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28 eyeで血を見つめて

 ローディン王国首都、グレーター・キャメロット。その影の部分とも言えるスラム街で、キャメロット警視庁重大犯罪課は街娼殺害の捜査を続けていた。

「まったく、総監も何をお考えなんだか」

 スラムに山ほどいる売春婦の一人が死んだくらいでと、捜査官の士気は決して高くなかった。その中で、ラルフ・ディクソンは黙々と残留思念を追っていた。


 死んだ街娼の住んでいた安アパートには強い思念は残っていなかった。そこから感じられるものを追ううちに、彼らはこの路地に来ていた。

「ここが一番強い」

 ディクソンがぽつりとこぼす言葉を合図に同僚が集中する。

「ああ、そうだ」

「興味、期待、驚き……恐怖」

「全ての感情がここにある」


 個有者(タラント)たちがそれぞれの天賦(ギフト)で殺人現場を突き止めた。ところに、のんびりとした声が加わった。

「あ、やっぱり現場はここですか」

 警視庁きってのエリート部隊は一様に固まった。彼らが目にしのは腕章を着けた若い職員と子供と犬だった。


 最初少年かと思えた者の正体に気づき、ディクソンは赤い瞳を見開いた。

「何故、君が…」

「あ、分かっちゃいましたか」

 のん気に頭を掻くのはメロディだった。彼女は男装で髪を帽子で隠していたが、眼鏡をかけていてもディクソンにはダイクロイックアイを感じとれた。

「一応私、鑑識員見習いということなんで、設定覚えてくださいね。この子は助手と助手その二」

「よろしく」


 スラム時代の服を着たジャスティンが片手を上げ、彼の愛犬マディが点呼に応えて吠えた。

「どこの世界に助手を連れた見習がいるんだ」

「危険な場所だから慣れてる人に案内頼みたくて」

 メロディが言うと、ジャスティンが当然と頷いた。

「俺がいるから姉ちゃんの心配はしなくていいよ」

「彼は伯爵家の…」

「護衛の人もそこかしこにしますから」


 見れば労務者風だがやたらに鋭い目つきの男たちが彼らを取り巻いていた。ディクソンは溜め息をついた。

「君はどうやってここに?」

「犠牲者のアパートに行って、ベッドの血痕が少ないから殺害場所は別だと見当着けたんです。後は血痕を追って、マディの鼻も借りました」

 小型犬が得意そうに吠え、メロディはその頭を撫でた。

「この子、被害者の服の源臭を嗅がせたら迷わずここに案内してくれたんですよ」

「こいつの鼻はバツグンだから。コインと食い物の臭いなら何ハロン先からでも嗅ぎつけるし」


 ジャスティンが得意そうに胸を張った。伯爵家の飼い犬としてそれはどうなのかと捜査官たちは顔を見合わせた。彼らにメロディが尋ねた。

「ここに犯人の手がかりはありましたか?」

「強い感情は残っていた。見えるのは最後の瞬間、相手が誰なのかを視認し……」

 ディクソンは目を閉じ、浮かぶ映像に眉をひそめた。

「……大山羊?」

 メロディとジャスティンは瞬きを繰り返した。


「ヤギ…ですか。あの会合でピンクのプルプルちゃんを追っかけてたのは、いかにもスケベったらしいデバネズミだったけど」

「いくらスラムでもヤギの被り物してたら目立つぜ、姉ちゃん」

「てことは、殺人犯を見て強く連想したのがヤギだったって事ですか」

「そうだな。残留思念は強い感情だ。実物そのものとは限らない」

 彼の言葉を聞きながら、メロディは路地をうろついた。そして、立てかけてあった破れ板をそっと動かした。むっとする異臭が漂う。


「あった」

 そこには夥しい量の血痕が残されていた。メロディは目を眇め、周囲の赤色だけを抜き出した。

 ――視覚調整(ビジュアライズ)抽出(エクストラクト)

 建物の壁に散った中速飛沫血痕の前に立つ。

 ――ここが最初の一撃。それから……。

 振り返ると、背後に引きずり痕が伸びていた。

 ――そのまま後ろに引きずれたのなら、襲撃は背後から。喉を裂かれたのは片手で拘束し片手を前に回して真横に。抵抗できなくなった獲物を好きに解体できる場所へと運ぶ。


 ゆっくりと後ろ向きに後退し、メロディは路地の奥に行く。

 周囲を見回し、昼でも薄暗い場所に血痕を探した。天賦(ギフト)で不自然にはみ出した赤を発見する。

「見つけた」

 その上にカモフラージュで置かれたゴミを、手袋をしてどけた。捜査官にも触らないよう忠告する。

「ここの物はそのままにしてください。後で警視庁に運んで指紋採取しますから」


 あらわになった地面にはおぞましい行為の痕跡があった。血液と肉片が。

「この出血量なら、ここが遺体を解剖した現場で間違いないですね」

 虫が飛び交い悪臭がたちこめるのにも構わず、メロディは写真を撮った。

「今できるのはこのくらいですね。ここにも残留思念はありますか?」

 進み出たディクソンが地面に手をついた。

「事切れる直前だな。犯人はやはり山羊の…、いや……」

「人の顔になりましたか?」

「一瞬中年男性が被った。だが、あれはどう見ても死人だ。頭を割られていた」

 彼の言葉にメロディは呆然とした。



 現場検証後は何事もなく、メロディはジャスティンとマディを連れてスラムの外に戻った。モーリスは馬車の外で待っていた。

「暑いのに、中で待っててくだされば」

 不思議そうにメロディが言うと、ジャスティンに袖を引っ張られた。

「ヤボ言うなよ、姉ちゃん。心配してんだよ」

「そうなんですか?」

「殺人事件が起きた場所だぞ」


 苦々しげにモーリスが答えると、ジャスティンがげらげらと笑った。

「しょうがねえだろ、兄ちゃんどんな格好しても浮くから、置いてくしかねえじゃん」

「ボロ服着ても育ちがよく見えるのって不便ですね」

 メロディが取りなすように言ったが、あまり慰めにならなかった。古巣に戻った少年が訊いた。

「なあ、殺された姐さんの特徴は分かる?」

「それなら、右胸に猫の絵の入れ墨がある」


 淀みなく答えたモーリスは二人が胡乱な目を向けるのに気づき、慌てて付け加えた。

「見た訳じゃない、報告書にそうあったんだ」

 ジャスティンは頷いた。

「それで赤毛ならプシキャット・ドリーだ。舌技が得意な姐さんで、おかげで手抜きできるって自慢してた。決めセリフは…」


 何やら未成年には相応しくない話題になってきたところをモーリスが中止させた。

「そこまでだ」

 そして声を潜めて彼に忠告する。

「レディ・エディスには娼婦関連のことは絶対教えるなよ」

「しねえよ、あいつヤバいことから覚えるから」

 彼の苦労を知らないメロディは情報を照合させていた。

「猫好きなところを買われて、あの集会に誘われたのかなあ。でもパートナーはハゲデブネズミだったし」


 彼女はモーリスに現場を突き止めた経緯を話した。

「路地で殺して解剖したなら放置すれば良いのに、わざわざ被害者のアパートに運んで、同居人に見せつけるようにベッドに寝かせたんですよ」

「大胆だな」

 驚くモーリスに、ジャスティンが別の意見を出した。

「あの界隈なら夜に仕事する奴が多いから、住み家は空っぽだよ」

「そうなのか」

「だとしたら、スラムに詳しい人物ですね。住んでいたか関わっていたか」


 情報不足からそれ以上の推理は出来なかった。

 メロディにはもう一つ大きな疑問があった。異世界での殺人事件がこの世界で再現された経緯だ。

 ――あっちの世界の記憶がある人が関わってるのかな。まさか本人ってことは……。

 夏にもかかわらず、寒気のする可能性だった。



 警視庁に戻ったディクソンらは重大犯罪課課長ユージーン・ギャレットに捜査報告をした。

「大山羊に死んだ中年男……」

 突拍子もない情報だが、個有者(タラント)を多く扱う彼は驚くことなく推論を組み立てた。

「例の変態どもの集会で死んだ男の口に残っていたのは、バラガ豹の毛だったな」

 美しい斑点が人気の高価な毛皮だ。そして、集会に参加した者の多くが美女が着ていたものだと証言している。課長は続けた。

「その毛皮を服にしていた女を連れていたのが山羊の頭を被った男だ」

「では、その男が関係していると?」

「集会では覆面を取らなかったのに何故正体を知ったのか、あるいは知らされたのか、まだ捜査が必要だな」


 捜査官は今後の計画を立てた。執務室から廊下に出たディクソンは、文書庫にいるはずのドッド警部と出くわした。

「相変わらず敏腕監察官に目の敵にされてるようだな」

「慣れました」

 簡潔に答える彼に、警部がある話を始めた。

「殺された街娼、プシキャット・ドリーことドリス・ペイジは前科がある。父親殺しだ。散々虐待してきた親父を火かき棒で殴り殺して家から逃げ出し、街娼にまで転落したらしい」

「あの残留思念は父親か」


 自分を虐げた者が犯人と重なったのだろうとディクソンは理解した。彼は無意識に自分の左肩を押さえた。

 そこには消えない傷が残っている。『あんたみたいなバケモノ、生むんじゃなかった!』と叫ぶ母親に切られた跡だ。

 消えたはずの痛みに耐える表情をする彼を、老警部は無言で見守った。



 ヨーク川河畔、古い建物には紳士たちが怠惰な時間を過ごす空間があった。

 扉には『ジェニュイア・クラブ』と優雅な筆致で書かれ、室内はカードをする者、妙な実験をする者と、様々だった。

 中の一人が最新の噂を披露した。

「ガズデン通りの街娼が猟奇的な殺され方をしたらしい」

「あそこなら何が起きても不思議ないさ、そうだろう」

 話を向けられた男は適当に頷いた。彼が手にした本――『秘められた歴史』の開かれたページには、喉と腹部を切り裂かれ内臓を摘出された娼婦の図解が描かれていた。

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