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33 帰ってきたカッパライ

 目を開けた時、脱力感はかなり収まっていた。メロディは頭を動かして、自分がいる場所がどこなのか探ろうとした。

 すぐ側に座っているモーリス・アルバート・プランタジネットの端正な顔が視界に大映しになった。心臓が跳ねる思いで彼女は起き上がった。

「大丈夫か?」

 大公家の令息は、ひどく心配そうな顔をしていた。どこかの応接室のような部屋のソファに横になっていたことにメロディは気付いた。


「…あの、モーリス様、ここは……」

 彼が答えるより先にドアが開いた。

「気がついたのか?」

 入ってきたのは白髪赤眼の青年、ラルフ・ディクソン捜査官だった。そのすぐ後から、年配の男性も続いた。

「失礼、レディ・メロディ。私はユージーン・ギャレット。重大犯罪課の課長です」

「え? じゃ、ここは重大犯罪課の部屋ですか?」


 とんだ業務妨害だと急いで立ち上がろうとするメロディを、課長は苦笑しながら押しとどめた。

「もう少し休んで行きなさい。まだ身体が思うように動かないだろうし」

「…はあ、ではお言葉に甘えます」

「そんなに恐縮することはない。あなたのおかげで我が課の捜査官は無傷だったのだから」

 カードを視界に入れさせまいと光量をスパークさせたことだと思い至り、メロディは頭を掻いた。

「いえ、ほとんど暴走状態で他の人にも迷惑かけちゃったし」


 ギャレット課長は向かい合わせの椅子に座った。

「重大犯罪課は個有者(タラント)のみで組織されているため、天賦(ギフト)の逓減はかねてからの問題だった。自分の天賦(ギフト)を失う恐怖から精神を病んだ末に退職する者も一定数いたほどで」

「それは相当なストレスですね」

 退職後に年金が出るとしても充実した生活が一変するのだから、下手をすれば自殺者も出かねない。そう考えると自然と顔が曇ってしまう。


 ドアの横に立っていたディクソンが発言した。

「以前、君が言っていた科学捜査だが、それを使うことで個有者(タラント)が救われるだろうか」

「そんなご大層なこと思ってませんよ。ただ、捜査法が増えれば、万一天賦(ギフト)が逓減期に入っても捜査はできるんだし。というか、天賦(ギフト)が全てではなくて捜査する上での一つのアドバンテージみたいになれば、少しは気が楽になるんじゃないかと…」


 必死にメロディが説明すると、重大犯罪課長は考え込む顔をした。

「…気が楽に、か」

 彼は笑っていた。背後に立つ部下を振り向く。

「同じく天賦(ギフト)を持つ人の提案だ、他の捜査官も受け入れやすいかもしれんな」

「はい、課長」

 ディクソンも頷いた。どうなることかと見守っていたモーリスは、ほっとした顔をした後で口を開いた。

「僭越ですが提案させてください。僕はカズンズ嬢やドッド警部と捜査資料を研究してきて、犯罪者の体系的なデータベースの必要性を感じています。これは長期的な積み重ねで初めて成果が見込めるものなので、警部が何度上申しても却下されてきたと聞きました。重大犯罪課も口添えしてもらえるでしょうか」


 ギャレット課長は目を閉じ、しばらくの沈思の後で顔を上げた。

「そろそろ我々は孤高の勇者気取りから脱却すべきなのかも知れんな」

「では、課長…」

 驚くディクソンに彼は頷いた。

「どうせなら最先端を目指そうじゃないか」

 それを聞き、メロディは顔を輝かせた。

「ありがとうございます! 天賦(ギフト)は消えても皆さんの経験と捜査技術は消えません。きっと、逓減を起こしても存在意義を失わなくてすみます」

 虹彩が二色に分かれたダイクロイックアイが喜びに溢れるのを、気分の高揚と共にモーリスは見入った。


「こりゃあ、何の騒ぎだ?」

 様子を見に来たドッド警部が、モーリスと手を取ってはしゃぐメロディを見て呆然とした。

「我々の未来が少し変わりそうですよ」

 ギャレット課長に言われて老警部は顔をしかめ、子爵令嬢の笑いを誘った。

 そして彼女は重大なことを思い出した。

「師匠、あのカードは?」

「刑事課で調査してる。裏に奇妙な模様があるんだが、何なのかさっぱり分からず頭を抱えてるよ」

「そうですか…」


 個有者(タラント)である自分は調査できないのが何とも歯がゆかった。だが、メロディには更に深刻な疑問があった。

「あの人形なんですが、ブラック・ダリアと同じ腰で切断されてましたよね」

 それを聞き、ディクソンが怪訝そうに言った。

「現場の遺体と違う」

「そうです、人形は犯行前に送られていた。その時にはブラック・ダリアを忠実に模倣するつもりだったのかも。それが、実行時に興奮から破壊衝動を抑えきれなかった結果だとしたら…」

「これから犯行が加速すると言うことか」

 ギャレット課長が冷静に推理した。メロディは頷き、頭の中を整理するように話した。

「あのネイチャー&ワイルドの会員だから狙われたのか、それともあれは殺害標的を集めるために作られたのか。というのは飛躍しすぎでしょうか」

 室内の者は慄然とした。

「……これは、本格的に会員の無事を確認する必要があるな」

 ギャレットは立ち上がり、部下を連れて出て行った。メロディはモーリスと一緒に警視庁を出た。




 送ってもらう馬車の中で、子爵令嬢は顔が緩むのを止められなかった。

「こんな方向に一気に進むなんて。身体張った甲斐があったなあ」

 呑気な少女に、モーリスが釘を刺した。

「無茶をしすぎだ。過剰な発動は逓減現象を早めるというのに」

「だとしても私は無責任な素人で、あの人たちは街の安全を担う最前線の兵士なんですよ。優先して当然でしょう」


 蒼白な顔で倒れる彼女の姿を思い出し、大公の一人息子は頑固に首を振った。

「こっちの心臓に悪い」

「すみません。今度はちゃんと助っ人連れてきますから」

「……何をする気だ」

「もちろん、現場百回ですよ」

 親指を立てる彼女に、胃の痛みを覚えるモーリスだった。




「わー、なっつかしー、このドブ臭い空気」

 ガズデン通り――通称犯罪大通りに郷愁を覚えるのは、かつてジャックと呼ばれたジャスティン・ライトルだった。その隣で小型犬のマディが嬉しそうに尾を振っている。

「じゃ、頼みますね、ジャスティン様」

 男装と帽子で変装したメロディが彼に言った。スラムでの聞き取りにモーリスとディクソンは大反対し、着いてこようとした。だが、『兄ちゃんたち目立ちすぎ』とジャスティンに却下をくらい、二人での行動を渋々認めてくれたという次第だ。


 スリとかっぱらいで生計を立てていたかつてのジャック少年は、すぐに顔見知りに声をかけられた。

「何だよ、ジャックじゃねえか」

「あれ、お貴族様のとこに行ったんじゃねえの?」

「おう、久しぶり。あそこもさ、いつどうなるか分かんねえからシマを確認しときたくて」

 彼に言われて仲間の少年たちも納得したようだった。

「そっか。面倒な奴らだもんな。そっちは?」


 隣のメロディを指さされ、ジャックは打ち合わせ通りに説明した。

「調査会社の下請けで、聞き取りしたいんだって。ほら、プシキャット・ドリーの」

「ああ、あの姐さんか」

「酷かったよな」

 彼らにメロディは質問した。

「あの人が殺される前に変な人がここらを嗅ぎ回ってなかったかな?」

「変な奴って?」


 ビルの爆破現場を思い出し、彼女は説明した。

「妙に身なりがいい人。新品の靴履いてるような」

 少年たちは考え込み、やがて一人が言った。

「そういや、馬車がうろうろしてたな」

「それって街娼の品定め?」

「普通はそこらの野郎どもが姐さんたちの前を歩いて冷やかしてから値段交渉するんだけど、馬車に呼び寄せるのはあまりねえから」


 ――異世界なら車に連れ込んで殺害するのもいた。

 ドラマのシーンを思い出しながらメロディは質問した。

「ドリーはその馬車に呼ばれてた?」

「顔は見えなかったけど、ちらりと猫の入れ墨が見えたから、多分」

 ネイチャー&ワイルドへの勧誘だろうかとメロディは考えた。

「それ、いつ頃?」

「殺される半月前くらい」

「そっか、ありがと」

 報酬として彼らにコインを与えると、少年たちは一層協力的になった。

「向こうの角にドリーと同じ部屋に住んでた姐さんがいるから」

 貴重な情報を得て、メロディと元ジャック少年は歩き出した。



「変な馬車…、いたいた、何度も行ったり来たりするのに乗ってる奴は顔も見せなかったよ」

「どっかのお貴族様がゲテモノ食いでも始めたのかと思ったけど」

 街娼たちは煙草を吹かしながら話してくれた。

「ドリー姐さんと一緒の部屋だったのは誰だっけ?」

「サディなら、怖じ気づいてよそに行っちまったよ。まあ、分かる気もするけどね」

「あんなことがあっちゃ、あの部屋にもいたくないだろうし」

 有力な証言が得られなくなって落胆したメロディだが、あることを思いついた。

「その部屋は、まだ空いてるのかな?」

「さすがに、死体を置いた部屋に住みたい奴なんていないさ」

 メロディはジャックと顔を見合わせ、殺された街娼の部屋へと移動した。

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