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21 上を向いて歩けばつまずく

 翌週末、モーリスは約束通り犬の品評会にメロディを誘ってくれた。ライトル伯爵家の兄妹、ジャスティンとエディスも一緒の見物だった。


「わー、あんなにたくさんいる!」

 参加する犬の数と種類の豊富さに、幼い伯爵令嬢は目を丸くしていた。その兄は小型犬部門で自分の犬と似た種類を見つけた。

「あれ、マディに少し似てる」

「小型の猟犬ですね。小さくても勇敢だとありますよ」

 パンフレット片手にメロディが説明すると、ジャスティンが感心したように言った。

「そっか、あっち系の雑種なのかな」

「マディはマディよ、お兄様。あの子が一番可愛くて賢いんだから」

「そうだよな、ごめん」


 エディスが口を尖らせるのにジャスティンが謝る。仲の良い兄妹に大公の息子も目を細めた。

「伯爵家の暮らしに慣れるのは大変だと思ったが、レディ・エディスのおかげでなじめてるようだな」

 モーリスにこっそりと言われ、メロディも同意見だった。

「ジャスティン様の頑張りもありますよ。今はエディス様と一緒に家庭教師の授業を受けてるそうです。兄貴が字も読めないのは格好悪いからって」

 この少年がどうやって危険なスラムで生き抜いてきたのかがうかがえる逸話だった。


 開会前に主催者がモーリスの元を訪れた。

「これは殿下、わざわざお越しくださり感謝します」

「友人に見せておきたかったんだ」

 少女たちを見て、主催者は微笑んだ。

「それは光栄ですな。お気に入りの犬種はいますか?」

 問われたメロディは即答した。

「あー、出来ればジャーマンシェパードが見たかったけど、いませんよね、ここには」


 主催の太い眉がぴくりと跳ねた。

「失礼、レディ。どのような犬ですかな」

「えっと、中型から大型の短毛種で、訓練を受ければ番犬にも警察犬や軍用犬にもなれる、頭の良い犬種です」

 しばらく考えた後で、主催は大型犬が控える一角を指さした。

「使役犬はあの当たりですが」

 そのあたりを子爵令嬢は観察した。がっしりとした犬たちはいずれも当たらねど遠からずと言った感じだった。

「ちょっと違うかなあ…」


 異世界の警察ドラマにつきものの賢く勇敢な警察犬を、メロディは懐かしく思い出した。彼女の隣で、モーリスは主催に探りを入れた。

「最近、犬や猫を狙った事件に聞き覚えはありませんか?」

「もしかして、王女殿下の猫の関係ですか? いや、酷い話ですな。まあ、どこに逃げてしまうか分からない猫と違い、犬は忠実に飼い主の側にいますから」

 貴族階級の犬を狙うなら屋敷への侵入が必須条件になってしまうとモーリスは考えた。聞き耳を立てていたメロディも小さく頷いた。


 二人は伯爵家の兄妹を護衛に任せて参加者が待機する場所に向かった。

「ここまで犬に入れ込んでるなら、かなり濃い人もいますよ」

 確かに、出番に向けて一心不乱に準備をする飼い主たちには鬼気迫るものがあった。

 その中で、何やら険悪な空気が漂うエリアがあった。

「あれは、愛玩犬部門ですかね」

 彼らは激しい口論が起きている場所に行ってみた。

 そこには、一歩も引かない勢いで睨み合う二人の女性がいた。


「言いがかりは止めてくださる? いくらうちのヴィヴィアンにかなわないからって」

「はあ? あんたが審査員と寝なきゃ決勝にも残れない駄犬のくせに!」

「何ですって!?」

 あわやつかみ合いに発展する寸前に、主催側の役員が止めに入った。

「止めないか、こんな所でみっともない」

 周囲からの視線に気付いた彼女たちは互いにそっぽを向いて自分の犬の元に戻った。


「確かになかなか見られない光景だな」

 モーリスが呟くのに、メロディは笑うしかなかった。そこに、すっと伸びてきた手が彼に一枚のカードを差し出した。

「あのような輩よりも遙かに崇高で深い世界に興味はありませんか?」

 思わず手に取ったカードをモーリスは読み上げた。

「自然と野生を語り合う集い。日にち限定の会合らしいな」


 詳しく聞こうと顔を上げた時、勧誘者の姿はなかった。場所と開催日時しか書かれてないのを見て、メロディは首をかしげた。

「ネイチャリングスペシャルな人たちの集まりなのでしょうか?」

 ここにいる犬は改良された血統書付きばかりで野生とはほど遠いのだが。どうにも腑に落ちない気分で二人は名刺を眺めた。裏を見てモーリスが驚いた。

「ドレスコードがあるようだな。『お好きな動物に扮してください』……?」

「アニマルコスプレパーティーですか……マニアックですね」


 異世界の警察ドラマでも、着ぐるみマニアのエピソードがあったなとメロディは思い出していた。

「大公妃様でも被り物はお持ちでないでしょうね。フラメンコドレスとカスタネットならありそうですけど」

「アグロセンの文化をどんなものだと思ってるんだ……」

 メロディ的には、情熱的でエキゾチックなカイエターナ大公妃は『世界一カルメンのコスプレが似合う王族』に分類されているのだが、当然モーリスは知りようがなかった。



 CSI部の部長と副部長が珍妙なやりとりをしているのとほぼ同時刻、喧嘩を理由に控え室から倉庫に隔離されてしまった出場者パメラ・ソマーズは愛する犬たちのために水を汲んできた。

「さあ、喉が渇いたでしょう、可愛いヴィヴィアン」

 普段よりオクターブ高い声で語りかけた彼女は、犬たちが妙に静かなのに気付いた。周囲を見回すと、長毛の愛玩犬が固まってぐったりしている。

「大変! どうしたの?」

 駆け寄り犬を抱き抱えた彼女は、その中に最も手を掛けている個体がいないと知り必死で呼びかけた。

「ヴィヴィアン! どこなの?」

 倉庫内をうろついていると、不意に頬に水滴が落ちてきた。

「何? 気持ち悪いわね」

 妙に生温かいそれを拭うと、指先が赤く染まった。パメラは硬直した。ぎくしゃくした動作で天井を見ると、愛玩犬が吊されていた。切り裂かれた腹部から血がしたたり落ちてくる。

 倉庫に絶叫が響いた。


 それはメロディとモーリスの耳にも届いた。二人はかけ出した。

 倉庫には既に人だかりが出来ていた。錯乱状態の女性を審査員らしき男性が宥め、他の参加者は中の惨状に顔色を失っている。

「モーリス様、あれは…」

「同じだな」

 メロディはCSI部に届いたばかりのカメラを構えた。ファインダー越しに凝視して違和感に目をこらす。

「あれ、犬じゃない」

「何?」

「人形ですよ」

 梯子を掛けて犬を下ろした会場の警備員も同じ事を告げた。

「こいつは悪質な嫌がらせだ」


 その報告はソマーズ女史を納得させなかった。

「なら、私のヴィヴィアンはどこにいるの!?」

 彼女の怒鳴り声に訴えかけるように、弱々しい鳴き声がした。移動用のケージに敷いていた毛布からだった。飼い主が飛びつくようにしてめくったそこに犬はいた。

「ああ、良かった……」

 泣き出す彼女に目もくれず、メロディは人騒がせな人形を観察した。

「中は布、海綿……でも、血は本物のようですよ」

 一緒に確認したモーリスも同意見だった。

「血まで用意したのか」

「あるいは現地調達ですね」


 そう言ってぐったりした愛玩犬の元に行き、彼女はしゃがみ込んだ。しきりに前足を舐める一匹を見て、拡大鏡で皮膚を検分する。

「注射針の痕です。血を抜かれた可能性があります」

「何て酷いことを!」

 再度わめきだした飼い主を無視して、メロディはモーリスに尋ねた。

「さっきのカードをお持ちですか?」

「ああ」

 それを受け取り、彼女は極めて真剣に呟いた。

「初心者は仮面でも大目に見てもらえますかね」

 何の動物にするべきかに考えが進行している子爵令嬢に、大公の子息は付き合わされる未来図しか見えなかった。



 にわかに騒がしくなった会場の雰囲気に、伯爵家の護衛たちは兄妹を囲むようにして移動した。

「どうしたの? お犬さんは?」

「誰かが怪我でもしたのかな。危ないから帰ろう。今度は一緒に動物園に行こうな」

「うん!」

 不満そうだったエディスがにっこりと笑い、ジャスティンは安堵した。妹の手を引いて会場外に出た時、野次馬の中から強い視線を感じ立ち止まった。

「……何だろ…」

 馬車がやってきたため確認することも出来ず、少年は帰宅の途についた。

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