所詮、にわかですから
年が明けて、サイフェリング陛下とジュリアーナお姉様の婚姻式の当日になった。
私もジュリアーナお姉様の足元には及ばないけど、そこそこの容姿に成長したと思うのよね。
ええ、ええ!蕾の如く初々しい可憐な令嬢に成長したのよ、私!…そんな可憐な令嬢の私は弟、マーグリットの手を引いてジュリアーナお姉様がいる控室に入った。
「ラシー?どう?」
花嫁の控室に佇む、婚姻衣装を着たジュリアーナお姉様はまさに大輪の華の女神だった!
私なんて足元にすら近付けない女神の領域だった!
「おねえさまぁぁぁ綺麗よ!綺麗よぉ!」
「お姉様キレイ!」
感極まって式の前に号泣してしまった私と弟。お姉様は気合いと根性で泣くのを我慢しているようだ。化粧が崩れるからね…うん。
お姉様の横では陽気なハイリットお兄様が珍しく泣いている。
「妹2人共が王家に嫁ぐなんて…心配だよぉ」
いやあの一応ね一応っ…私まだ未婚だから!
そんな花嫁の控室で兄妹でおいおいと泣いていると
「ハラシュリアお嬢様、フリデミング殿下がお越しですが…」
と侍従のバルト君が声をかけてきたので、涙を拭きながら廊下に出るとフリデミングが壁に凭れて立っていた。フリデミングは私が泣いているのに気が付いてハッとしたような顔をした。
「ハラシュリア…泣いて…」
そう言って手巾で涙を拭いてくれるフリデミングは、涙の原因に気が付いたのか、苦笑した。
「さっき母上も泣いてたよ。女性ってこう言う時に感極まるんだな」
「だってぇ…」
とフリデミングを見上げた時に視界の端に黒いモノが見えた。
廊下の隅を見ると……漆黒の獣が居た。もとい、黒髪に鋭い目の近衛騎士の正装を着用した、攫って騎士様(実写版)のルベル=ビジュリア卿がスラリとしたお姿で立っていた!
ルベル卿は私の方を少しみると、色っぽく微笑んでくれた。私は一瞬で、花嫁の控室に駆け戻った。
「お姉様!外に正装を着用された漆黒の騎士のルベル様がいるわ!」
「なんですってぇ!?」
ジュリアーナお姉様はドレスを翻して、私と一緒に扉から外を覗き込んだ。
「やだーーーーっ!本当に正装の漆黒の騎士様じゃない!?殿下っ!フリデミング殿下!」
ジュリアーナお姉様は目を見開いてルベル様の正装姿を凝視している。
廊下に茫然と立ち尽くしていたフリデミングをお姉様が手招きした。フリデミングは美女の手招きに誘われて、ヨロヨロと扉の前まで歩いて来た。
「ルベル様は式場内の護衛をされるのっ!?」
お姉様は婚姻式よりルベル様の正装姿に興奮している模様です。
ところがね
意外にも、と言ってはアレだが攫って騎士様という書籍が皆様から(主に若い女性)認知度が高いということに今更ながら気が付いて驚いているのよね。
フリデミングと共にたまーーにやって来る護衛のルベル様を見て、城付きのメイド達や公爵家のメイド達が始終
「グーテレオンド様よ…今日も色気垂れ流しで素敵…」
とかコソコソ囁きあってるのよ。メイド達に、あなたもサラジェかい?と聞いてみたい。
「そうよ〜攫って騎士様は舞台化もされたし、実は絵物語にもなったのよ?それでね、原作者の先生と絵を描かれる作者の先生が合作されて作られたのが、『攫って騎士様〜朝まで共に〜』なのよ!その騎士様の想像画がこれまたサラジェの心を鷲掴みする壮絶な美しさなのっ!その絵を見て、にわかサラジェがすごく増えたって噂なのよ!そのサラジェの永遠の憧れ、攫って騎士様のグーテレオンド様と寸分と違わない本物の騎士様……それがルベル様なのよっ!」
びっくりした。
何がって、寝る前にジュリアーナお姉様の寝室に行って、軽い気持ちで聞いてみた
「ルベル様ってそんなに漆黒の獣に似ているの?」
という言葉にジュリアーナお姉様がこんなに食いつき気味に返してくるとは思わなかったのだ。
おまけにお姉様がこんなに喋るなんて知らなかった。もしかしてサラジェって皆、こうなの?怖っ……同じサラジェに、にわかサラジェとか真正サラジェ?とかがいるってことなの?何だか本当に怖っ……
そんな真正サラジェっぽいお姉様は自分の婚姻式の当日、ルベル卿を見て目をギラギラさせていた。
お姉様に手招きされて詰め寄られても、フリデミングは困った顔をしたまま至極あっさりと
「いえルベルは会場内には入りませんよ」
返してしまっていた。ああっ…フリデミングの馬鹿!そこは真正サラジェの気持ちをしっかりと汲んで
「あっそれならば今日は特別にルベル卿をジュリアーナお姉様の専属護衛にしてみましょうか?」
とか言ってあげてみなさいよ?『特別』『専属護衛』この言葉で世にも珍しいジュリアーナお姉様の、床転がり~の身悶え~の…歓喜の舞が見れたかもしれないのに。
フリデミングが素っ気無くそう答えると、一瞬お姉様は目を細めたが「そうなのですか…」と言ってすぐに控室に戻って行った。もしかして今頃控室の中で、ジュリアーナお姉様に
「ちっ…あのフリデミング使えねぇな~」
とか舌打ちされながら文句を言われてるんじゃない?まあ女神なお姉様は言葉に出して言わないと思うけど…心の中までは分からないよ?
「まあああ!ルベル卿!今日は一段と素敵ぃぃい!」
ん?お姉様が控室に引っ込んだすぐ後に、甲高い声がして廊下の隅を見るとララヴェラ殿下とナナヴェラ殿下が漆黒の獣(実写版)を取り囲んでいた。
「ルベル様は会場内の護衛もなさいますの!?」
おやおや…ジュリアーナお姉様と同じ質問をララヴェラ殿下がしているね。真正サラジェの気になる所は『私を護衛している漆黒の騎士様♡』という描写なのかもしれない。
「申し訳御座いません。私共護衛は会場内に入ることは禁じられておりまして…遠くからではありますが皆様の護衛を誠心誠意勤めさせて頂きますので、どうぞご安心して婚姻式にご出席下さいませ」
ルベル卿は慌てず騒がず、そう言って色気を出しつつ爽やかに王女方に向かって微笑んでいる。
上手いっルベル卿!個人を特定せずに皆を守るからね~と微笑みを付けてけむに巻く手練手管。普段から不特定多数の女子…男子も含むだろうに、秋波を向けられ慣れているのだろう。かわしが上手い!
案の定、ララヴェラ殿下も、あら~そうなの直接ではないけど、見守っててね☆なんて吞気に返している。
「ルベルもあちらこちらからと、大変だな…」
「ちょっとフリデミング?あなた他人事みたいに言ってますけど、ルベル卿の主でしょう?ルベル卿のことを不埒な輩からしっかり守ってあげるのも務めでしょう?」
フリデミングは私に胡乱な目を向けてきた。
「俺、ルベルの護衛対象の公人だけど?」
「何言っているの!元を質せば護衛の先輩じゃないの!綺麗なご尊顔の後輩をがっちりばっちり守ってあげるのも先輩の務めでしょう!?」
フリデミングは口を尖らせながら
「なーんかおかしい。絶対おかしいよ。」
とブツブツと呟いている。
「いいこと?フリデミング。美しきものは性別を問わず尊まれ、敬われ…そして反対に妬まれ恨まれる罪深き、愛の異端者なのよ?私達、その辺の石ころ軍団は尊き生き物の為に粉骨砕身の想いで臨まないといけないの」
私がフリデミングに懇々と訴えている間中、フリデミングは半眼で私を見下ろしていた。
「何だかよく分からないけど、ハラシュリアがサラジェ…だったか?に片足突っ込んでいるのだけは分かった」
あら?何でそう思うの?ジュリアーナお姉様に勧められて『攫って騎士様~漆黒の獣は夜の帳と共に~』と『攫って騎士様~その漆黒の腕に抱かれて~』と『攫って騎士様~漆黒の欲望は果てしなく~』と絵物語の『攫って騎士様〜朝まで共に〜』と絵物語第二弾『攫って騎士様~漆黒の獣の狂愛~』おまけに『攫って騎士様:画集~漆黒の獣解体新書~』までを一気に徹夜してまで読破したことを何故知っているの?
イヤだ…にわかサラジェっぽい顔になってるのかな?
「私ってにわかサラジェっぽい顔になってると思う?」
「知らないよ!」
フリデミングに吐き捨てるように言われた。なにそれ?そんな愛の無い返し、あれ?私あなたの愛され女じゃなかったかな?
……ん、待てよ。
もしかしてシュリツピーア王国に行っている間に……好きな人出来たとか?
まさか…うぅ……う、浮気ぃ!?
私は婚姻式の間中、ソワソワしっぱなしだった。
ジュリアーナお姉様もララヴェラ殿下も別の意味でソワソワしているみたいだった。
何でも婚姻式が終わり、退出する時に大広間の扉を押して開けて、お姉様と陛下を送り出してくれる予定の護衛騎士が急遽変更になったからだ。この日の為にメイド長と侍従長が選んだ特に見目が良い近衛の2人のうち1人が、式の前にお手洗いに出た時に手洗いの扉で指を挟んでしまい指を骨折!という在り得ないような事故が起こり、見目の良い護衛を急遽見繕うことになったらしい。
ところがこんな時に限って今日出仕しているのはラプリーさんを筆頭にゴツイ護衛ばかり…そこでメイド長の強い推薦(←ここ重要!)の元、ルベル=ビジュリア卿が栄えあるその護衛になったという訳だ。
ジュリアーナお姉様がチラチラルベル卿を見ている。ララヴェラ殿下もチラチラ見ている。何もチラチラ見ているのは真正サラジェばかりではない。貴族のご婦人方、令嬢方…そして想像したくないけど貴族のおじ様や子息まで扉の前に立つ漆黒の獣から漂って来る色気に皆ソワソワしている。
婚姻式で色気を垂れ流すな!
ジュリアーナお姉様はめっちゃ嬉しそうだ。そりゃそうだろう…まあサイフェリング陛下との婚姻式もそれなりには嬉しいとは思うけれど、『私を護る漆黒の獣♡』という乙女悶絶真正サラジェの永遠の憧れともいうべき状況に奇しくもなっているからだ。
ジュリアーナお姉様的には、指を骨折した近衛に大感謝!後でお見舞いの品でも送っとこ…くらいは思っているかもしれない。送られた近衛は大喜びだろう。ジュリアーナ妃殿下からお品がぁぁ!……真相は闇の中だ。
それにしても、今日のお姉様は愛され女の真骨頂を見せつけている。光り輝く光の女神。
本来高位貴族の婚姻は、自国の国王陛下の前で婚姻宣言をするのが習わしだけれど、陛下当人の式なので今日は特別に、前国王陛下様が嬉しそうな顔で代理を務めている。
「次は俺達かな~」
「…気が早い…成人の儀が終わってから」
フリデミングは私が素早く否定すると、ムッとしたのか口を尖らせている。そりゃそうだろう、精神年齢はいつでも来い!の、ふたりだけど肉体的にはまだ子供から大人に変化し始めたばかりだ。
でも婚姻の話をするくらいだから浮気とやらの心配はしなくてもいいのか?下手に浮気がぁ~とか言ってフリデミングを追い詰めると
「信じてくれないなら…いますぐ婚姻して!既成事実をつくるから!」
とか言われてしまいそうだし、藪をつついて蛇を出すような行いは避けよう、安全第一!
やがてジュリアーナお姉様…改めジュリアーナ妃殿下とサイフェリング陛下は優雅に大広間を後にした。扉の前では漆黒の獣が野獣の色気を流しながら微笑んでお姉様を見送っている。
今、背中しか見えないけどお姉様の顔見たいな~絶対ニヤニヤしながら浮かれてると思うんだね。
「いいわねぇ…私も式典の護衛はあの方にお願いしたいわ…」
「ねえご存じ?シュリツピーア王国の護衛ですって…」
「まあ…羨まし…ゴホン」
ご婦人方もニヤニヤされているようだ。流石…ルベル卿。
皆がゾロゾロと大広間から退出を始めた。私とフリデミングの横にララヴェラ殿下がやって来た。
「あ~あナナは良いなぁリアンデロ様と婚姻したらルベル卿もお傍にいるなんてぇ」
それはちょっと違うと思うぞ?ララヴェラ殿下。
「こうなったらフリデミングの所に居候しちゃおうかな?あ、ねえねえ私もシュリツピーア王国に嫁いじゃおうかな?誰か良い人いない?」
そう言えば……フト気が付いたことをララヴェラ殿下に聞いてみた。
「あの…そもそもなんですが、ルベル卿本人にお嫁入りとかは狙わないのですか?」
狙うも何も王族からの降嫁ならルベル卿…確か伯爵家の次男だったから…受けてもらえると思うが…。
「もうぅ~分かって無いわねぇラシー。騎士様は物陰からうっそりと見詰めて見惚れてるのがいいのよ。美しき漆黒の君は遠く愛でるかな…つまりは鑑賞して愛でるものなの!」
「は…はぁ」
良く分からないけど、現実の彼氏となるのは違うというのかな?何せ私、にわかサラジェなもので真正サラジェのお気持ちを理解出来る域には、まだ到達しておりません…すみません。
その辺の石ころ軍団にフリデミングが入団したぁ(≧▽≦)……すみません;




