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34 カメコの歌

 不運なドリーの部屋には血痕追跡で行ったことがある。記憶力のいいジャスティンは迷うことなく案内してくれた。

「部屋見るのはいいけどさ、金目の物なんてとっくに近所の奴らがかすめ取ってるぜ」

「どうやって勧誘したか分かる物が残ってればいいんだけど」

 メロディはそう言って、ジャスティンの後を着いてくる忠実な小型犬を撫でた。

「今回も目的のものを探してね、期待してるんだから」

 垂れ耳のまだら犬は請け負うように吠えた。


 遺体が置かれた部屋は確かに無人だった。さすがに遺体発見時のベッドはそのままだったが、生活臭のある物全てが取り払われた部屋は夏だというのに寒々しく見えた。

 動かせない家具以外は綺麗さっぱり消えた様子にメロディは苦笑した。ドッド警部に頼んで貸してもらったドリーの衣装の一部を取り出し、マディに嗅がせる。

「ここは死んだ姐さんの部屋なんだから、臭いが残ってて当たり前だろ」

 不思議そうにジャスティンに言われ、メロディは答えた。

「そうだけど、持ち物が消えてる状態で残るのは頻繁に触れた場所だから、そこに何か残ってればと思って」


 小型犬は鼻を床にこすりつけ、ベッドと固定されたクローゼットを往復した。メロディはクローゼットの中身を確認したが、見事に空っぽだった。

「隠せる場所もなさそうだし、空振りかな」

 諦めかけた時、マディが部屋の隅の床を引っ掻き始めた。

「どうしたんだよ」

 ジャスティンは板張りの床を見た。ランプの油らしき染みがあるのに気づき、壁にある照明用の金具を見上げる。


「ここで何か読んでたのかも」

「字が読めたの? その人」

「うん。ここに流れてくる前はいいとこにいたんじゃないかって姐さんたちが話してた」

 字が読める街娼は珍しい。あることに気付き、メロディは少し言いにくそうに彼に尋ねた。

「スラムでジャスティン様と暮らしてた人たちはどうだったの?」

 少年は首をかしげた。

「うーん、オヤジは計算は出来てたし、ノミ屋の予想とか読んでた気がする。オフクロは美人局に引っかかったバカに脅迫文出してたし」


 犯罪活動関係は不自由なかったようだ。尚も床を引っ掻くのを止めないマディにジャスティンは困った声を出した。

「この下に食い物なんかねえだろ」

 メロディは犬が執着する箇所をよく見てみた。薄暗い室内で天賦(ギフト)を発動させ、異常を探る。

「この板、ここの角だけが妙にすり減ってる」

「ホントだ、これって繰り返し蹴ったのかな」

 ジャスティンが床板を蹴った。すると板が跳ねるように浮き上がった。その下に何かが見える。メロディは取り出した油紙を広げた。

「ネイチャー&ワイルド…、それに、『ジェニュイン』……」


 二枚のカードが大切に保管されていたのだ。大人の動物園の方は集会の場所と時間が裏に手書きされ、もう一枚は印刷された言葉があった。

「『今こそあなたの真の価値を知る時』…、スピリチュアル系?」

「街娼の相場なら、立ってるブロックで決まるんだけど」

 ジャスティンはひたすら不思議そうだった。メロディは首を振った。

「こういうのはね、相手を持ち上げていい気にさせてから、ガラクタ同然の壺とか売りつけるのよ」

「そんなチョロい詐欺があんのかよ」

「悩んでたり弱ってたり、何かに縋りたい人を狙うの。嫌らしいやり方よね」

 カードを油紙に包み直し、メロディは鞄に入れた。

「ありがとう、マディ。本当に優秀な子ね」

 犬を撫でてやると得意げな吠え声が返ってきた。



 二人がアパートを出ると、外で何やら揉める声がした。

「あれって、伯爵家の」

 ジャスティンの護衛たちが一人の男を取り囲んで怒鳴っている。

「どうしたの?」

 少年が尋ねると、彼らは険しい顔で答えた。

「こいつが、ジャスティン様たちを盗撮していました」


 見れば男は大事そうにカメラを抱え込んでいた。彼は必死で疑惑を否定した。

「言いがかりだ! こっちは殺人現場の写真を新聞社に売るために来てただけで」

「新聞社の契約カメラマン? どこの紙?」

「キャメロット・タイムズだよ」

 男が口にしたのはローディン国内でも大手の新聞社だった。

「嘘つけ、調べれば分かるんだぞ」

 護衛の一人が彼からカメラを取り上げた。

「返せよ!」


 怒鳴る男のお宝機材をメロディが手にして眺めた。

「銀塩フィルムね。じゃ、本当のことを言って。三つ数えたら蓋を開けるから。1、2、」

「やめろ! 話すから!!」

 悲鳴じみた声で男は降参した。ひったくるようにメロディからカメラを取り返し、彼はふてくされた様子で話し始めた。

「新聞社に写真を売ってるのは本当だよ。契約はなかなかしてもらえないけど。スラムの殺人現場を撮りに来たら、男があんたらの写真を渡したら金くれるって」

「どんな人?」


 カメラマンは首を振った。

「知らねえよ、身なりがいいからよその奴だろ」

「写真を現像したらどうやって渡す手はずだったの?」

 メロディに問い詰められ、男は仕方なく答えた。

「明日キャメロット・タイムズに来れば金と交換だって」

 考え込むメロディに、伯爵家の護衛が尋ねた。

「どうしますか?」

「取りあえずは現像できるとこに行きましょう」

 有無を言わさず男を連れて、一行はキャメロット警視庁に向かった。



「聞いてねえぞ、警察なんて!」

「大きな声出すと怖い人たちがやってくるわよ」

 メロディの脅しに近い忠告に、カメラマンは口を閉じた。

「どうしたんだ?」

 警視庁で待機させられていたモーリスがカメラマンを見て怪訝そうな顔をした。

「どうやら盗撮されてたみたいで」

 簡潔に答えると、ロビーは取調べ室状態になった。男は涙目になりながらいきさつを説明した。


 メロディはドッド警部に収穫を報告した。

「マディのおかげでドリーが隠していたものを見つけました」

「ネイチャー&ワイルドにジェニュイン…、どうやら気の毒な姐さんに接近したのはこいつらのようだな」

「馬車から降りることもなくドリーを乗せて行ったそうです。それがネズミなのか大山羊なのか分かりませんけど」

「余程顔を隠すのが上手いようだな」

「羚羊さんの方は何か分かりましたか?」

「楽屋にカードを寄越したのがきっかけなのは間違いないな。さすがに一人で行くのは怖くて仲間で参加してハマったようだよ」


 警部の言葉にメロディは頷いた。

「お葬式の時に話してたことと一致します。ジェニュインのカードはありましたか?」

「楽屋の鏡に貼ってあった」

「二つは無関係なんでしょうか。どちらかが片方の会員集めに便乗したとか」

「今の段階では何とも言えんな」

 警部は溜め息をついた。そこにモーリスが文書庫に入室した。

「モーリス様、カメラマンの人は?」

「写真室に連行してカメラ内のフィルムを現像させてる。申告した物以外が写っていたら尋問だな」


 いささか気の毒そうにメロディは笑った。

「深く考えずに金儲けの話に飛びついただけみたいですよ。それより、明日の写真受け渡しの方が断然重要です」

 モーリスの青い瞳が嫌な予感に曇った。

「……まさか」

「はい、明日は張り込みの特訓です!」

 やる気に満ちた様子に、モーリスはこっそりと警部に助けを求めたが、彼は首を振るだけだった。




 翌日、メロディとモーリスが揃って陣取ったのはキャメロット・タイムズ社と通りを挟んだ向かい側にあるカフェだった。大きな窓の外を眺めながらの優雅な張り込みだ。

「ドキドキしますね、これで双眼鏡と無線機があればもっと気分出るんですけど」

「不審者で通報されそうだ」

 グレーターキャメロット中心部は大きな道路が各ブロックを区切り、馬車がひっきりなしに通っていた。最近は蹄の音以外に爆音も混じるようになった

「自動車の数が増えてきましたね。液体燃料の開発が大きいんでしょうか」

「そうだな、蒸気機関とはスピードが違う」

「外燃機関は限界がありますから」


 ザハリアスやアグロセンに続き、ローディン北部で掘削に成功した油田は、確実にエネルギー革命をもたらしつつあった。

 ――これでガワールやブルガン級の超巨大油田が見つかれば、モータリゼーションは一気に進みそう。ガス灯から電灯に変わるだろうし、電話にラジオにテレビ……。

 そんなことをつらつらと考えていると、新聞社の入り口にカメラマンがやってきた。人待ち顔で立っているがなかなか相手が現れない。

「気付かれたか?」


 心配そうなモーリスの言葉が派手な衝突音にかき消された。突然一台の自動車が建物に突っ込んだのだ。悲鳴が上がり通りは騒然とした。思わずモーリスは立ち上がり、メロディも続いた。

 運転手はふらふらと降りてきたが無事なようだ。ひと息ついたあと、新聞社を見るとカメラマンの姿はなかった。

「モーリス様」

 メロディに腕を掴まれ、大公の息子も異変を察した。

 二人は新聞社の建物に走ったが、そこには鞄が転がるだけだった。メロディが鞄を拾い上げると、何かが落ちた。拾おうとした彼女をモーリスが止めた。地面に落ちたそれは一枚のカードだった。

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