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11 犬とお巡りさん

 キャメロットフェスティバルが終わっても、ロンディニウム学園の生徒たちは興奮状態が続いていた。

 ローディン最大の新聞『キャメロット・タイムズ』がライトル伯爵子息の誘拐事件解決を一面に載せ、警視庁と王太子の活躍を称えたためだった。


 CSI部の部室で、ノーマとジャスパーはどうも納得がいかない顔で新聞を置いた。

「ねえ、どうして殿下があの指紋を見つけ出して照合したように書かれてるの?」

 ぼそりとしたノーマの声は低かった。メロディは必死で友人を宥めた。

「ほら、やっぱり殿下がいらっしゃると自然に人目を引くし、それに殿下も協力したのには違いないでしょ」

「そうだけど、一番頑張ったのはどう見たってメロディなのに」

 納得いかない様子の友人の肩を抱き、メロディは笑った。

「ノーマがそう言ってくれるなら、新聞の記事なんか気にならないわよ」

「でもさ、あの時は殿下だけじゃなくてモーリス様も一緒だったのに、全然触れられてないよな」


 不思議そうにジャスパーが言うと、答えは本人が与えてくれた。

「別に構わないよ」

 モーリス・プランタジネットが部室に入ってきた。慌てる後輩に気にするなと片手を上げる。

「ジュリアスに対抗するつもりはないし、下手に持ち上げられると王太子への対抗勢力みたいな輩につきまとわれるからな」

「色々と勘ぐられるんですね」

 メロディが同情的に頷き、ノーマとジャスパーは顔を見合わせた。

「でも、それって殿下がもうちょっと、ね…」

「うん、何というか…」

 溜め息まじりにモーリスが言った。

「決して愚かでも頭が悪い訳でもないのに、つけ込まれやすいからなあ」

「脇が甘いんですね」

 丸眼鏡の子爵令嬢の見解は身も蓋も無かった。


 部室の窓から見える中庭では、今日も今日とて公爵令嬢ジョセフィンと銀行家の娘メアリ・アンが王太子を巡って火花を散らしている。

 憂鬱そうにモーリスが呟いた。

「ジョセフィンは浮気相手が王太子派の大貴族の令嬢ならさっさとお役目交替してやると息巻いてるが」

「フィリップスさんは富豪のお嬢さんですが、金融業は上流社会での受けが悪いですからね」

 メロディが言うと、彼は窓枠に手をついて唸った。

「ジュリアスの奴、これがマティルダの耳に入ったらどうなっても知らんぞ」

 モーリスが口にしたのは王太子の妹の名だった。

「王女殿下はリーリオニアに留学中ですよね。フィリップスさんのことをお嫌いなのですか」

「平民の、特に新興中産階級が気に入らないんだ。貴族社会を食い荒らす害獣も同然だと言い張っている。あれは王太后様の影響だな」


 今もなお守旧派の頂点にいる王太后は、国王でもおろそかに扱えない相手だ。その彼女が寵愛する孫娘が筋金入りの貴族派になるのは必然的だった。

「モーリス様にとってもお祖母様なのでしょう?」

「僕はあの方の眼中にないよ。父が愛想を尽かされていたし」

 あの地味で存在感が希薄な大公が何をしたのだろうとメロディは首をかしげた。モーリスは頭が痛そうだった。

「母のアグロセン的な考え方と相容れないんだ。父との結婚を散々反対されたのに、母はお構いなく距離を縮めようとするし」

 おそらく世にも情熱的な縮め方なのだろう。そう適当に考えていると、モーリスが彼女にあることを伝えた。

「カーター警部がフェスティバルのお礼がしたいと言っていた。また近いうちにキャメロット警視庁に来て欲しいそうだ」

 それにはメロディも異存なかった。



 翌日の放課後、並んで大公家の馬車まで歩く二人は他愛ない会話をしていた。

「それで、あの時はポジティブ・マッチってこんな気分なんだと実感できました」

「そうか…」

 丸眼鏡の少女をまじまじと見る大公の息子は、怪訝そうな目を向けられて苦笑いをした。

「すまない、異世界の記憶があるというのがどんな気分なのか想像付かなくて」

「別に、特別なことはないですよ。物心ついた時からぼんやりと別の世界のことを考えてましたから。成長するにつれて鮮明になっていった感じですね」

「聞く限りだと、警察関係のドラマの記憶ばかりのようだが」

「関連した物も調べていたようですよ。暇だったのかな」


 気に掛ける風もなくメロディは笑った。

「そうだ、その世界の家族の記憶もあるんです。お母さんはヤスコ、お父さんはノボル、お姉ちゃんはマイ」

 不思議な語感の名前にモーリスは興味を持った。

「で、君は?」

「それが、自分のことはさっぱり。何でしょうね、ドラマの登場人物はこれでもかと覚えてるのに」

「家族同様に好きなものだからだろ」

「はい!」

 力強い返事に、モーリスもつられて笑っていた。



 キャメロット警視庁では、二人は既に受付にも顔を知られていた。

「大公子殿下、カズンズ嬢、カーター警部があちらでお待ちです」

 ロビーの片隅で、彼らは意外なものを見ることになった。

「どうしたんです、警部」

「警視庁の番犬ですか?」


 警部が手を焼いているのは垂れ耳の小型犬だった。茶色の斑模様が愛嬌のある表情を作っているが、犬は敵意も露わに歯をむき出して警官を威嚇していた。

「ああ、殿下、お嬢さん。こいつは家宅捜索の土産でね」

 面食らう二人にカーター警部は頭を掻いた。

「例のライトル伯爵のご子息誘拐事件で、ガズデン通りのジャック少年の親を参考人として出頭要請するつもりが、家はもぬけの殻で」

「逃走したんですか?」

「よほどここに来たくなかったらしい。この犬だけが残されてたんだが、反抗的で手に負えない」


 吠え立てる犬は小型でも危険だ。おっかなびっくりのメロディだったが、犬は彼女を向くと様子を変えた。しきりに臭いを嗅いでは寂しそうに周囲を見回している。

「あ、もしかしてあの子としばらく一緒にいたのが分かるの?」

 メロディはしゃがみ込み、哀しげな小型犬に話しかけた。

「いい子ね、それに賢いわ。鼻も良さそうだし訓練すれば臭気追跡くらい出来るかも」

「何の話だ?」


 モーリスが並んでしゃがんだ体勢で尋ねた。

「警察犬ですよ。犬を使って犯人を追跡するんです」

「犬を? …まあ、軍用犬の転用みたいなものか」

「ですね。もっと大型の犬を使いますけど、この子は見込みありますよ」

 そして、彼女はあることを思いついた。

「ライトル伯爵家にこの子を連れて行っていいでしょうか。ジャスティン様の犬なら会わせてあげたいです」

「そうだな、うちから打診しておこう」

「ありがとうございます。良かったね、ジャスティン…じゃない、ジャックに会えるよ」

 その名に犬は反応し、ぴんと尾を伸ばして吠えた。メロディは犬に言い聞かせた。

「その前に綺麗にしないと伯爵家に入れてもらえないから。ジャックは貴族の生活に馴染むのに苦労してるかもね」

 彼女の言葉は話題の少年の現状を言い当てていた。



 ライトル伯爵のタウンハウスでは、使用人が血相を変えて伯爵家の継嗣を探していた。

「ジャスティン様」

「どこですか、坊ちゃま」

 階段下の物入れの中で身を潜ませ、ジャックはため息を漏らしていた。

「……ったく、勘弁してくれよ」


 全てはあのフェスティバルからだ。スラムのスリの少年がいきなり誘拐された貴族の子息だと判明し、ボロアパートからお屋敷に連れてこられたのだ。

 見たこともない立派な紳士と綺麗な貴婦人が本当の両親だと言われても、少年は混乱するだけだった。

 屋敷の中は何もかも高そうな物ばかりで触れるのもためらわれる。しかも別世界のルールでがんじがらめだ。規則規則規則、マナーマナーマナーで少年の頭は飽和状態だった。


 頭を振り、ジャックは諦めた。

「無理。つーか、ぜってー無理! ……帰ろう」

 自分はスラム以外で生きていけないのだと溜め息をつき、彼はごそごそと物入れから這い出した。そこに、小さな足音がした。

「…お兄様?」

 薔薇色のドレスの幼女が不思議そうにジャックを見つめた。

「……エディス…」

 彼が誘拐された時は生まれていなかった妹だ。

 ライトル伯爵家の兄妹は廊下の隅で鉢合わせることとなった。


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