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19 帰ってこいよと言われましても

死体描写がありますので気をつけてください。

 翌朝登校したメロディは、学園が騒然としているのに驚いた。

「何があったの?」

 同級生に尋ねると、蒼白になった女子生徒は震える手で庭園の一角を指さした。

 大きな記念樹がある場所で聞き覚えのある金切り声がする。

「ボーディシア! どうして……!!」


 マティルダ王女が錯乱状態になっていた。メイドや護衛たちが必死で宥めているが効果はなさそうだった。

 何が彼女をあれほど動揺させているのかと大木を見る。一番低く大きく広がった枝に何かが揺れていた。

 ――布かな? 白と赤の。

 色合いだけなら目出度いのだがという思いは、その正体が分かると同時に消滅した。


 枝に吊されているのは猫の死骸だった。かつて白銀色だった被毛が黒ずんだ血で汚れている。

 猫の腹部は縦に大きく切り裂かれ、傷口から内臓がはみ出している。直視できずに嘔吐している生徒もいた。

 泣き叫ぶマティルダの声をどこか遠くで聞きながら、メロディは不思議な既視感に囚われた。

 ――喉を切り裂き腹部を切開、内臓を摘出し、性器を異様なまでに傷つける……これって…!


 護衛の者がようやく猫を下ろして袋に入れようとするのに、メロディは駆け寄った。

「待ってください!」

 彼らは必死の形相で詰め寄る子爵令嬢に困惑を隠そうとしなかった。

「……何か?」

「その猫の内臓は、それで全部ですか? 足りない物は?」

 ――これって、記憶にある事件と同じ。確認して警戒しなきゃ次に起きるのは…。


 危機感にかられていると不意に腕を掴まれ、次に頬を強くぶたれた。よろめくところを更に二度三度と叩かれ、メロディは尻餅をついた。

 見上げると、激怒した王女マティルダが目の前に立っていた。彼女は青い瞳に憎悪をたぎらせて子爵令嬢を見下ろした。

「この人でなし! お前がやったのね!」

「…違っ……」

 弁解も耳に入れず、王女はメロディを殴ろうとした。その直前に背後から彼女を羽交い締めにした者がいた。プランタジネット大公の一人息子だった。

「やめるんだ、マティルダ。彼女は無関係だ」

「止めないで、モーリス兄様! こいつの仕業よ! お前が代わりに死ねば良かったのよ!」


 呆然としていたメロディが突然立ち上がった。眼鏡が吹き飛び、色分かれした虹彩があらわになったダイクロイックアイで王女を睨みつける。

「…冗談じゃないです、猫だろうが人だろうが身代わりに死ぬなんて、絶対お断りです。簡単な命じゃないですから! そんなに大事な猫なら天賦(ギフト)で生き返らせたらどうですか。王族だもの、そのくらい出来ますよね、さあ、どうぞ!」

 反論されて一層いきり立つマティルダ王女を何とか引き離し、モーリスがメロディに詫びた。

「すまない、カズンズ嬢。医務室で手当を受けてくれ」

 側に来ていたノーマが落ちた眼鏡を手渡し、付き添ってくれた。



 放課後、両頬を腫らしたメロディは部室でモーリスと顔を付き合わせた。

 掛ける言葉を探す彼に、子爵令嬢はがばっと頭を下げた。

「すみませんっ、あの、不敬罪は銃殺刑でしょうか、絞首刑でしょうか? 出来ればギロチン含む斬首刑は勘弁して欲しいのですが」

「まさか。元はと言えば先に暴力を振るったマティルダが悪い。君の発言をあげつらって罪に問うことなどしないよ」

 モーリスの穏やかな声に、メロディは気が抜ける思いがした。


「…はあ、まあ、私も配慮に欠ける言動をした覚えはありますし」

「それなんだけど、どうして猫の内臓なんか気にしたんだ?」

 言われて彼女は思い出した。

「それが、あれは異世界で実際に起きた事件に気味悪いほど似てるんです」

「そんなに猫殺しが流行ってたのか?」

「いえ、人間です。スラムの街娼を標的にした、歴史的に有名な未解決連続殺人事件なんです」

 モーリスは絶句し、子爵令嬢の青と茶色の虹彩を見つめた。



 翌日、休日を利用してメロディとモーリスはキャメロット警視庁のドッド警部を訪ねた。

 どうにか腫れが引いた彼女の顔を見て、モーリスは安心したように言った。

「よかった、跡が残ったらどうしようかと思ってたよ」

「ご心配おかけしました。昨日帰宅したら母が卒倒しかけて、事情説明したら父が卒倒しかけしまた」

「……大変だったな」

「王女殿下は落ち着かれましたか?」

「衆目の前での暴力沙汰だからな。さすがに国王陛下に謹慎を命ぜられたよ」


 当然の処分だが、メロディにとっては後味の悪い結果だ。大公の息子には他に気にかかることがあるようだった。

「あんなに闇雲に咎めるなんて、あの子には違うと聞こえるはずなのに」

 どういう意味かとメロディは彼を見上げたが、尋ねる前にドッド警部がやってきた。メロディの顔に薄く残るアザを見て、彼は顔をしかめた。

「学園で拳闘試合でもあったのかね?」

 顔を見合わせた二人は、彼の職場である文書庫に移動した。


「猫をねえ…」

 学園での事件を聞いた警部は半白頭を掻いた。

「同じ手段で街娼が被害に遭ったって事件は、まだないな」

 ほっとしながらも、メロディは気になっていたことを質問した。

「こんな事件は他にも起きてますか?」

「さすがに犬猫にまで手は回ってないね」

「そうですか…」

 残念そうな彼女にモーリスが小声で尋ねた。

「異世界で起きたのは人間が標的なんだろう?」


 頷いた後でメロディは説明した。

「生まれて初めてやった犯罪が持凶器殺人なんて方がまれですよ。普通は些細なことから始まるんです。虫を潰す、なんてのは大抵の子供がやりますが、それを小動物に発展させるのは極少数です」

「傷つける対象が小動物から人間に移っていくと言いたいのか?」

 ドッド警部の言葉に彼女は頷いた。

「自分の力がどこまで及ぶのか試したくなるんです。嫌いな奴をやっつける想像なら普通の人でもします。でも、ある種の者は人間を殺す快感という妄想から抜け出せなくなり、連続殺人に走るという研究を聞きました」

「そいつは精神の病気で?」

「広い意味での病気ですね。通院はせず一応生活できる。ただ、社会に不満があり何かのきっかけで一線を越えてしまうんです」


 文書庫に沈黙が落ちた。ドッド警部が唸るように言った。

「普通に暮らしてる奴が裏で殺しを続ける、しかも恨み物盗りじゃなくて頭の中の妄想じゃ、どうやって捕まえりゃいいんだ」

「そのための科学捜査なんですけど…、個有者(タラント)の捜査官って、異常者の犯罪には慣れてるんでしょうか」

「あの連中は強盗とか、怨恨の殺人とか、派手なのは担当するが動物や街娼なんぞには目もくれんだろう」

「犬猫娼婦は一緒くたなんですね」

 妙な感心をしながらメロディは考えた。


 ――動物保護団体なんてないだろうし、こんなのはどこに訊けばいいんだろ。

 すると、隣で聞き役に回っていたモーリスが口を開いた。

「犬なら定期的に品評会がある。その主催なら不穏な噂があれば知っているかも」

「でも、そんな人に知り合いは…」

 戸惑うメロディに、彼はさらりと答えた。

「うちにしょっちゅう招待状が来るから、それを使えばいい」

「そうか、王族でしたね」

 忘れていたと感心する子爵令嬢に、男性二人は笑った。



 その頃、キャメロット警視庁が誇る重大犯罪課のエースたちは、王宮に伺候していた。

「猫……ですか?」

 常に冷静なはずの課長ユージーン・ギャレットが困惑を隠せなかった。彼らを呼び出した侍従長が嘆かわしげに首を振った。

「そうだ。王女殿下がリーリオニア皇女から贈られた猫が殺された」

「それは気の毒ではありますが、何故我々が」

「国際問題に発展させるための陰謀の可能性があるからだ」

「猫で、ですか」

 納得しかねる様子のギャレット課長に、侍従長は疲れた声で答えた。

「王女殿下が大層嘆かれている。貴族子弟が多く通う学園での事件でもあるし、こちらとしては真剣に捜査したという実績が欲しい」


 つまり、猫殺害事件の捜査実績作りに使われるのかと重大犯罪課の捜査官たちは理解し、こっそりと視線を交わした。

 資料を受け取り警視庁に戻る彼らは、一様に苦々しい表情だった。入れ違いに警視庁から出ていく馬車を見て、白髪のラルフ・ディクソンが呟いた。

「あの紋章は…プランタジネット大公家か」

 彼の脳裏にダイクロイックアイの少女が浮かんだ。

「問題の学園の生徒だったな…」

 馬車を見送り、ディクソンは同僚らと共に課に戻った。

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