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25 夏のお嬢さんは危険がいっぱい

 夏の長期休暇前、最後の授業となったロンディニウム学園は浮き足立っていた。

 誰もが休暇中の旅行の話をしている。貴族と富裕な平民が通う学園の生徒は、別荘や親戚を訪問して夏を過ごすのが通常だった。首都グレーター・キャメロットはこのシーズンばかりは人口が減ってしまう。


 メロディの友人ノーマやジャスパーも例外ではなかった。

「じゃ、二人は南部の海岸に行くのね」

「そうよ、泳いだり釣りをしたり、今から楽しみだわ」

「メロディはどうするんだ?」

 一向にバカンスの計画を話さない子爵令嬢に、ジャスパーが不思議そうに尋ねた。彼女は満面の笑みを浮かべた。


「よくぞ聞いてくれました! この夏は出張CSI部をやります!」

 二人は呆けたように頷いた。

「……何、それ」

「キャメロット警視庁の師匠、ドッド警部が、書庫にある過去の捜査資料の整理を手伝わないかって誘ってくれたの! ついでに警視庁でどこまで科学捜査ができるか実験してみようって」

「……うん、凄いね」

「あの、ご両親はお許しになったのかしら…」

「あはは、怒られた」


 だろうなと二人は視線で語り合った。この友人は悪い子ではないのだが、ともすればとんでもない方向に突っ走ってしまうのだ。

「メロディは夢中になると他が見えなくなるから」

「警視庁に泊まり込むなんて言い出しかねないし」

「それ、理想的なんだけど、さすがに留置場には泊まれないし」

「ご両親が泣くよ」

「全くだ」


 部室に苦々しい声がした。彼らは振り向き、CSI部副部長であるモーリス・プランタジネットが立っているのを見た。

「モーリス様はご領地に行かれるのですか?」

 全く人ごとのようにメロディが尋ねると、大公の子息は黒髪を揺らしてかぶりを振った。

「こっちは君のお目付役がまだ継続中なんだぞ。ほっとくと何するか分からないのに目など離せるか」

 ノーマとジャスパーは安堵すると共に、国王の甥に同情的な目を向けた。呑気なメロディはひたすら不思議そうだった。


「え? でも大公家は避暑地に行かれるのでは?」

「出発までまだあるから、首都にいる間は同行するよ」

 義理堅い人だと感心しながら、メロディはロイヤルファミリーの恒例行事を思い出した。

「王太子殿下は王家の方々と北部の湖水地方に行かれるのですよね」

「あそこには王家の別荘があるからな。マールバラ公爵家も。それにフィリップス家もあの一帯の古城を購入したと聞いた」

 関係者勢揃いで閑静な避暑地として有名な湖水地方はどうなるのだろうかと、メロディは乾いた笑い声をたてた。

「あー、避暑地戦開幕ですか」

 窓から学園の庭園を眺めれば、ひときわ豪華な馬車の周辺で口論するマールバラ公爵令嬢ジョセフィンとフィリップス銀行総裁の娘メアリ・アンの姿があった。

「何も休暇まで持ち越さなくても」

 メロディの呟きに、他の部員全員が同意した。



 部室を出て王家の馬車に近づいたメロディは、まだ続くバトルに溜め息をついた。そして、そもそもの争いの原因である王太子ジュリアスにそっと尋ねた。

「止めなくてよろしいのですか?」

「はは、ジョセフィンはああなったら引かないから」

 危機感皆無の言葉に苦言を呈したのは彼の従兄弟だった。

「呑気なことを言ってる場合か。こんな人目に付く場所で」

 叱られて首をすくめた王太子は、ようやく女性二人の仲裁に入った。

「遅くなるからそこまでにしようね」

 そう言うと婚約者を馬車に押し込み、惚れ惚れするような笑顔を女友達に向けて別れを惜しむと、ジュリアスは颯爽と王家の馬車に乗り込んだ。

 去って行く馬車を見送り、メロディがしみじみと呟いた。

「悪い男ですねえ…」

 その身内は一言もなかった。



 午前中で授業が終わったため、メロディはヨーク川沿いの公園に出かけた。そこにはライトル伯爵家の兄妹も乳母と共に散歩に来ていた。

「伯爵家はこの夏はどこで過ごされるの?」

 彼女に訊かれてジャスティンは首をひねった。

「今までは南部の海岸や北部の湖に行ってたらしいんだけど、今年は遠出しないみたいだって」

 少年の隣で天使のような伯爵令嬢も頷いている。

「お兄様が帰ってきたから、家族だけでいるの」


 グレート・アヴァロン島南部の海岸も北部の湖水地方も有名な観光地で社交場だ。初夏に思いがけずに見つかった長男のことをあれこれ詮索されたくないのだろうかとメロディは推測した。

 そして、特に不満もなさそうなエディスに言った。

「お兄様と沢山遊べますね」

「うん!」


 ジャスティンと一緒に愛犬マディを撫でる姿に子爵令嬢は微笑んだ。彼女は付き添いの乳母にこっそりと尋ねた。

「伯爵様ご夫妻はお変わりありませんか」

 ベテランの乳母は小さく頷いた。

「坊ちゃまが戻られて戸惑うこともありますが、日に日に旦那様のお小さい頃にそっくりになられて、屋敷の者は誰も疑っておりません」

 うっすらと涙を浮かべて、乳母は仲の良い兄妹を見つめた。伯爵家はこの光景を諦めていた時もあったのだろうか。


 やがてジャスティンがメロディのことを訊いた。

「姉ちゃんはどっか行くの?」

「うちは領地らしい領地もないし、親戚のとこを少し訪ねるくらいかな。この夏は警視庁に出張部活だし」

「何やんの?」

 興味を持った少年に、彼女は文書庫の主のような老警部と意気投合したことを話した。

「へー、そんな人もいるんだ」

天賦(ギフト)を持たない人の方がずっと多いんだから、科学捜査は細々でもどっかで進んでると思ってた」

「それって、俺の時の指紋とか?」

「他に足跡、血痕、毛髪…、人がそこにいるだけで何かの証拠が絶対残るんだから。私たちが見つけられないだけで」

「変わってんな、姉ちゃん」

「好きなことやってるだけよ」

「品評会の時の騒ぎって何か分かった?」

「それね、気味悪い人形があったの」


 犬の人形から始まりネイチャー&ワイルドの集会や渡されたぬいぐるみのことをメロディは語った。

「気色悪っ」

 鼻に皺を寄せるジャスティンを見て、子供には刺激が強かったかとメロディは反省した。だが、彼は違う方向から指摘した。

「なあ、その動物好きの変態クラブ、お貴族様の集まり?」

「どうかな…、下町訛りも結構聞こえた気がする」

 ジャスティンはしばらく考え込んだ。

「あのさ、犯罪大通り界隈に立ってる姐さんたちは、少しでも客に覚えてもらうために結構変な格好や髪型やってるんだ。中には妙な入れ墨したり」

「ギャングの?」

 少年は首を振った。

「自分の好きな物。たまに犬とか猫とか見たことある。ヒモの名前入れてるのもいた」

 ヒモは犬猫レベルなのかとメロディは感心した。そして、ある可能性に気付いた。

「じゃ、街娼が混じっててもおかしくない…、普通の家の人よりはあんな格好も抵抗ないかも」

 これはスケベネズミが誰なのかを早急に突き止め、彼が連れていたピンクの猫を探すべきなのではとメロディは考えた。



 夜を迎えた犯罪大通りは、その本性を見せつけるように怪しさと危険度を増す。

 こっそりと違法品のやりとりをする者、昼間のスリやかっぱらいの成果を持ち寄る者、夜闇に紛れてどこかへと消えていく者。


 そんな中に、けばけばしい安物のドレスと化粧で武装した街娼たちもいた。

 客待ちの間に煙草を吹かしながら、彼女たちは情報交換をした。

「あーあ、バージ通りはもうダメだね、シケたのしか通りゃしない」

「ねえ、あんたこの前変なのに連れてかれてたけど大丈夫だった?」

 問われた女は露出の高いドレスから自慢の胸をのぞかせて笑った。

「平気、平気。お貴族様だか金持ちが動物の仮装して触り合ってるだけだったから」

 周囲の街娼たちは何とも微妙な顔をした。

「ま、いいけど。ヤバイのに目をつけらんないように気をつけなよ」

「分かってるって」

 平然と笑った後で、彼女はこっそりと付け加えた。

「こっちは運が向いてきたんだから」


 仕事帰りの男たちが通りかかり、会話は中断した。女たちは流し目を送りながら相手の懐具合を探った。

 一人の女がいきなり振り向いた。彼女の耳に、確かに「やあ、ピンクのプルプルちゃん」と呼びかける声がしたのだ。女は声がした路地へと入っていった。

「何? またあの集会?」

 豊満な胸を抱えるようにして見せつけながら、彼女は甘く囁いた。だが、相手の姿が見えない。

「…どこなのよ」

 ブツブツ言いながら辺りを見回していた彼女は、突然背後から口を塞がれた。声を出す間もなく、目の前に現れたカミソリが真横に喉を切り裂く。吹き出る鮮血を止めようと喉を押さえるが、段々と力が抜けていった。

 やがて人形のように抵抗を止めた街娼は、路地裏の闇へと引きずられていった。

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