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23 君の名は?

 その建物は、一見普通のホテルだった。


「二階の銀月竜の間……、ここですね」

 ホテルの一室の前で、メロディはカードと大きな扉に書かれた文字を見比べた。その隣でモーリスは懐中時計を見ている。

「集会は始まって少し経った頃だな。これならあまり目立たずに入れる」

「この格好で目立たずにすむんでしょうか…」


 自信なさそうに言うメロディは毛皮のトリミング付きの白いドレスに白い仮面、いつも無理矢理三つ編みにしている栗色の癖毛はふわふわと頭を取り巻き、ティアラ風の髪飾りには長く白い耳が着いている。

 モーリスの方はそれよりぐっと手抜き感があった。それでも黒髪に合わせた黒いスーツには同色の毛皮があしらわれ、仮面もお揃いの意匠だった。カイエターナ大公妃がわざわざ揃えてくれた仮装を眺め、その息子はしみじみと言った。


「一つ言えることは、夏場にやる格好じゃないって事だな」

「同感です」

 既に汗を抑えるのに苦労している二人は、室内の冷房が効いていることを祈りながら扉に着いた呼び鈴を鳴らした。

 音もなく開かれた扉の中にはクロークが設置され、一人の男性が佇んでいた。

「ようこそ、ネイチャー&ワイルドに。招待状はお持ちですか?」

 モーリスがカードを見せると、彼は手にしたノートの番号と照合した。

「確かに。では、お名前を」


 二人は視線を交錯させた。まさかプランタジネット大公の名を使う訳にはいかず、咄嗟にメロディが口を開いた。

「あ、この方は……」

 適当な偽名を言うつもりが、焦りで思考回路が混乱した。やっと出てきたのは異世界で最も親しい男性の名だった。

「ノ、ノボル……、ノーボール様です」

「ノーボールズ(Noballs=タマ無し)様でございますね」

 受付の男性は眉一つ動かさずに名を書き込んだ。


 ――私のバカーーーーー!!!

 己を罵りながら、メロディは無意識に天賦(ギフト)でモーリスの表情を仮面越しに盗み見た。彼の表情筋は息をしていなかった。

 心の中で百万回詫び倒し、メロディは受付のノートがこちらにも丸見えなのに脳内で因縁をつけた。

 ――個人情報どうなってるのよ。


 しかし、ちらりと見えた名簿に書き込まれていたのは『ピンクのプルプルちゃん』だの『無敵大砲RX‐7』だのというふざけた(しかも下ネタ寄り)の名前ばかりだった。

 ――こんなので良いなら悩まなかったのに。

 脱力する思いで、メロディは『モフモフウサちゃん(フラッフィーバニー)』と名乗った。男性は流麗な筆致で書かれた名札を二人に着けてくれた。

「結構です、ではこちらへ」

 受付の案内で二人は部屋の奥へと入っていった。


 そこに繰り広げられた光景は、彼らなどまだまだ初心者に過ぎないと教えてくれた。

 身体のラインをあらわにするドレスをヒョウ柄の毛皮で仕立てている女性、全身すっぽりと毛足の長い毛皮で覆った男性。頭部が鳥の羽に埋もれている者も、肌に鱗を貼り付けた者もいる。

 気圧されたように壁際で突っ立つ二人は、小声で感想を言い合った。

「…凄いですね。あの鱗、本物なんでしょうか」

「南方大陸にしかいない大型肉食獣の毛皮がウロウロしてるぞ」

「ワシントン条約……、いや、希少動物を保護する国際的な取り決めとか無いんでしょうか」

「聞いたことないな」

「かなりの数を絶滅に追い込まないと危機感が生まれないんでしょうね」


 周囲はネイチャー&ワイルドと言うより地獄の動物園さながらの様相だ。しかし、驚きが静まると参加者が何を求めているのかが段々分かってきた。

「見たとこ、猟奇的な趣味の人はいないようですね」

 耳と尻尾を着けピンクの猫に扮した女性が目を奪うほど豊満な胸を揺らして逃げるのを、ネズミ色の男性が追い回す。肉体美を強調する青年の周囲に恍惚とした表情の若い女性が集まっているが、いずれも一時のお相手を探しているようにしか見えなかった。

 煙草の煙はあちこちから漂っていても、薬物でハイになっている者は見当たらない。

「健全な変態の集まり……と言って良いのでしょうか」

「そうだな」


 モーリスは、自分の名札の偽名を極力視界に入れないようにしていた。彼らの前を木馬に跨がりウマの被り物をした男性が通りかかった。モーリスの名札を見て、にこやかに彼の肩を叩く。

「大丈夫、(セン)馬(去勢馬)が好みな子もいるさ」

 ハイヨーと木馬は駆け去り、モーリスは死んだ魚の目になっていた。慌ててメロディが彼を正気に戻そうとした。

「モー…、ノーボールズ様、気を確かに。帰巣本能に負けてませんか?」

「やめろ。その名で呼ばれると、ありとあらゆる物が削られてく気がする…」

「お気持ちお察ししますが、来てすぐに帰ると悪目立ちしますので、もう少し我慢してください」

「……分かった」


 必死で気持ちを立て直すモーリスは、どこからか強い視線が送られるのを感じた。周囲を見回すが、動物もどきの求愛行動だらけだ。

 やがてピアノとバイオリンが音楽を奏で始めた。奏者までが動物の頭を被っている。そのプロ根性にメロディは拍手したくなった。

 動物たちも踊り始めたが、何をどう見ても暑そうだ。下手に誘われても困るので、二人は壁際で寄り添って眺めた。


 興奮状態の毛皮マンが彼らを手招いた。

「汗と毛皮の臭いは最高だぞ!」

 乾いた笑顔でメロディは呟いた。

「犬は汗をかけないんですけど」

「あの毛皮も漂白洗浄くらいはしてるだろう」

「もしかすると染色も」


 囁き合っていると、部屋の片隅で諍いが起きた。踊るヒョウ柄美女の毛皮を背後から舐めた不届き者がいたようだ。

「人のパートナーに手を出すな!」

「草食獣ごときが肉食獣の王に刃向かう気か?」

 ハーレムを作っていた筋肉猛獣がヒョウ柄美女を抱き寄せた。大山羊の着ぐるみ男が殴り掛かろうとする。


 周囲が騒然となる中、曲調が替わった。激しく情熱的なリズムを刻む音楽に乗って、一組が華麗なステップを披露した。黒一色のドレスにクロバトの羽根で縁取った黒い仮面の銀髪の女性と、スリムな縦縞のスーツを着た雪虎の仮面の男性だった。

 彼らは一触即発の筋肉キングと山羊男の間にするりと割り込み、派手な回転技とホールドで人々の目を奪った。そのカップルが移動すると、つられるように人々は中央に集まり騒ぎを忘れた。


「凄いな…」

 感心するモーリスの隣でメロディも見とれていた。

「プロのダンサーでしょうか。よほど鍛えてないと出来ない動きですよ」

「アトラクションで雇われているのかな」

 二人は、会場内の注目から外れているうちにとクロークに戻った。受付の男性は何事もなかったように迎えてくれた。

「お帰りですか、楽しまれたでしょうか」

「はい、ダンサーの人が素晴らしくて」

 メロディが答えると受付は首をかしげた。

「当方で用意したのは音楽のみですが」

「参加者なの?」


 怪訝そうにしながらも帰ろうとすると、受付係が声をかけた。

「これを預かっています」

 箱を差し出され、モーリスは当惑した。

「こんな物は持ち込んでないが」

「はい、会員の方がノーボールズ様にお渡しするようにと」

「会員? 誰から?」

「名札が見えなかったもので」


 とにかく帰るために、とりあえず箱を受け取り二人は廊下に出た。

「何なんでしょうね。参加賞?」

 大きさの割りには軽い箱だった。メロディは念のために耳を当ててみた。

「音はしないから時限爆弾ではなさそうですね」

「物騒なことを言っていないで、早く出よう」


 モーリスにせかされ、メロディは彼とホテル出入口に待機していた護衛と合流し、馬車に乗った。二人は用心深く箱を空けた。中にはふかふかしたものが入っていた。

「ぬいぐるみ?」

 プレゼントかと思ったメロディは息を呑んだ。それは腹を割かれた猫の人形だった。切断面からは詳細に作られた内臓が覗いている。モーリスは震えるメロディの手にそっと自分の手を重ね、護衛に告げた。

「キャメロット警視庁に寄ってくれ」



 彼らの馬車とすれ違いにホテルに駆けつける一団がいた。

「本当にこんなホテルで違法集会があるんでしょうか?」

 部下の疑問にカーター警部は頭を掻きながら答えた。

「仕方ないだろう。通報が来たんだ。…えっと、銀月竜の間?」

 彼らは二階に上がっていった。


 その様子を、ホテルの側を流れるヨーク川の船上から監視する男女がいた。警察が突入すると彼らは船長に合図し、船を出させた。女性の着けていた仮面が外れ、クロバトの羽根を光らせながら川面へと落ちていった。

全国のノボルさん、ごめんなさい。

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― 新着の感想 ―
[一言] ネタはCSIのフィギュア殺人事件か。
[一言] 竹下登って首相が居たな… take a shit って揶揄されてた気がするが名もアレだったのか…
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