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29 墓の前で泣かなくてどうする

 翌日、プランタジネット大公家の一人息子モーリス・アルバートは、ロンディニウム学園の後輩メロディ・カズンズから予期せぬ誘いを受けた。

「お葬式に出ましょう」

 固まる彼に、子爵令嬢は説明した。

「警視庁の留置場で死んだ人の葬儀が今日なんです。新聞に告知が載ってました」


 貿易商の息子ビル・サイアーズの葬儀だ。解剖などの関係で時間がかかったのだろう。メロディは力説した。

「お葬式は重要なんです。葬儀そのものじゃなくて、参列者が」

「ネイチャー&ワイルドの会員が参列するのか?」

「それを確認しにいくんです。運が良ければデブエロネズミも来るかも。顔は隠せても体型は無理ですから分かりやすいですよ」


 勢いに押されてモーリスは頷いてしまった。慌ただしく喪服に着替えて集合した二人は、首都の南西にあるクームズ墓地に赴いた。

 葬儀は盛大ではあったが、参列者には困惑が見て取れた。主に、表情の選択に迷う顔だった。

「大人の動物園で遊んでしょっ引かれて留置場で変死ですもんね。葬儀をしなければしないで色々言われるし、ご家族は大変ですね」

 同情しながら、メロディは異世界での事件と比較した。

 ――個室型特殊風俗店の事故で亡くなった人のお葬式も、こんな感じだったのかなあ…。


 若くして無くなった故人を悼むはずが、葬儀会場は妙な空気が支配している。

 悲しみよりも恥と怒りのあまりに無表情な親族と、何とお悔やみを言っていいか分からない参列者と。

 双方が神経をすり減らす葬儀も、ようやく埋葬段階になった。メロディはこっそりと参列者に会員がいないかと見回した。

 ――といっても、仮面や覆面でモンタージュも作れない状況だし、体型しか決め手がないか。

 彼女より頭一つ高い視点からモーリスも参列者をつぶさに観察した。だが、それらしい者は見当たらなかった。隅に固まっている体格のいい若い男性の一団は、どう見ても別方面の知人のようだ。


 落胆する彼にこっそりとメロディが囁いた。

「ネズミはいないようですけど、ハーレム要員らしき人たちはいるんじゃないかと…」

 彼女が指し示す先には、泣いている若い女性がいた。それも一人や二人ではない人数の。

 モーリスとメロディはそっと彼女たちに近寄った。



 結局、埋葬が終わってから二人は女性たちとカフェに来ていた。泣きはらした一団は他の客の目には奇異に映るだろうが、喪服で理解してくれることを願った。

「あんな素晴らしいキングは二度とお目にかかれないわ…」

 涙ぐみながら一人が言った。他の女性たちも頷いている。メロディは彼女たちに尋ねた。

「あの、私、ネイチャー&ワイルドのことまだよく知らなくて。仮装する動物には意味があるのでしょうか」


 基本的なことを尋ねる新人という立ち位置の少女に、女性陣は鷹揚に答えた。

「ああ、それなら知らなくても仕方ないわね。ネイチャー&ワイルドは自然を称え回帰することを目的としているの」

 それと着ぐるみに何の関係があるのかと思いつつ、メロディは無邪気さを装った。

「そうなんですか。変わったドレスコードだと思ってたけど、深い思想があるんですね」

 女性たちは揃って頷いた。


「動物は私たちが生まれながらに持っている本能を表しているの。ビルは生まれついての肉食獣のキングだったわ」

 うっとりと一人が言い、他の女性も追従した。確か筋肉キングを取り巻いていたのは細い角を持つ羚羊だったとメロディは記憶していた。

 ――ハーレムと言うより食料庫ね。

「それで、あなた方は羚羊だったのですね」

「ええ、私は草原の、彼女は山岳地帯、あの子は南方大陸の種よ」


 やたらと詳しく羚羊の種類を教えられ、メロディとモーリスは首を振る役に徹した。

「…えっと、その本能はどうやったら分かるんでしょうか」

 メロディの問いに、羚羊たちはあっさりと答えた。

「マスターが教えてくれるのよ」

「主催者の方でしょうか」

 彼女たちは首をかしげた。

「詳しいことは誰も知らないの。ただ、集会に行くとカードを渡されるのよ。そこに私の悩みや問題を言い当てて、本来の姿を教示してくれるの」

「神秘的ですね」

「そうよ、神秘的。まるで雷に打たれたように羚羊だった自分を思い出したの」


 何やら転生じみた話になるのを、メロディは頭痛を堪えながら拝聴した。

 ――あの集会、派手な動物しかいなかったような。本当に自然回帰なら、一人くらいスカベンジャーだった前世を背負ってそうだけど。

 世界は格好いい生き物だけで作られていないことくらい、子供でも分かりそうなのにと思っていると、興味津々の質問を受けた。

「あなたは自分が何なのか分かってきたの?」

「い、いえ、私なんか皆さんと比べものにならないというか、ほんの端っこをかじっただけというか、それに…」


 本題を思い出し、彼女はいかにも哀しげにハンカチを目元に当てた。驚いた顔をするミス羚羊たちに警告する。

「実は、亡くなったのはミスター・サイアーズだけじゃないんです」

「どういうこと?」

「ピンクの猫の仮装をされていた女性が…、殺されたんです」

 喪服の羚羊たちは驚愕し、互いの顔を見合わせた。

「あの人が…、殺されたなんて、酷い」

「とても見事な胸をしていた人よね」

「ちらちらとキングに流し目をしてたわ」


 驚きが去ると批判意見も出てきた。中の一人がいきなり声を上げた。

「あの連中だわ!」

「でも、そうと決まった訳じゃ」

「きっとそうよ!」

「あの、心当たりがあるのですか?」

 メロディが尋ねると、金髪のミス羚羊が手提げ袋から何かを取り出した。

「この連中が私たちに嫌がらせをしているの」


 それは一枚のカードだった。書かれているのは一言、『ジェニュイン』のみ。

真物(ジェニュイン)……また選民思想バリバリなネーミングですね」

「集会の会場を使えなくしたり、メンバーを中傷したり、卑劣な奴らよ」

「どんな思想の団体なのでしょうか」

「世界の歪みを正すとか、虐げられた者を救うとか、威勢はいいけど何やってるか分からないわ」

「確かに曖昧な主張ですね」

「何も知らないくせに私たちを変態呼ばわりしてるのよ」

 ――あー、それはごく一般的な感想かも。


 思わず同意しかけたのをメロディは引き戻した。

「犯罪行為も辞さない団体と思いますか?」

「……さあ、そこまでするかは…」

 それまで沈黙していたモーリスが初めて口を開いた。

「ミスター・サイアーズがあの夜に接触していたバラガ豹の毛皮の女性のことに詳しい人はいますか」

「ああ、大山羊と一緒に来てた人ね」

「見たことのない人だったわ」

「では大山羊の男性については」


 モーリスが質問を変えると、彼女たちは考え込んだ。

「キングと衝突していた人よね」

「やたらと対抗心を持ってて、しょっちゅう違う人を連れてきたわ」

「あまりパートナーを変えるのは感心できないのだけど」

 故人とは会以外でも知り合いなのかもと、メロディとモーリスは視線を交わした。

「あと、ピンクの猫を追いかけ回してたネズミの人は」


 彼女たちは一斉にくすくすと笑い出した。

「あの人はねえ、本当に分かりやすいわ」

「大山羊の人と同じくらいとっかえひっかえだけど」

「決まって胸の大きな子を連れてくるの」

 ――分かってるのは巨乳好きだけか…。


 こんな一山いくらの嗜好では絞りようがない。聞き取り捜査を諦めたメロディは、好奇心に素直になることにした。

「ネイチャー&ワイルドの入会には、会員の推薦が必要なんでしょうか」

 一人が首を振った。

「私は楽屋に届けられた花束にカードが入ってたわ。舞台で半神半獣役の彼にときめいてたから興味を持って、彼じゃなくて動物そのものに胸が熱くなったことが分かったの」

 ――性癖って、いつどこで目覚めるか分かんないなあ。でもピンポイントにスカウトして当たりなんだから、勧誘の腕がいいのかも。

 世界は発見に満ちていることを実感するメロディだった。



 意外と和やかな会話を終え、メロディとモーリスはカフェを出ようとした。席の案内役がモーリスに一枚のカードを渡した。

「これを、先ほど出られたお客様か渡して欲しいと」

 怪訝そうにモーリスはカードを見た。何の変哲も無い白い紙には中央に一言のみが印刷されていた。

「……ジェニュイン」

 レースの手袋を嵌めたメロディが、彼に手を差し出した。

「指紋採取してみます」


 慎重に手提げ袋にカードを入れ、大公家の馬車に向かった時、突然モーリスにしがみつく者が出現した。

「モーリス兄様!」

 半泣きで飛びついてきた金髪碧眼の美少女は、彼の従妹だった。

「マティルダ? どうしてここに」

 戸惑う彼に答えることなく、王女は泣くのみだった。彼女の護衛にモーリスは尋ねた。

「何かあったのか?」

 護衛は申し訳なさそうに告げた。

「とにかく殿下に会いたいとおっしゃいますので、お探ししました」


 モーリスは申し訳なさそうにメロディを見た。

「カズンズ嬢、すまないが…」

「あ、私はこのまま警視庁に行きますので」

 メロディはそう言って通りに出た。ちらりと振り向くと、大公令息は心配そうに王女を宥めていた。見目麗しい二人はいかにもお似合いの一体に見える。彼らから視線を引き剥がすようにして彼女は歩き出した。

 大公家の護衛が付いてくれるので、徒歩の移動でも問題はない。なのにメロディの心には漠然とした異物感があった

 ――何だろ、この重苦しい、石でも呑み込んだみたいな気分。

 自分のことなのに理由が分からず、子爵令嬢は顔をしかめて強く頭を振った。

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