられないのですね」

「お顔立ちはいいのにいまいち目立たないのは叔父様の血筋ね」

 メロディの言葉にマティルダが容赦ない意見を述べた。その地味な大公殿下は息子に書類を渡していた。

「キャメロット警視庁関連の報告書だ」


 モーリスは内容に目を通して顔を曇らせた。不安そうにメロディが尋ねる。

「何かあったのですか」

「証拠保管庫が荒らされて、ディクソン捜査官の天賦(ギフト)はカーター警部を示した。ただ、彼にはアリバイがあるし指紋が一致しない」

「カーター警部が?」

 驚くメロディに、他の者も何事かと集まってきた。

「そういえばあなた、警視庁で出張部活だとか言っていたわね」


 公爵令嬢に言われ、子爵令嬢は残念な結果になった一連のことを話した。

「えー、それって責任転嫁?」

 メアリ・アンがむっとした顔をし、ジョセフィンやマティルダも同様の怒りと嫌悪を滲ませた。ジュリアスは考え込んだ。

「それは、モーリスとカズンズ嬢を警視庁から遠ざけたかったのではないか?」

「目障りということでしょうか」

「あるいは、君たちがいては都合が悪いことがあったか、だな。覚えはないか、モーリス」


 大公の息子はメロディと顔を見合わせ、記憶を探った。

「僕たちは反目する個有者(タラント)平常者(ナチュラル)が科学捜査の技術を共有することで和解できないかと考えた。それが気に入らない者がいたとしか…」

 メロディも思い出そうとした。

「手始めにドッド警部と案を出したのは警察職員全員のIDの可視化。指紋登録でした」

「なら、登録されると都合が悪い者がいるのね」

「えー、警察に犯人がいるんですかあ?」


 マティルダの言葉にメアリ・アンが大げさに震えた。他の者は事の重大さに押し黙った。しばらくしてジョセフィンが保管庫の件に触れた。

「捜査官が視たカーター警部というのは、ライトル伯爵のご子息の指紋鑑定で立ち会ってた人ですわね」

 メロディが頷いた。

「警視庁で最初に知り合った人です。手の甲のほくろが見えたということは手袋をしていなかった…。指紋のことを知っているのに」

「ディクソン捜査官が残留思念を追うことを予測して、わざとか」

「でも、カーター警部と思わせるのに別人の指紋を残したりアリバイがある時間に犯行するのは中途半端というか」


 モーリスとメロディは意見を出し合ったが、どうにも納得いかない。何かが欠けているような落ち着かない気分だった。

 息子たちの討議を眺めていた大公に、侍従が手紙を持ってきた。中身を視て、彼は意外そうな顔をした。

「モーリス、湖の向こうのカジノ・ドノヴァンからマスカレード・パーティーの招待状が来た。協賛に名を連ねているのがネイチャー&ワイルドだ」

「本当ですか?」

「モーリス様、もしかしたら」


 次の犠牲者と予告されたネズミが来るかも知れない。ざわつくCSI部を代表してジュリアスが大公に頼んだ。

「叔父上、我々も同行させてください」

 ちらりと大公妃に視線を向け、ジョン大公は頷いた。

「いいだろう、正式な社交行事ではないからデビュー前でも構わないはずだ。ただし、護衛の指示には従ってもらうよ」

 ロンディニウム学園の生徒たちは歓声を上げた。

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