空耳三兄弟
タイトルでネタバレです
「取り敢えず座って。寝台の上から落っこちちゃうよ?」
酔っぱらい疑惑のあるフリデミングを、何とかソファに座らせた。フリデミングはどこか恍惚としたような表情のまま、私ににじり寄った。
マジで酔ってんのか?
「クリシュエラ殿下はいつも窓際に座って月を見てたでしょう?月の光を浴びてクリシュエラ殿下の、透けるような透明な肌が輝いて月の女神のようでした!」
それは…無い。目の錯覚だ。
不健康に顔色が悪かっただけだと思うけど?夜着ばかり着ていたのはただ単に臥せっている時が多かったから、仕方なくよ?私だってバーーンと胸がボロンしそうなドレス着てみたかったよ…肩を冷やすとすぐ風邪を引いてしまうし、ボロンを支えてくれる肉が私の胸に全くついていなかったから、そんなドレスを着れなかっただけ…だよ?
「あ…あの時は、常に体を壊していたし、たまに起きてもすぐに疲れていたしね。唯一の楽しみが月光浴だったもん。ああそうだ、あの当時は我が儘ばかり言ってごめんね。まだ子供だったし、体の不調の苛立ちをあなたにぶつけていたわ…」
「クリ……!」
またフリデミングが泣き出したぁ!?どうしたのよ?
「クリ…シュエッ…ラ殿下が亡くなられた時に…俺がっ、ひっ…くっ、湖に連れて行ったから…肺炎にっ…ごめん、うぅ」
あ……そういえばそうだったっけ?でもアレも私が我が儘言って無理矢理、外出したせいだし?
「でも、外出したいって私が言ったんだし…」
「湖の周りは冷えるんだ!俺がもっと殿下の体調に気を付けていれば肺炎なんて…」
そうか…肺炎で寝込んでいた私の枕元でライゼウバーグがあんなに号泣していたのはこれが原因か。
「それに…俺、あなたに黙っていたことがあるんだ。枕元でクリシュエラ殿下が言っていた言葉あったよね。あの時、俺の耳には『ライゼウバーグ、迷惑かけてごめんね』って言っているように聞こえたんだ。」
「何だって⁉」
何故ライゼウバークの馬鹿ちんに謝らねばならんのよ!空耳するにもほどがある!
んん?待てよ?だったら来世で巡り逢いたいは、どこから来たんだい?
「じゃあさ~巡り逢いたいとかの、あの台詞は誰が言ったの?」
フリデミングは目線を彷徨わせた後、申し訳なさそうな顔を私に向けた。
「最初、俺はクリシュエラ殿下が俺に謝られてから亡くなったと思って、護衛なのに不用心に湖に連れて行ってしまったことで、申し訳なくて情けなくて悔しくて…泣いてたんだ」
うんうん、死ぬ最後の瞬間までお前は号泣していたよね。
「泣いている俺と一緒にクリシュエラ殿下の側におられた、国王陛下と宰相閣下と辺境伯…え~と、ようするにオッサン達の誰かは忘れたけど、急に『おいっ!今、クリシュエラが来世で巡り逢いたい。とライゼウバークに向かって言ってなかったか⁉』と言い出したんだ」
「そっ…空耳はオッサンが発生源なのかぁぁぁ⁉」
空耳しそうな前前世のうちのお父様の国王陛下を筆頭に重鎮、またの名を耄碌ジジイ達の老いぼれた聴覚がとんでもない空耳誤爆を引き起こしたことだけは分かる。
空耳しそうな粗忽者の集まりだよ!その面子はよ。
「オッサン達が騒ぎ出して、俺は殿下の謝罪に聞こえたんですけど…って一応言ったんだけど、聞き入れてもらえなくて。そうこうしているうちに俺もクリシュエラ殿下の最後の言葉の聞き取りに自信が無くなってきて、俺が聞き間違えてたのかな?とか思うようになってしまったんだ」
ああ、ジジイ達の『巡り逢いたい☆彡祭』になってしまってライゼウバークそっちのけで、不謹慎にもはしゃいでいる姿が目に浮かぶようだ…ちょっと言っておこうかな?私ぃ~死にたてほやほやなんで、枕元ではもう少し静かにしてもらえますぅ?
私が当時死んでからのことを憶えていたら、これくらいは言ってやりたい気分だ。
まさに空耳に次ぐ、更なる空耳で、余計に空耳祭が加速してしまった悲劇が起こったのだ。
「それは長い転生人生を跨いで謝罪しておくわね、空耳の犯人は今では特定出来ないけれど、空耳犯は父親と宰相閣下と辺境伯という三兄弟がやらかした可能性が高いもの」
「空耳三兄弟か…」
「上手いこと言うわね!」
何となくフリデミングと見詰め合って笑いがおきた。そうそうフリデミングとはギクシャクしたくない。こんな風に小気味いい言葉の返しをして、笑ったりしていたい。
暫く、2人で軽食を摘みながらフリデミングと護衛と王女の頃の過去の話で盛り上がった。
そしてひとしきり話し終わってから、話の流れが私が亡くなった後の話題になった時にフリデミングは溜め息をついた。
「クリシュエラ殿下が亡くなった後に、別方向の事件に巻き込まれてさ…」
「おや?どうしたの?」
フリデミングはサンドイッチを口に入れて食べてから深い息を吐いた。疲れたオジサマみたいだね?
「手紙にも書いたと思うけど、その空耳三兄弟?とか周りが俺をクリシュエラ殿下の恋人扱いし始めたのは、別にいいんだ。若いのに恋人も居なくて、恋愛経験ゼロの悲しき処女でポックリ逝っちゃったクリシュエラ殿下の為に、俺が慎んで恋人役を引き受けようという使命感に溢れていたし」
「ちょおおいぃぃぃ⁉さり気なくクリシュエラを下げに下げた上に、私の乙女の純潔を辱めるのか⁉処女は余計だ!」
「事実だろう、え?……まさか違うの?相手は誰?」
いや…あの、なんでしょうか?過去の私の話だよね?何故フリデミング殿下御年7才がオラつく必要性があるのかな?
「ち…違わない、けど?」
フリデミングは目を細めて私を見下ろした。だからっ寝台の上に乗るな!
「…だと思ったよ。驚かすなよ」
あんたが勝手に驚いてんじゃないか!私が処女であんたに迷惑かけたか?いちいちそれを再確認する必要性をまっっったく感じないような気がするんですけど?あんたのせいで過去の私も辱められて、尚且つ乙女の魂までゴリゴリとヤスリで擦り下ろされた気がするわ!
「…ねえ?ついでに聞くけど、ルベリナ=クレガレンの時は…どうだったの?」
ど…どうしてそれを聞くのかな?
「フリデミングには関係ないでしょう?」
フリデミングはジト目で私を見ている。7才児なのでジト目でも可愛いな~と思ってしまう私。
「じゃあ、ジョフィアード=ナイム=スクリウペクトとして聞くけど…誰かとしたの?」
私は思いっきり息を吸い込んでから廊下に向けて叫んだ。
「フーレイさぁぁぁあんんん!フリデミングが酔っぱらって破廉恥なことを言ってますぅぅぅ!」
「なっ…⁉」
私が叫んだとほぼ同時に扉が激しく開けられて、侍従のフーレイさんと爆乳乳母のタフネさんが室内に飛び込んで来た。
「殿下っ!」
「お酒ですって⁉」
爆乳乳母はフリデミングから陶器の杯をひったくって中身を確認している。
「お酒の匂いはしませんけど…」
「え~でもまだ7才なのに破廉恥なことを沢山言ってましたよ?」
嘘でも誇張でもない。全て真実だ。
「まあぁ…殿下!」
「嘆かわしいです、そろそろ興味が出てくる年頃とはいえ」
フーレイさんが眉間に皺を寄せてフリデミングを睨んでいる。え~と、不敬ではないかな?
フリデミングはエロに関しては生まれた時からあるんじゃないですかねぇ?なんて言ってもこの城で一番の最高齢のジジイらしいですから。
「どっ⁉どこが破廉恥なことなんだよ!」
「存在全てが」
フリデミングを真顔で見てやると、フリデミングは真っ赤になっていた。心当たりがあるらしい。そんな表情のフリデミングを見て、フーレイさんは私を客間に連れて行ってくれて
「本日は殿下の我儘にお付き合い下さいまして、ありがとうございました」
と笑顔で言った。そして急に真顔になると、鍵をしっかりかけて眠るように指示されて退室された。王城で何を警戒されてるのかな?
身支度を整えて寝台に横になってから思い出した。そう言えばさっき話の途中で有耶無耶になったけど、私が亡くなった後に起こった別方向の事件って何だったんだろう?
もしかしてまたマベリュカナお姉様絡みかな?今度はライゼウバークが真っ裸で入浴中に浴場にでも乱入されたのかな?
ありそうだ…
翌朝のお城の客間での目覚めは最高に良い気分だった。
優雅に美味しい朝食を頂いていると、ムスッとした表情の機嫌の悪そうなフリデミングが食堂にやって来た。
「昨日は話の途中だった!」
「おはようございます、そうでしたか?」
「…おはよう」
ちゃんと挨拶は返してくれる、お育ちの良いフリデミング殿下。まあ死後の事件とやらは私も気になっているしね。
「マベ…お姉様に湯浴み中に乱入でもされましたか?」
「お前なぁ、朝から破廉恥なことを言うなよ」
お前が言うな!
朝食を頂いて、食後の果物を食べながら話の続きをすることにした。但し、膝を突き合わせてコソコソ話をしている風を装っている。
一見すると仲睦まじい姿なので、侍従のフーレイさんも爆乳乳母のタフネさんも、温かい微笑みで見詰めてくれている。
「あの陰険女、クリシュエラ殿下が亡くなる少し前に南の小国に嫁いでいただろう?」
朝からマベリュカナお姉様下げに余念がないね、フリデミング殿下。
「クリシュエラ殿下の葬儀に参列する為に帰国してたんだけど、俺がクリシュエラ殿下の巡り逢いたい恋人だと盛り上がっているのを聞きつけて…嫌がらせをしてきたんだ」
「うわぁ…お嫁に行っても性格はひん曲がったままだったのね」
「葬儀の最中に号泣しながら『クリシュエラ許して~あなたの恋人のライゼウバークと私は愛し合っていたのよ~あなたを裏切ってごめんなさい~』と言い出した。」
「あ…呆れたぁ、それでどうなったの?」
「葬儀の前から、クリシュエラ殿下との事で振り回されていて、正直俺も疲れてた所にソレを言われて、思わずカッときて怒鳴ってしまったんだ」
「あらぁ…」
「クリシュエラ殿下を愚弄するのをいい加減にやめろ、彼女はあなたの暴言や執拗な苛めにずっと耐えていたんだ、死して尚、いたぶるのは俺が許さない!…もう疲れてて不敬かなとか、処罰されるかな、とかどうでもよかったんだ」
「言っちゃったわね…でもありがとう。死んでからも庇ってくれて」
フリデミング殿下は苦笑いをしながら首を横に振った。
「俺自身が限界だった、それだけ。でもさ、あの馬鹿王女は忘れていたんだよ。自分がどれほど周りから嫌われていたのかを」
「どういうこと?」
「我が儘放題で皆から嫌われていたのを知らなかったのか、それとも王女殿下だから大丈夫だと思い込んでいたのか…周りは無言で見ていたよ。あの女は怒鳴った俺に逆ギレして号泣していたが、周りの雰囲気がおかしいことに気が付いたのか、周りに向かって『私を怒鳴るなんて酷い!誰かこやつを捕まえろ』って俺を指差しながらクソ不細工な顔で叫んだんだ。そうしたら近衛騎士団の団長が『クリシュエラ殿下の御前で嘆かわしい』と吐き捨てたのを皮切りに、皆から非難の声が上がって国王陛下の命令で連れて行かれて、すぐに嫁ぎ先に送り返されていた」
文章間に一言入れて、マベリュカナお姉様を下げないと気が済まないらしいフリデミング。しかしマベリュカナお姉様、流石にそれは酷いわ…まだ貧乳と言われた方が自虐笑いに変えられるから平気だけど、葬儀でそれは無い。
「やってくれたわねぇ」
「本当にやってくれたよ…葬儀は台無し。俺は取り敢えず謹慎処分を受けた。だけど清々したし問題ない」
「あなたがお姉様を毛嫌いしている理由やっと分かったわ~」
「だろ~?」
その後マベリュカナお姉様はどうなったんだろう?お姉様の話題に触れると空耳が怒るから聞きにくいけど、今度聞いてみようかな?




