話し合い
フリデミングは泣き虫です
とんでもない事実が発覚した。若干7才にして婚約者がいることが発覚した。
相手は空耳馬鹿のフリデミングだということだ。客観的に見れば第四王子殿下で見目も良い。性格はややひねくれてはいるが、真面目で頭もよい。非の打ち所がない良縁だと思う。
中身が空耳馬鹿じゃなければ、だ。大事な事なので何度でも言おう。
相手があの空耳しやがった元護衛の、死んでからも勝手に暴走した元馬鹿殿下だということだ。
「フリデミングは知らなかったの?」
「……うん」
何だその長い溜めは?
不貞腐れたように、口を尖らせて俯いているフリデミング殿下。まあ、気持ちは分かる。その気も無いのに婚約者にされてしまって困ってるんだよね?
「フリデミング、ごめんね。私から破棄したいって言い出したら、お父様が仰天して心労でハゲが進んでしまう危険性があるから、あなたから申しつけておいてくれる?」
俯いたフリデミングの顔を覗き込むと、フリデミングは驚愕の表情を浮かべている。
「は…破棄ぃ⁉」
一瞬、ハゲと聞こえてしまった。私も空耳ってしまった。それにしても声がひっくり返っているけど、どうしたの?
すると部屋の隅に控えていた侍従のフーレイさんと爆乳乳母のタフネさんが、私達の側に来た。けっ喧嘩じゃないよ⁉
「だっ、だって私と婚約なんて嫌でしょう?好きじゃないって前言ってたもんね?」
私もつられてしまって声が裏返ってしまった。
フーレイさんとタフネさんが小さく息を飲んだのが聞こえた。
フリデミングは、目を見開き私を凝視している。何でそんな怖い顔でこっち見るのよ。
「あのね、多分そんなに時間かからずに、破棄出来ると思うのよ?だって私がフリデミングの事を好きだとフリデミングが誤解をしていて、フリデミングから俺はお前に気が無いって言われたって、王太后様と私のお母様にお伝えしているから…」
「なっ!何でそんな余計なこと言うんだよ!」
「よ…⁉余計なことってお2人に聞かれたんだもん!だからあなたが前に言った言葉をそのまま伝え…」
「…っ!」
フリデミングが泣いていた。これは…私が泣かしちゃったのか?イヤ、泣きたいのはこっちの方だよ!告白もしていない相手(空耳)から、お前とは無いわ~とお断りをされたのは私の方だよ?
「…っひぅ…っ」
泣き止まないフリデミング…どうしよう?オロオロしてしまってタフネさんの方を見た。タフネさんも困り顔をしていたが、フリデミングの背中に手を置いた。
「殿下…泣いていてはハラシュリア様が困ってしまいますよ?お言葉を、何か思い違いの事がおありなんでしょう?誤解をされたままではハラシュリア様が益々困ってしまいますよ?」
顔をやっとあげると泣き濡れた顔で私を見ているフリデミング。フリデミングは私の手を掴んで引き寄せた。手が震えてる…
「ご、ごめん…ごめんなさい…」
「あ、謝るのはこちらの方で…」
フリデミングがそのまま私に抱き付いて来て、また声を上げて泣き出した。私のドレスの肩口が涙と涎と鼻水でどえらいことになってます。フリデミングは私の耳元で囁いた。
「ごめん…あんな手紙遺して嫌がらせしてごめん…」
ああ…あの呪いの手紙のことか、あの手紙自体での痛手は無かったけど、遺産は無いわ~と思ったわ。私もフリデミングの耳元へ囁き返した。
「身に覚えの無いことで…正直困りました」
「ごめ…ごめん」
私はフリデミングの背中を擦った。まだ小さい子供の背中だ、丸みがあってまだまだ子供だ。
「私の方こそ、自分がしんどいからって余計な一言残しちゃってごめんなさい。私ね、羨ましかったの…あなたは元気だし、女性にもモテて人生を楽しんでいるし…羨ましかったし、腹が立って妬ましかった」
フリデミングは驚いたのか体を離した。
「ね?だから私、あなたに嫉妬してばかりなの。あなたはこんな面倒な女から解放されなきゃダメなの?だから…破棄して」
何とか笑顔でそう言ったのに、フリデミングはまた声を上げて泣き出してしまった。この泣き方…ライゼウバークの時と一緒だわ…どうしたの?どうしたっていうの?
オロオロする私の背中を、侍従のフーレイさんが優しく擦ってくれている。顔を上げてフーレイさんを見ると、フーレイさんも少し涙ぐんでおられた。
「ハラシュリア様、私はよく事情は分かりませんが今…殿下を突き放さないで下さい。殿下はなかなか素直に気持ちを伝えることの出来ない方ではありますが、ハラシュリア様と良き関係で有られるのは私達側使えの者達、皆が存じております。あなた方はまだお若い。気持ちが添わないからと決めつけないで、ゆっくりと時間をかけてお互いに歩み寄れるように出来ませんか?時間は充分にあります。そんなに早く決断してしまわないで下さい」
フーレイさんの言葉はズシンと心に響いた。
私はフリデミングを過去の彼らと重ね合わせて、添えないと判断を下していた…気持ちをまっさらにして考えてみると、確かに公爵家の令嬢である私と第四王子殿下の婚姻。政略結婚だということだろう。だけど、私達はお互いをよく知っている、知り過ぎているぐらいに知っている。
今、この時代に生まれた子供として、フリデミングを改めて見詰め直してみようか?
「ハ…シュ…!」
声を上げて泣きながら、またフリデミングに抱き付かれた。がっつりしっかりと抱き付かれている。
「その言葉…嫌だ、言わないで」
あ…そうか、私が死に際で言った言葉だった。今生の別れの言葉っぽく聞こえたんだろうか。そうか、ライゼウバーグは私の死んじゃった瞬間見てたんだよね。それ言うなら私も王子殿下の死に顔見てますけど?
しかしフリデミングは何故こんなにボロボロになっているんだろう。
私はフリデミングの背中を擦りながらフリデミングに声をかけた。
「もう大丈夫だから…話をしよう、いいね?」
フリデミングは私に抱き付きながら、頷いているようだ。但し体は離してくれない。
「今晩は、城に泊まられますか?」
何といつまでも引っ付いているフリデミングを見かねて、侍従のフーレイさんがお泊りを促してきた。
まあ…人のいないとこで、もう少しツッコんで話しておきたいし。
「はい、コーヒルラント公爵にお伝え願いますか?」
「はい、承知致しました」
タフネさんがフリデミングの背中を撫でながら私の背中も撫でてくれる。
「今日は甘えん坊さんですね」
タフネさんはそう言って笑ってくれた。私も少し微笑みを浮かべて、フリデミングの頭をポンポンと軽く叩いた。
「今日はとことん語り合おうじゃないか!」
という訳で城でお泊りである。豪華な浴場で湯浴みさせてもらい、うっとりするような良い香りの香油を体に塗りたくってもらい、フリデミングの寝所に案内された。
当たり前だけれど、まだ7才児同士だ。寝所に案内されるからと言って破廉恥な何かが起こる訳でない…多分。
寝所の寝台の横のミニテーブルの上にはクッキーやら、軽食が置かれていた。
「夜…摘まんでもいいんだって。今日は特別だって…」
そう、はにかみながら説明をしてくれるフリデミング。はにかむな!モジモジするな!顔を赤くするな!
今日は調子狂っちゃうな~
本当ならお酒をグイグイ頂きたいところだけど、果実水をクイィと飲んだ。
「そう言えばお酒飲めるの?」
フリデミングに聞かれて首を捻る。
「分からないけど、あまり強くはないんじゃないかな?過去の記憶のせいでお酒を飲んで美味しいと感じられないかもね」
「過去の記憶?」
そう言えば…アレはライゼウバークが護衛についてくれる前か。
「う~ん…マベリュカナおねえ」
「っ!その名を口にするな!」
えぇ?またマベリュカナお姉様に対する拒絶反応が…でも話が進まないし…
「え~と、お姉様と一緒に夜会に出た時に、お姉様のお友達の男爵子息や伯爵子息に囲まれてしまってキツイお酒を無理矢理飲まされたの…」
「なっ⁉あの腹黒ブスめっ!」
可愛らしい顔のフリデミングからまた罵り言葉が出てきたわ…今日こそマベリュカナお姉様と何があったのか聞かせてもらいたい。
「クリシュエラ殿下は大丈夫だったのですか⁉その男達に如何わしいことを⁉」
興奮して口調がおかしくなっているフリデミングの言葉に首を捻る。
クリシュエラ殿下は?如何わしいこと?
「ああ、うん。私はお酒を飲まされて吐いて醜態を晒しただけなの。でも私、元々体弱いでしょう?強いお酒を飲み過ぎて胃を荒らしてしまって、暫くお腹が痛くて寝込んでしまったの。そこからお酒が好きじゃないわ…」
「そうか、無事で良かった…」
「ねえ?ライゼウバーク、あなた…お姉様に何をされたの?」
フリデミングは顔を手で覆った。まさか…如何わしいこと?
「何か薬のような物を飲まされて、朝起きたらあのブスと裸で寝台の上にいた…」
「やだぁ!」
思わず叫び声を上げてしまったので、部屋の扉の向こうから侍従のフーレイさんの声が聞こえる。
「喧嘩ですか?今日はいけませんよ?落ち着いて下さい!」
「だっ大丈夫だ!」
やけくそ気味にフリデミングが廊下に声をかけている。ああ…当時を思い出しているのかフリデミングの顔色が悪い。
「俺は何も覚えてなくて…責任を取れ、降嫁するから受け入れろ、と言い寄られたんだが…」
「…嘘でしょう?」
「本当。国王陛下がマ…殿下は他国の王族に嫁ぐことが決まっているので、降嫁は無理だと言った。俺が薬を飲まされていたということも信用してくれた。実は他にも同じ手を使って、見目の良い子息の寝所に忍び込んでいたらしい。他国に嫁ぎたくなかったらしい」
ああ…あのお姉様ならやりかねない。悪知恵だけは働くんだから…
「ライゼウバークごめんね…迷惑かけて」
「クリシュエラ殿下は何も悪くないだろう?あの鬼畜ブスが悪いんだ」
段々マベリュカナお姉様の例えが酷くなっている気がする…
「元々あの、性格も見目も悪い女の護衛担当をしていたが、その事件からクリシュエラ殿下付の護衛に配置替えになったんだ」
「成程ね、そんなことがあったのね。私、体の事もあって夜会にも滅多に出れなかったし、お姉様の悪行も私自身に対する貧乳とか痩せて不細工だと言う暴言だけだと認識していたのだけど、周りの皆さんにそんな破廉恥なご迷惑をおかけしていたのね…私がもっと王女殿下の仕事が出来ていれば、ごめんね」
フリデミングは寝台の上に立ち上がった。あ、危ないよ⁉
「クリシュエラ殿下が謝罪する必要は無い!それに…夜着のまましどけなく窓辺で月を眺めているクリシュエラ殿下はあの鬼畜ブスの1000万倍は綺麗で儚げだった!」
…ん?
どうした?
思わずフリデミングが手に持っている陶器の杯を見てしまった。杯の中身は私と同じ果実水よね?まさかお酒を飲んで酔っ払ってるの?
フリデミング(前前世)でのアレコレがやっと明かされます。意外性は無いです。空耳は空耳のままです(笑)