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16 噂の女の実物は有り難くない方に斜め上

ちょっと時間が空いてしまいました。これから頑張って取り戻したいです。

 スラムの廃屋倒壊現場は酷い有様だった。石や木の瓦礫がそこら中に散乱し、どこならともなく現れた近隣住民が資材をかすめ取っていく。

 護衛に囲まれたモーリスと一緒に来たメロディは、初めての現場臨場に興奮しきっていた。

「わあ、ここが倒壊場所なんですね。死体は出ました?」

 喜々として質問する子爵令嬢に、キャメロット警視庁の刑事たちは腰が引けていた。

「…いや、とにかく瓦礫をどけないと犠牲者がいたかどうかも……」

「ですよね。あーあ、こんなにあちこち踏み荒らされて。現場保存が初動捜査を左右するのに」


 足跡だらけの地面を見て彼女は嘆いた。資料倉庫にいたトービルは好奇心の塊のような少女に尋ねた。

「現場保存って?」

「まず、規制線を張って、部外者が立ち入らないようにするんです。あと、足跡が荒らされないように専用のマットがあればいいんですが、板でも置いとくしかないですかね」

 言いながら、メロディは瓦礫の周囲を歩き回った。野次馬が散々荒らしたおかげで足跡はめちゃくちゃになっている。

「ほとんど成人男性の靴ですね。それもかなりくたびれたのが……」


 呟いていた少女はある足跡の前で立ち止まった。しゃがみ込んでじっと観察するのに、モーリスが声をかけた。

「どうした? 何かあるのか?」

「靴です」

 大公の一人息子は返答に詰まった。メロディは一つの靴跡を指し示した。

「とても綺麗な靴底ですね。見たとこ傷一つ無い新品みたいですよ」

 そう言われてモーリスは頷いた。

「確かに……、他のと大違いだ」

「この地区で新品の靴なんか履いて出歩いたら、速攻でカツアゲされるでしょ」

 そう言うと、肩掛けバッグから彼女は定規を取り出した。足跡の隣に置いてサイズを計測する。

「6.5か7…ってとこですね」


 ノートに足跡をスケッチし、メロディはモーリスを振り仰いだ。

「部費でカメラを買えませんか?」

「そうだな、検討してみるよ」

 子爵令嬢はにっこりと笑った。これでよりCSIらしくなる。そして、証拠保管倉庫係を振り返った。

「倉庫に足跡の資料はないの?」

「さあ、見たことないですね」

 期待していなかった彼女は倉庫の番人トービルの回答にもめげることなく、現場を見回した。

「あの天賦(ギフト)持ちの人たちは来てないんですね」

「あいつらは重大犯罪課ですよ。スラムのゴタゴタなんか気にも留めませんよ」

「同じキャメロット市内の事件なのに」

 むっとするメロディに、彼は苦笑するだけだった。



 モーリスたちと別れて警視庁に戻ったトービルはカーター警部の下に報告に行った。

「どうだった? 初の現場は」

「あー、外が久しぶりすぎて迷いそうになりました」

「そうか。殿下とお嬢さんは相変わらずか」

「足跡を色々調べてましたよ。やたらと綺麗な靴の奴を見つけて、こんなのを履いてるのがあの界隈にいるはず無いとか」

「…そりゃ興味深いな」

 無精髭を撫でた警部は表情を変え、声を潜めた。つられてトービルも神妙になる。

「実は、あのお嬢さんのことをドッド警部が聞きつけたんだ」

「ドッド? ……って、あの保管庫の初代の主?」


 カーター警部は額を押さえた。

「ったく、ただでさえあれこれ事件を抱えてるってのに、あのジィさんまで出てきた日には……」

 彼の目が自分に向けられるのを見て、トービルは申請した。

「休暇ください」

「逃げるなよ」

「だって、嫌ですよ。あの警部にこき使われるなんて」

「まあ、ものは試しだ。意外とお嬢さんや殿下とウマが合うかもしれんぞ」

 警部に宥められても楽観論に縋る気になれないトービルは、ひたすら身の不運を嘆いていた。

 証拠保管庫の新米と別れ、ネイサン・カーターは刑事部のデスクに戻った。機嫌良さそうな警部に同僚が声をかけた。

「何かあったか?」

「そうだな、厄介ごとが片付きそうだ」

 楽しげにカーターは煙草に火を点けた。



 ロンディニウム学園で、メロディはこれまでと違った空気を感じ取っていた。王太子はいつも通り公爵令嬢と平民娘のコンバットゾーンど真ん中でヘラヘラしているが、それも心なしか気乗りしないように見える。

 彼女はこっそりとモーリスに尋ねた。

「何だか皆さん、ちょっとピリピリしてるように思えるのですが」

「鋭いな」

 大公家の後継者は説明してくれた。

「マティルダが留学から戻ってくるんだ」

「……え? 王女殿下が?」

「恐怖政治の始まりだよ」

「それで、王太子殿下も女遊びに身が入ってないんですね」

 納得したようにメロディは言った。


 ――確かマティルダ殿下は一学年下で、それも入学してすぐにリーリオニアに留学されたからほとんど見かけなかったような。

 王太子と同じく華やかな金髪碧眼の美少女だが、宮殿の暴君と呼ばれている姫君だ。学園長も胃が痛いだろうなとメロディは同情した。

「でも、それなら王太子殿下も少しは性根を入れ替えてもらえるかも」

「マティルダの場合、入れ替え方が問題なんだよ」

「実力行使ですか? 陰謀系ですか? もしかして跪かせて靴を舐めさせるとか」

「どんな趣味だ。あの子は心を折りに来るんだよ。それも全力で」

「わー」


 精神攻撃かとメロディは理解した。黙っていれば、それこそリーリオニア特産の磁器人形のようなのにと残念に思う。

「特定の趣味嗜好の人にはご褒美なんでしょうけど、青少年のトラウマにならないですかね」

「伯父上たちも常々注意はしているが、何しろ王太后陛下があの子に肩入れしているからな…」

 王太后エレノアの厳格そうな顔をメロディは思い出した。

 ――姑がイビリ上等なんて、王妃様も苦労されたんだろうな。

 かなり不敬罪よりの感想を抱き、彼女は言い争うジョセフィンとメアリ・アンを見た。小休止状態の二人に声をかけてみる。


「お二方とも今日はキレが悪いようですけど、やっぱり王女殿下のことがご心配ですか?」

「……ええ、まあ…」

「そんなことないです、本物のお姫様とお友達になれるんですから!」

 メアリ・アンは威勢がいいものの、どこか強がっているように見えた。何より王太子が上の空だ。

「殿下は王女殿下と仲がよろしいのですか?」

 直球の質問を投げかけると、彼は人生を三十五%ほど諦めたような顔を向けた。

「……ああ、それは兄妹だし。色々と…」

「問題あるんですね」

「あなたはね、あの方の目の敵にされたことがないから呑気にしていられるのよ」


 気の強さでは引けを取らないはずのジョセフィンが恐々としている。

「いいこと、決してあの方に逆らわないようにね。あなたもよ、フィリップスさん」

「あたしは、お友達になりたいだけなのに、ひどいっ」

 目を潤ませる彼女にジョセフィンは真剣そのものの顔をした。

「あの方は王侯貴族第一主義で、生意気な平民がお嫌いなのよ。王太后陛下の薫陶のせいでね」

「それにね、マティルダは人の言葉に耳を貸さないんだよ……」

 ジュリアスが遠い目をして語った。

「フィリップスさんよりもですか?」

「ひどいっ、あたしはちゃんと聞くもんっ」


 メアリ・アンが抗議するのをよそに、メロディは考え込んだ。

 ――うーん、でも学年も違うし、教室外で見かけても刺激しないようにその場を去ればいいか。出来れば鈴か何か着けて居場所を明確にしてくれると楽なんだけど…。

 ほとんど熊よけの思考で彼女はこれからの日々対策をした。

「それにしても反動的というか時代錯誤な主義ですね。今は戦争するにも議会の承認が必要な時代なのに」

「そんなことが出来たのは、せいぜい月から竜が降りてきた頃までだろう」

 モーリスが古い伝承を口にした。大国の新たな王が即位する時、祝福のために竜が月から降臨するという神話だ。西方大陸に広く伝わる話で、特にザハリアスなど北方の国々に根強く語り継がれている。

「月からの竜が北の国々に信じられているのは、翼竜が生息しているからでしょうか」

 メロディの仮説に、モーリスは頷いた。

「かもしれないな。伝説に似た生き物に触れる機会があれば、身近に感じても不思議じゃない」

「ザハリアスのは小型ですけど、南方大陸とポラリス半島には大型がいるんですよね」

 呑気に翼竜談義をするメロディには知るよしもなかった。

 この後、一応平和だった学園に激震が走ることに。

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