殿下の殿下
まあ簡単に玉座に座ったミルトマイデラ公を見に行くか~と言っても色々と準備が必要だそうだ。
先ずはフートロザエンドの国境付近まで移動しよう…となり『魔馬車』と呼ばれる、転移陣の応用した乗り物で移動するらしい。
「行く先を指定すれば、転移陣と同じように使えるんだ。主に貴人用だ」
と、すっかり仲良くなったらしいリアンデロ=ミノア侯爵子息とケールミング殿下の話を横で聞きながら、へぇ~便利なものがあるのねぇ…と思いながら馬車に乗り込んだ。
「じゃあ座ったらすぐに目的地に着くんですか?」
リアンデロ様にそう聞くと、意外にも人懐っこい笑顔で、そうだよ~と言いながら頭を撫でてくれる。因みにリアンデロ様は『幼馴染王子の溺愛~永久に愛して~』のサンミリアム=フェガロ殿下に外見は似ているらしいけれど、侯爵子息のリアンデロ様は人懐っこい性格のようでナナヴェラ殿下ともすぐに打ち解けたみたいだ。
ナナヴェラ殿下はリアンデロ様の所にお嫁に来るのかな…
やがて馬車の座席に皆が着席すると(因みに定員は10名)シャン…シャン…と甲高い音がしたら馬車の扉が開かれて御者のお兄さんに
「着きましたよ」
と言われて驚いた。本当にすぐに着くんだ。そして馬車の外に降りると……ジジイが2人いた。
1人は前国王陛下、もう1人はジューク=ヴュリアンデ元帥閣下…つまりは兄弟だ。
「おおっ!皆息災か?」
「もっとキリキリ動かんか!お前達がもたもたしているからあの馬鹿婿が大きな顔をするんだ!」
ジジイ兄、ジジイ弟からの連続攻撃に孫達から大きな溜め息が次々漏れる。すでにウンザリしているのが分かる。もう一台の馬車にはフーレイさん達お付きの人達が乗っている。
「わざわざお迎え頂いてありがとうございます」
素晴らしい棒読みでサイフェリング陛下がご挨拶をジジイ2人に向けると、ジジイ2人は一斉にカカカ…と笑い出した。
「なあに、退屈しのぎにはちょうど良かったよな?兄上?」
「あいつが指示した仕事を片っ端から潰して回るのは中々面白かった。そうだ、建設途中の学舎の寮の周辺に商業施設を作りたいと、ホレ、そこのハラシュリアの父親と息子が言うてきているのだが…」
サイフェリング陛下は一瞬私を見たが、前国王陛下から見せられた書類を見て笑っている。
「これは大規模な…面白いですね…新しく商売を始めたい業者も参入しやすい。後で詳しく…」
「おおっよし!」
…どうやら引退していたように見せかけて、前国王陛下は水面下で活動を続けていたみたいだ。それにしてもお父様、大型複合施設の計画書を本当に国に提出したんだ。
そのやり取りをボーッと見ていると、フリデミングに袖を引かれた。
「ハラシュリア…もしかしてスクリウペクトにあったルータン地区みたいな施設のこと?」
「そうよ、大きな建物で多種多様なお店が同じ軒下で営業している、あの販売形態は是非活用しなくちゃと思って…うちのお父様とお兄様に、こんなお店あったらいいな!とか言って売り込んでおいたのよ」
「流石ハラシュリア…抜け目ない」
そして国境沿いにもう一台魔馬車が到着した。
今回の帰国にどうしても同行したいとシュリツピーア国王陛下夫妻が一緒に来られたのだ。
馬車から降り立った陛下と国王妃はフートロザエンド前国王陛下の御前で膝をつかれた。
「長きに渡り愚弟の尻ぬぐいをお願いしたことを深くお詫び申し上げます。」
「いやいや、私も甘かったんだ。子が出来て生活が安定すれば王女を支える王配になってくれると過信していた。事実、ベネディクルは優秀な男だった…お陰で息子達が小生意気で頭の切れる子供になったが…だがそれも陛下、賢王と名高い陛下が小生意気な小僧達と同じ血筋なのだということの証でもあるな。よく参られた」
膝を突いたシュリツピーア陛下の後ろにサイフェリング陛下とライトミング殿下が、まるで背後を守るかのように立っている姿を見て微笑ましくなる。
実の伯父と甥か…確かに血筋を感じるね。サイフェリング陛下は実の伯父様に随分心を許しているみたいだ。
あの腹黒が…
まあ心の中で思うだけは不敬では無いので構わないだろう。何故だか腹黒陛下がニヤッと笑ってこっちを見た気がしたが気のせいだろう。
「それはそうと、早く生存を主張しておかないとミーナヴェラが困っている」
「母上が!?何かあったのですか?」
サイフェリング陛下が顔色を変えたが、移動しながら…とジジイ2人は歩き出した。
なるほど…移動を始めた私達の周りに護衛やら私も知っている魔術師団の副団長と魔術師が集まってきた。副団長は私と目が合うと手を振ってきた。陽気なおじさんだ…私も手を振り返した。
魔法で防御しながら、国境から中に入ると、すぐに転移陣に移動した。
「ミルトマイデラ公がミーナヴェラに王位に纏わる全権を譲位するように任命しろと言ってきているようだ。勿論、ミーナヴェラは拒否しているが…いつ強硬な手段に出てきてもおかしくはない。どうやら私達が裏に回ってミルトマイデラ公の画策を潰して回っていることに気が付いたようなんだ。猶予はない」
「分かりました」
そして転移陣で王都の城に一番近い転移陣に移動すると、堂々と城門から中へと戻った。城門を抜けてすぐの所に私の父、ポッチャリハゲのコーヒルラント公爵と兄のハイリットと弟のマーグリットがいることに気が付いた。
私達を見付けたマーグリットが一目散にこちらに駆けて来た。
「ジュリねえさまーぁラシーねえさまー」
転がるように駆けてきて、ジュリアーナお姉様の胸に飛び込んだ可愛い弟は、満面の笑みで美しい女神を見て私にも手を伸ばしてきた。
「みんな忙しいって言って兄上しか遊んでくれないんだぁ」
「そうなの?じゃあ私と遊びましょうね」
ジュリアーナお姉様はそう言って、マーグリットの手を繋いでお兄様の所に行った。
「ハラシュリアもここに残れ」
すでに移動を開始した他の殿下達の後を追い、小走りに走り出したフリデミングに私は走って追いつくと横に並んだ。
「私も行く!」
「何かあったら俺の後ろに隠れてろよ?」
頷きながらも実はちょっぴり興奮している。あのガガリアみたいなおじさんをギャフンと言わせる瞬間がやってきたーーと思っているのだ。
先ずはミーナヴェラ王太后様が軟禁されている部屋に向かった。
扉の前の護衛の方々が驚いて、オロオロしているのが分かる。
「ミーナヴェラ入るぞ」
前国王陛下がそう言って室内に入ると、やっぱり…というかお茶を飲みながらのんびりしている、私のお母様と王太后…そして隅で小さくなって(見える)いる大将閣下の姿が目に入った。
「あら~?もう帰って来たの?シュリツピーアでもっとゆっくりして来たら…あら?」
王太后様は吞気な声が上げていたが、サイフェリング陛下が室内で端に寄りその後ろから、現れたシュリツピーア国王陛下を見て目を丸くしている。
「えぇ~サイフェリング!?」
「似とるよなぁ~私も驚いたわ…」
前国王陛下の言葉に絶句していた王太后様は慌てて腰を落とされた。うちのお母様も腰を落としている。
さて役者は揃った…
皆で急いで謁見の間に向かう。あの人、玉座に座っているんだろうか…何気に浮きたつ気持ちを許して欲しい。
「ハラシュリアッ!いいわね?分かっているわねっ?」
何故だかお母様が何かを牽制してくる。なんだろうか?王太后様もフリデミングに向かって
「いいわね!?分かってるわよね?」
と、全く同じことを言っている。おば様達、どうしたんだろう?
そして謁見の間に着いた。近衛のラプリーさんがゆっくりと扉を開けた。
居たーーーーー!やっぱり玉座に座ってるーー!
ミルトマイデラ公は悪戯が見付かった子供みたいに飛び上がると(本当に飛んでた)物凄くキョドッていた。
「やあ、父上。ほんの少し留守にしていた間に、何か変わったことはなかったかな?」
ミルトマイデラ公はサイフェリング陛下の後ろからシュリツピーア国王陛下が現れたのを見て、顔色を変えた。
「あ…にぅえ…」
「ベネディクル…お前と言う奴は…リクツェルや兄上を苦しめたのに飽き足らず、自分の子供達まで…」
シュリツピーア国王陛下が唸るように呟いた。暫く呆けたように虚空を見ていたミルトマイデラ公は途端に笑い出した。
「やっぱりっ…そうか!おかしいと思ったんだ!見事に騙されたよ…」
1人大笑いを続けるミルトマイデラ公は王太后様を指差した。
「ミーナヴェラァ!お前兄上と浮気していたんだなぁ!?兄上の子を私の子供だと押し付けたんだなぁ!?このアバズレ!」
「ひっ!」
「…っ!」
自然とミルトマイデラ公に向けて駆け出していた。しかし私より先にフリデミングが駆け出しており一歩先にフリデミングがミルトマイデラ公に拳を叩きこんでいた。
「フリデミングッ!?」
「やっぱり!?」
「ハラシュリアッ!」
後ろで何か叫び声が上がっているけど、気にしている暇は無い!私はフリデミングに続いて、ミルトマイデラ公に向かって飛び蹴りをした。
フリデミングに殴られてよろめいたミルトマイデラ公は膝を曲げている。そこだ!
「っえい!」
思いっきり飛んだ…つもりだったんだけど思ったより高さが出ずに、ミルトマイデラ公の腰辺りに踵が当たった。フニャとした感触を感じたが
「ぎゃあああ!」
というミルトマイデラ公の絶叫にびっくりして、飛び蹴りからの着地に失敗して後ろにゴロリと転がってしまった。
「こらっ!何やってんだ!」
ライトミング殿下がまだ殴ろうとしていたフリデミングを羽交い締めにしている。そして私を睨んできたので素早く……逃げた!
ガガリアみたいな地べたを蠢くような動きをしてしまったけど、この中で一番の安全圏の中に急いで逃げ込んだ。
ちょうど扉を開けて中に入って来た我が兄、ハイリットの背後に私は素早く隠れた。
「え?何どうしたの?」
ハイリットお兄様は私が背中に貼り付いている理由が分からず、キョトンとしているが…目を吊り上げたお母様の顔を見て
「また怒られるようなことをしたの?」
と言ってきた。
「ぎゃああ!」
しかしだね、まだミルトマイデラ公が悲鳴を上げてるんだけど、アレ?手で押さえてる所って…ミルトマイデラ公のミルトマイデラ君の位置?そう言えばあそこって当たると激痛とは聞いたことはあるけど、骨があったっけ?もしかして骨が折れたのかな?
思わず横に立っていたリアンデロ様に聞いてしまった。
「あの…あそこって骨が折れちゃったのかな?」
するとリアンデロ様は真っ赤になると
「いやぁあの…骨は無いから……ただ凄く痛い」
そうなんだ…謝っておこうかな?脛を狙ったんだけど、狙いが外れてミルトマイデラ君に間違って当たっちゃいました…でいいかな?
「すみません…間違って当たってしまいました?」
小声でお兄様の背後から呟くと、目を吊り上げたお母様に扇子でスパーンと頭を叩かれた。
「間違ってなくても淑女が飛び蹴りなんてしますかっ!よりにもよって男性の……兎に角っ慎みなさい!」
「はぁい…」
ミルトマイデラ君を押さえたままミルトマイデラ公はのたうち回っている。
そんなミルトマイデラ公に王太后様がヨロヨロしながら近づいて行くのが見えた。慌ててララヴェラ殿下とナナヴェラ殿下が傍に寄り体を支えている。
「あなた…ベネディクル…そんなことを、思っていたの?」
王太后様は体をブルブルと震わせている。
「よーくよぉーーーく分かったわ…金輪際顔も見たくは無いわ!もう離縁よっ!」
王太后様の絶叫が謁見の間に響き渡った。