欲深き4才児
「珍しい東方の菓子が手に入ったけど、食べるか?」
そんな手紙を魔法鳥を使って知らせてきた空耳馬鹿殿下。ふーーん菓子か、食してやらんことも無いけど?…と浮かれ気分で父と一緒に登城した私。
「ハラシュリア!」
王城の廊下で待ち伏せしていたのが如く、こちらにゆったりと近付いて来るフリデミング殿下。これまた腹立つことに今世でも奴の外見は綺麗な坊ちゃんなんだよね。
「ハゲチマエハゲチマエハゲチマエ…」
「何をブツブツ言っているんだ?」
「ううん?何でも~それはそうと、もうオムツは取れたの?」
フリデミング殿下はまた顔を赤くして仰け反った。思わず近くに乳母がいないか確認してしまった。私達の周りには殿下が称していた、ポッチャリハゲの私の父コーヒルラント公爵と侍従のバルト。そしてフリデミング殿下のお付きの侍従とメイドの女子…今日は逃げ込める爆乳乳母がいないね。
「こんな人前で言うなよぉぉ…俺を誰だと思ってる!すでに一人で用を足せる一人前の男だ!」
「何、自慢よ~4才なら普通でしょう?」
「そっちこそっどうなんだよ!」
「あ~ら?オホホ…ん?何よバルト?」
フト、気が付くと私の斜め後ろには侍従のバルトが立っていた。そしてフリデミング殿下の斜め後ろに、同じく殿下付の侍従のお兄様が…何だか腰を屈めて構えていた?
「フーレイ?どうした?」
「王太后殿下より、ハラシュリア様と罵り合いを始めたら殴り合いの喧嘩に突入するので、体を張って止めろ…と指示されています」
うわぁお!本当なの…アレ?ということはうちのバルト君も、もしや?
私が顧みるとバルト君が無言で頷いた。バルト君はうちのお母様の指示かーーい!私って信用無いなぁ~
「そんな子供っぽい事をするもんかっ行くぞ!ハラシュリア」
うちのお父様以下大人の皆が、子供のくせに何言ってんだ…みたいな顔をしてまっせ?
「内務省に用事があるから、夕方までには迎えに行くよ」
とお父様がニコニコ笑顔で私を見送ってくれるので、笑顔で手を振り返した。
「ハラシュリアは今世のご両親と上手くいっているのか?」
4才児同士、傍目には微笑ましいお手手繋いで仲良く移動だけど、内心は何故手を掴む?という苦々しい気持ちでいっぱいだ。
「お陰様で、両親と兄と姉…最近産まれた弟とも関係は良好でございますよ~」
「そうか…」
ん?もしかしてあの反りの合わない父親と何かあったのか?
「何かあった?」
「ん~俺にでは無いが、いや…やっぱり俺にか?」
どっちなんだよっ!
心の中でツッコんでいる間に、フリデミング殿下の自室に着いた。
メイドがお茶の準備をしてくれて、ケーキ?のような不思議な生地に包まれた黒っぽいクリームがチラッとはみ出している菓子が目の前に置かれた。
ほぉぉこれが東方の菓子かぁ~
メイドが隣の控室に下がって一応部屋の中が無人になった後、フリデミング殿下は口を開いた。
「昨日、父上にクリームのたっぷり乗ったロイ?ロナ?だとか言う菓子を頂いたんだ」
私はピンときた。
「ちょっとーそれロアモナーラじゃないの⁉今、王都で大人気の口の中で蕩けちゃうクリームが自慢の生菓子じゃないの!あんたそれを頂いちゃったりしたの⁉いいなぁ~私も食べたい!」
私がそう言って頬を膨らませると、フリデミングがちょっと慌てている。
「す、すみません。なま物だというので、昨日全部食べてしまって…」
動揺していて、ライゼウバークの時のような口調になってしまっている人気菓子を独り占めにしちゃった殿下。
「まあいいわ~今度一緒に行きましょうよ!それで、ロアモナーラを頂いてどうしたの?」
「あ、ああ…何と言うのかな、あまり質の宜しくない笑みを浮かべて『フリデミングは父様の言うことを守ってくれるよな?サイフェリング国王陛下と仲良くしちゃいけないよ?』と言われた。馬鹿でも分かる。そのロ…なんとかという菓子は俺に対する賄賂だ」
質の宜しくない笑みってなんだ⁉…というツッコミは置いておいて
「仲良くしてはいけない…ね。もしかして国王派と殿下派でも作るつもりかしら?」
と、率直に聞いてみると眉間に皺を寄せて舌打ちをする4才児。
「っち、派閥か…馬鹿らしい。甘い菓子で釣ろうなどとは俺も易く見られたものだ」
「普通の4才児ならお菓子で釣れるんじゃないかなぁ。ねえ?それでフリデミングはその賄賂を受け取ってどうしたの?」
フリデミング殿下は憮然とした顔になった。
「確かに普通の4才児なら父親を盲信するだろうが、俺だぞ?懐柔しようとする相手を間違えてる」
確かに…見た目は子供…中身は空耳チャラチャラだ。
「ねえ、だったら上のライトミング殿下とケールミング殿下は大丈夫なの?」
空耳4才児はニャーッと笑った。
「兄上達は大丈夫だ。父上の傀儡になるには素材が良すぎる」
どういう意味?
首を捻っていると、フリデミング殿下がお茶を飲んだので、私もお茶を頂き、東方の不思議な菓子を頂く。
「っん!この真ん中の黒いクリーム、栗?」
フリデミングは笑顔になった。
「あなたは昔から甘いものが好きだな…これは小豆を砂糖と一緒に煮立てた穀物の甘露煮だそうだ」
「美味しい!私これ好き!で、素材が良いってどういうこと?」
フリデミングは、菓子を頬張りながら頷いた。
「長兄の現国王陛下が切れ者なのは知っているよな?」
そう、あれから即位されたサイフェリング陛下は大人顔負けの切れ者ぶりを発揮しつつ、子供ならではの柔軟な発想で、城内に勤める役人の子供を預ける施設を作ったり、学舎の授業料免除の法案などを打ち出しているのだ。
「当たり前だが、俺も含めて父上も母上も素養があり王族として上に立つ才覚のある両親だと思う」
私は頷いた。フリデミングと反りが合わないとはいえ、空耳父も聡明な公爵だ。
「その2人の子供達だぞ?余程の環境の変化などがなければ、傀儡や意のままに動く人形となる子供になる訳ないだろう?自分の子供を侮りすぎだ」
そうか、賢い方々の子供だもの。当然聡明な子供になる可能性が高い。
「賄賂を食べた後、父上に従ったふりをしてからすぐに上の兄上達に接触した。言っとくけどな、腹黒さでは2番目のライ兄上は兄弟中一番だ」
何の順位よ…腹黒自慢?
「ライ兄上もケール兄上も鼻で笑ってたよ。精々父上に菓子や玩具をねだって買ってもらっておけ。それで、いざという時には俺達の後ろに隠れておいて知らないふりをしていればいい…と言っていた。末恐ろしい11才と9才だな」
お前が言うな!
因みにケールミング殿下9才とフリデミングの4才の間に王女殿下が2人いる。これが2人共に大人しくてこの腹黒チビッ子達と血族なのか?と怪しまれるほどの可憐な王女達だ。
「まあ、父上は自分の子供の力量を見誤っていると言わざるを得ないな。裏で暗躍は諦めて、自分の息子の治世の庇護の元、ヌクヌクと生活しておけばいいんだ」
「言い方!」
「真実だろうが?頂点に立つものとしては、兄上の方が向いている」
「まあ確かに、でもね~これは私の前世の役人として長く勤めていた経験から話すことだけど…」
「何だ?」
「主に地位のある男性がよく起こしてしまう事件というか事案なんだけど…自己顕示欲っていうのかな、自分が認められたいと権力を自分の手に収めることに、なりふり構わず道を踏み外してしまうことがあるの」
「…あるな、それは」
「それがミルトマイデラ公がそうなる!…てことではなくて、上のお兄様達もそういう意味では隙が無いでしょう?だからフリデミングが幼いってことでずっと狙われるんじゃないかって…」
フリデミングはムスッとした表情になった。
「参るな…正直この城の中で一番年寄りだと思うのに…青二才に舐められて」
「いや、あんたどう見ても今は幼児だからね。でもあまり貫禄を出し過ぎるのも良くないよ?転生していることって、どうも荒唐無稽な事象らしいし」
う~んと唸って考え込んでいる自称、この城で一番の最長老殿下。
「そうだな、この際幼児だということを最大限利用させてもらおうかな…では早速」
何か悪い顔をしたと思ったら、手紙をしたためて(また呪いの遺言か?)魔法鳥に配達を頼んでいる。
「どうしたの?何を書いたの?」
「ハラシュリア、明日今日と同じ時間に城に来れるか?」
ん?何その指定は?
私が頷くと満足そうな顔して、メイドを呼んでお茶のオカワリを頼んでいるフリデミング。
んん?
答えは次の日に分かった。
「どうだー!口の中で蕩けちゃうぞ!」
どーーーんとテーブルの上に乗せられた白くてフワッとしたクリームがたっぷりと乗ってキラキラしているお菓子…
「ロアモナーラ!」
「そうだ!本物のロアモナーラだぞ?父上に買って貰ったんだ」
んんん?私はかわゆぃ笑顔を私に向けたフリデミングの顔を凝視した。
「なぁに、俺はまだ4才児だ。『父上ーロアモナーラ美味しかったよ。僕、父上のことだーい好き♡』と手紙に書いて送ったらすっ飛んで来て、抱き付かれた。だから父上の奢りだ。遠慮せずに食え」
いやいや?これ立派な恐喝…じゃないか、え~と強要…でもないか?う~んと賄賂なの?やっぱり賄賂なの?それよりも前に、自分で自分の4才児の声音を真似るフリデミングの気持ち悪さよ…怖気立ったわ。何そのブリッとした子供の声…キモイ。
「…何だ、そのガガリアとか言う羽虫を見るような目は。いいから早く食べろ。なま物だから日持ちがしないのだろう?」
むぅ…確かに食べ物、お菓子に罪は無い。恐る恐る白雪のようなクリームを匙で掬って口に入れた。
「っぅぅ…美味しいぃぃ!」
「そうかそうか~うんうん。今度から菓子は父上に全部頼もうかな~」
……ちょっおい!それ立派な強要だと思うがね!
「それ、犯罪!」
フリデミングはキョトンとした顔をした。
「そんな訳あるかよ、子供が親に強請ってるんだよ?親の愛情を示す絶好の機会じゃないかな?」
嘘つけよ…どう考えても賄賂の要求じゃないか。そりゃ一見、親に甘えてお菓子を強請る可愛い4才児だけど、一皮むけば犯罪じゃないかな⁉
「俺は賄賂をよこせ…とは一言も書いてないぞ?仮にその手紙をネタに父上が何か言ってきたとしても問題ないだろ?」
確かに子供から父に大好きしか書いてないよね…どこからどう見ても一番末っ子に甘い父親の溺愛行動にしか見えないものね。確かに問題ない。
これは私が気にしなければいいのかな。賄賂だと思うと途端にしょっぱい味になるけど、子供のおねだりを聞いてあげる父親からのお土産だと割り切れば美味しく頂けると思う、うん。
食べ物に罪は無い。
「次は~ナミカトワト店のライライの丸ごと一頭焼きを父上に頼もうかな?」
「こらっ!それは王都一お値段が高いと噂の高級店じゃないか!おまけに丸々一頭焼きなんてっメイドの一年分のお給料くらいするわ!」
私がそう叫んだら、隣の控室に居るメイドの女の子達の悲鳴が聞こえた。
今まで小声でコソコソ話していたちびっ子達だったのに、私達が突然声を大きくして『ナミカトワト店』と『ライライ丸ごと焼き』と『メイドの給料一年分』と叫んだ所が聞こえてしまったみたいだ。
「何だよぉ~俺が食べてみたいもの頼んで何が悪いんだよぉ」
「年長者気取るんなら、欲を慎みなさいよ!」
「くれるっていうんなら貰ってやるってだけなんだけどぉ?」
「そっそれは犯ざ…⁉」
私が更に声を上げた時に風のような速度でフリデミングの侍従のフーレイさんが私達の側に飛び込んで来た!
「乱闘はいけませんよっ!いけませんよ!」
乱闘って…そんなに野蛮な戦いはしない…けど、絶対しないとは言い切れる自信が無い。今、私の手に箒が握られていたら、欲深いジジイ(4才児)をはたき出してしまう自信がある。
止めて貰って助かった。
犯罪を助長する行為はいけませんよ、うん