内容の薄い本
薄い本大活躍です
誤字修正しています。
こう言っちゃなんだけど、公爵家の次女と第四王子殿下の婚約だが、政治的なやり取りは一切無い。あるのは世代を跨いだ怖い妄執と根暗空耳のねちっこい恋愛感情だけだと思う。
フリデミングの父親の望むように、彼が王位に就くなんてどう考えても上(兄達)からの圧で有り得ないので、恐らく軍に入隊する彼とそこそこのお家に住み、一般庶民と同じような食生活になると予測される。
今、そんな正式に婚約したばかりの私達に熱い眼差しを向けている人達がいる。
「いいわねぇ本当に素敵よ、ハラシュリア」
うっとりとした顔でフリデミングの横に座ったララヴェラ王女殿下が、ご自分のことのように婚約を喜んでくれている。
なんでもね、赤子の時からの幼馴染でそのまま仲が良く婚約までしてしまった私達は今や、幼馴染の恋愛の物語の主人公のようだと市井で大人気らしい。
「ほら見てよ『幼馴染王子の溺愛~永久に愛して~』この本がフリデとハラシュリアを題材にした激しい激情の愛の物語だと大評判なのよ!」
ナナヴェラ王女殿下が割と薄めの厚さの本を掲げ持っている。薄いから内容が薄そう…。
「本にまでなってるの?へぇ…」
フリデミングはそう言いながらも内容が薄そうな本に興味津々みたいだ。
「ナナヴェラお姉様、何だか本の表題がいやらしい本に類似していませんか?もしかして年齢制限のある本じゃないのですか?」
私がそう聞くと、ナナヴェラ殿下は明らかに体を強張らせた。あるんだな?年齢制限…
「ちょっとナナ?そんな如何わしい本をフリデミングとハラシュリアの前で広げるのは良くないと思うわ」
一応双子でも姉であるらしいララヴェラ殿下がそう言ってナナヴェラ殿下から内容の薄そうな本を取り上げようとした。
「まっ待って!やめて!1時間も書店に並んで買った本なのよぉ!?」
どこからツッコんだらいいのかな?ナナヴェラ殿下が1時間も並んだの?とか、書店で普通に売っているの?とか、如何わしい本って並んで買えるんだ…とか、子供の私には聞きたいことがいっぱいあったが、ちょうど部屋に入って来たライトミング殿下の一言で全て吹き飛んだ。
「あ~何?読み終わったんなら並んで買ってやった俺にも貸せよな~」
殿下が並んだんかーーい!それよりも第二王子殿下が内容の薄そうな如何わしい本を書店で庶民と一緒に並んでまで買うことを誰か注意しなよ!大人達何してるんだよ!
そしてここで大きな声で言えないことに気が付いてしまったよ。閲覧に年齢制限のある書籍物は二段階に分かれている。12才以下は読めないもの、そして16才以下は読めないものの二種類だ。
ナナヴェラ殿下は14才だ。ということは…この『幼馴染王子の溺愛~永久に愛して~』の内容の薄そうな本は16才以下が読めない書物で、残虐性とエロイ表現があります☆彡という大人の紳士淑女が嗜む本という訳なのだ。
王女殿下に不敬なことを言いそうになったのをグッと堪えた。
実兄をパシリにしてエロイ本買いに行かせたんかーーーい!……と。
「でも…でもね!そのデキトワに出てくる幼馴染の殿下の御学友の隣国の王子殿下が…赤髪の美丈夫でとてもとても素敵なのよぉ!」
「きゃあ本当なの?あの漆黒の騎士様より素敵?」
なんと、ここで衝撃の事実が発覚しました。ララヴェラ殿下がジュリアーナお姉様の愛読書、あの『攫って騎士様シリーズ』を嗜んでいらっしゃるということだった。
私はついうっかり好奇心が芽生えて、ララヴェラ殿下に聞いてしまった。
「ララヴェラお姉様も漆黒の獣が好きなの?」
「あらまああぁ!?ハラシュリアッ!貴女っグーテレオンド様をご存じなの!?」
しまった……この取り乱し様は、攫って騎士様の熱烈信者だったようだ。
私はアタフタしながら
「あ、あのジュリアーナお姉様が大好きで…」
と答えると、ララヴェラ殿下は顔色を変えた。
「まあああ!?こんな近しい所にグーテレオンド様への熱い想いを共有出来る方がいるなんて!」
ララヴェラ殿下は突然立ち上がった。
「今日、ジュリアーナ様は妃教育を受けに登城されているわよね!私っ行ってくるわ!」
更にしまった…ジュリアーナお姉様にララヴェラ殿下が突撃してしまうようだ。……お姉様、信者の突撃を上手くかわしておいて下さい。
ララヴェラ殿下が小走りに部屋から退出すると、内容の薄そうな本をナナヴェラ殿下から受け取ったライトミング殿下は、本を開いて読み始めてしまった。
全然関係ないけれど、ライトミング殿下が本をお読みになっているお姿、ものすごーーーく格好いいですね。流石、4人の殿下方の中で一番の美形だとメイド達から騒がれているだけあるよね。
ただ、真剣な顔で読んでいるのはエロイ本だけど……
するとフリデミングが、横からその内容の薄そうな本をチラ見して
「なんだ文字だけなんだ。挿絵とか無いと臨場感がないよね」
と、エロジジイ発言をしてしまっていた。流石にライトミング殿下がフリデミングの頭を叩いた。
「子供がふしだらなことを言うな」
普段、ヘラヘラしているライトミング殿下だけど、言う時は言いますね!
夕方
妃教育を終えたジュリアーナお姉様と一緒に屋敷に帰る予定の私は、見送りに来てくれたフリデミングと馬車寄せの待合のソファに座っていた。
「さっきのナナヴェラ姉上の持っていた本…ぬるい内容だったよ。あんなもので興奮して、姉上達もまだまだお子様だな~」
「フリデミング、ゲスイおじさん発言は止めなさいよ。如何わしい本には違いがないでしょう?まだ少女や少年の殿下達の教育上、良くないと思うわ…何とか取り上げることが出来ないかしらね…」
「よせよ、あんなの如何わしい本の類に入るかって…もっと過激な内容の挿絵が細部まで描写してある発禁本とかあるんだよ?あんなの可愛いもんだよ」
私はもうすぐ11才のエロジジイを羽虫を見るような目で睨んであげた。
「もっと過激な内容の発禁本ね…そんな本いつ見たの?ライゼウバークの時?まさか真面目そうなジョフィアード殿下の時にそんなもの読んでいたの?ライゼウバークは、ライゼウバークだからなぁ~で済ませられるけど、ジョフィアード殿下は何か違うわ…殿下は止めて欲しい。私の中の殿下の何かが穢されるような気がするから、マジで止めて欲しい」
フリデミングはカッと目を見開いた。
「どういう意味だよ?ジョフィアードも俺だけど…それにジョフィアードの時だって…」
「止めて止めて!中身が一緒なのは分かっているけど、ジョフィアード殿下は呪いの手紙をしたためていた以外は、軍の方々からの評判も良かったし、城で働いていたメイドの友達に聞いても優しくて素敵な王子殿下だったって皆褒めてたもん!ジョフィアード殿下は堕として穢して欲しくはないわぁぁ」
フリデミングは「全部一緒だ!」とか言っているけど、いやいや違うよ。正直に言っちゃうとフリデミングの見た目が一番好みなんだけど、面と向かって言うのは恥ずかしい。
「お待たせラシー。ちょっとララヴェラ殿下と話し込んでしまったわ~」
ほほぅ~ジュリアーナお姉様は頬を染めながらこちらに歩いて来た。おやおや上機嫌だね?同志が見付かって嬉しいんだね?
「攫って騎士様のお話出来た?」
お姉様は笑顔になって私に抱き付いてきた。
「ラシーがララヴェラ殿下に話してくれたの?ありがとう!嬉しいわ~グーテレオンド様の萌え処を熱く語れるサラジェがお傍に居るなんてね」
「サ…サラジェ?」
お姉様は私とフリデミングまで抱き締めるとそれはそれは嬉しそうな顔をした。
「攫って騎士様のジェニー(虜)という意味なの」
なんと攫って騎士様の虜のお姉様達をそういう呼称で呼ぶのか、新たな発見だ。
ところがだ
そのサラジェのお姉様達をとんでもない悲劇が襲ってきたのだ。
それからしばらくしてフリデミングに召集をかけられた。「緊急子供会議」だそうだ。どうしたんだろう…?
王宮の一室に王子殿下4人と…王女殿下殿下2人。そして今回から私のお姉様のジュリアーナも加わることになった。
理由は分かっている。一時でもジュリアーナお姉様とイチャコラしたいんだろうぉ!?国王陛下よぉぉ!?……と、言ってやろうと思っていたけどどうやらそんな雰囲気ではないようだ。
ナナヴェラ殿下がずっと俯いて泣いていた。何があったの?
「皆、火急の呼び出しながら集まってもらって済まない。今回の議題は『婚姻強要に対する対抗措置について』だ」
婚姻!?そこで泣いているナナヴェラ殿下の姿を見て、気が付いた。ええっまさか!?
ケールミング殿下が立ち上がって私達を鋭く見回した。今日は目付きが怖いね…中々ヤバイ事態なのか?
「事の起こりは昨日だ、ナナヴェラとララヴェラと母上が昼下がり刺繍等をして楽しんでいた時だった。突然に父上と腰巾着のグルエル伯爵が部屋に入って来た。そしてナナヴェラに向かって『幼馴染王子の溺愛~永久に愛して~』の本を見せてこんな如何わしい本を読む破廉恥な王女になったのは育て方が悪かったようだな!と大声で言ったそうだ。」
「っな!?」
「酷っ!」
「っ!」
そんな……親から性的な嗜好をあからさまに揶揄されるなんて、恥ずかしいなんてものじゃない…死にたいくらいに恥ずかしいよ。
そんなことをメイドも侍従…そしてグルエル伯爵の前で言ってしまったの?そんな…
ナナヴェラ殿下は、わぁぁ…と声を上げて泣き出した。ララヴェラ殿下と走り寄ったジュリアーナお姉様が背中を擦って慰めている。
「親として…いや人として恥ずべき行為だ。子供の羞恥を煽り傷付けるなどあってはならない」
サイフェリング陛下が低い声で呟いて、こっわい顔で自分の拳を睨んでいる。
ケールミング殿下が言葉を続けた。
「その後に父上が、そのおぞましい嗜好を改善させるべく、自分の母国の王族筋に婚姻の打診をしている。非常に厳格なお家柄でナナヴェラの爛れた気持ちも真っ直ぐに更生させてくれるはずだ……と言ってきた。この父上の発言はララヴェラの記憶に基づくものだ。要するに、強制的に婚姻を結ばせたいあの人に、あの本をナナヴェラが所持していたことがいいように使われてしまったという訳だ」
「やることが下衆すぎる!」
ライトミング殿下がテーブルを殴りつけた。
その後に続いたケールミング殿下の言葉に吹き出しそうになった。
「父上の思惑通りにシュリツピーア王国が動くのだろうか…父上は元王族と言っても第四王子だろう?」
「!?」
私は思わずフリデミングを見た。フリデミングもハッとした顔をした後、ちょっと笑いを堪えている。気持ちは分かる。
「シュリツピーアで父上がそれほど発言力が高いとは思えないけど…その王族筋ってどんな男なの?」
フリデミングが手を挙げてからそう言うと、ケールミング殿下が手元の資料の紙をめくっている。
「婚姻も父上の口から出まかせかもしれないから、実在する人物なのか調べてみるつもりだ。本当は暗部に探らせようと思ったが、不穏な動きをしてシュリツピーアに妙な勘繰りをされても困るし…偵察調査に適任の調査員を派遣することにした」
へえ…なるほどね。暗部、つまり軍の特殊部隊を動かすとあちらの国に戦意があると思われると厄介だということね。潜入調査に適した調査員か…そんな特殊技能のある人この国にいるんだ。
「…という訳で、潜入調査はフリデミングとハラシュリアの2人に決定だから、頑張れよ」
っおいぃぃぃ!?いつの間に潜入調査員になったんだ私っ?いやそもそも子供!子供だからっ!
「俺と…ハラシュリアなの?」
フリデミングが茫然とした顔を国王陛下に向けた。サイフェリング陛下が大きく頷いた。
「見た目は子供だが狡猾かつ機転が利く。大人以上に物事に理解力があり、窮地の判断力あり…という軍の大将閣下や宰相補佐からの推薦を受けた」
おいぃぃぃ!おっさん達余計な推薦するなよ!?踏みつけてやろうかぁ!?
「フリデミング殿下は兎も角、何故私が一緒に行かねばならないのですかっ!?10才の子供が隣国に旅行も怪しげですし、他国で不審な動きをすれば目立ちます!私は体術の心得もありませんし、何か戦闘行為に及ぶ事態に陥った時にフリデミング殿下の足手まといになります!」
一息に反論を唱えて国王陛下を睨むと、国王陛下は更に笑みを深めた。
「加えて弁も立つ…適任だろう?はい、決まり」
墓穴を掘った…10才に有るまじき瞬発力で反撃してしまった…
フリデミングが私の肩をポンポンと叩いた。
「まあいいじゃないか、新婚旅行の予行練習だと思えば~」
空耳は随分と吞気だねっ!
子供スパイの誕生だ!(嘘です)