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ソルサの神殿跡(7)

 「何という力だ。これが、そも、人か?!」

 ドラゴンの声には感情はない。だが、その響きには当惑がある。

 「毒の霧に触れても死なず、(かえ)ってそれを消し去るとは」

 「技量(レベル)の差、と知ってもらおうか」

 そう言いながら、一歩進んだアランファルサートに、ドラゴンの前足が飛来した。大木の幹ほどの太さのある前足が、アランファルサートを吹き飛ばそうと振われる。しかし、それが命中する寸前、アランファルサートの姿はかき消すように見えなくなる。

 「消えた?」

 「後ろじゃよ」

 ドラゴンの背後から声が響く。ドラゴンが振り返ると、そこに(たたず)むアランファルサートの姿があった。

 「転移魔法(テレポート)か」

 「そうじゃな」

 そう言った声は、今度はドラゴンの右の方から響いてきていた。首を向けると、そこにもアランファルサートの姿がある。

 「そなた、どこを見て()るのじゃ?」

 3番目の声は、正反対の方角からだ。そして、そこにもアランファルサートの姿があった。

 「まやかしの術か。人であれば、(たばか)れもしよう。なれど、我は誤魔化されぬ」

 そう言って、ドラゴンは真上を見上げた。はたして、そこに浮かぶアランファルサートの姿があった。それにめがけて、巨大な火球が放たれる。息吹(ブレス)ではなく、これもドラゴンの操る魔法だった。火球はアランファルサートにまともに命中し、そして飛び散った。

 「あいにくじゃ。

 魔法に耐える力があるのは、そなただけではないのでな」

 アンデッドとなったアランファルサートの実体は、依り代である骸骨ではなく、それに宿った青い光だ。その力――現世に留まる力は、少々の魔法によって影響されるほどのものではない。目の前の黒いドラゴンの操る魔法では、アランファルサートに害を()すだけの力は、到底ないのだ。

 「終わりじゃ」

 アランファルサートの魔法がドラゴンを襲う。魔法それ自体は、単純なテレポートの術。空間に作用して、物体を、ほんの少し離れた別の場所へ移動させるだけの、原理としては単純なものだった。その魔法を、同時にいくつも展開させる。その結果、ドラゴンの首がもぎ取られ、四肢が、尾が、その部分ごとににバラバラに引きちぎられ、別々の場所──と言っても、ほんの数メートルほどの違いだが、そのわずかな違いが致命的な差となる――に移動させられる。引き裂かれた体の部分は、更に細かく寸断されながら、わずかずつだが違う場所へ飛ばされる。一瞬の後、ドラゴンの全身は無数の肉片と骨片になって、あたりにばらまかれていた。

 毒の霧から逃れたモンド達は、最初、何が起きたかわからずにいた。

 自分たちに迫っていた黒雲のような霧が晴れたかと思うと、ドラゴンが叫び声を上げ、その(あと)、一瞬にして木っ端微塵になったのだから。血の海の中に粉々になったドラゴンの体が浮かび、大量の鮮血が金貨や宝石と一緒に、ドラゴンだった体の各部分や内臓を押し流して、宝物庫から(あふ)れてくる。

 異様な光景と、おぞましい臭気に包まれ、リディが嘔吐し、ダグラスとシルラニーナが顔を背ける。そして、空中を漂いながらアランファルサートが姿を現すと、その両手がゆっくりと輪を描き、次の瞬間、ドラゴンの死体は、血の1滴すら残さず、その場から消え去ったのだった。

 「貴様が…あれをやったのか」

 かすれ気味の声を振り絞ってモンドが尋ねる。

 「そうじゃ」

 「あれも魔法なのですか。アルフの魔法とは全然違う」

 「魔法にもいろいろ種類があるのでな。

 アルフとは、得手の魔法が違うだけじゃよ」

 「あれは…転移魔法だね。テレポートをあんな風に使うなんて、考えもしなかったよ。術が強力なだけじゃない。術の使い方も思った以上だ。本当に、すごい」

 「でも、何というか、あたしには刺激が強すぎるねえ」

 シルラニーナの顔は、心なしか青ざめて見えた。その通りだ、とリディも頷く。

 「そうかも知れぬのう。

 じゃが、ドラゴン相手じゃ。

 手ぬるい(じゅつ)では、勝ちは拾えぬ。

 やむを得ぬこととわかってもらいたいのじゃが、のう」

 派手な魔法を使いすぎたか。もう少し、加減を考えた方がよかったかも知れない、とアランファルサートは思っていた。出会ったばかりの相手が見せるには、刺激が強すぎたかも知れない。あるいは、自分に対する恐怖、警戒心を植え付けたかも知れない。と、そう思いはしたが、それは杞憂のようだった。

 「正論。間違っていない、それは。ただ、驚いた。…アラン、貴殿の魔法は、いつもあれほど凄まじいのか」

 「いやいや、そうではない。

 相手によりけり、ということじゃよ」

 「あの霧を消したのも、アラン、貴様なのか」

 「そうじゃ。

 魔法を解くための魔法というものがあるのでな。

 魔法を掛けた者より、腕が勝れば、他者の仕掛けた魔法を解くことは可能じゃ」

 「そうか。全く貴様は大した奴だ」

 そう言ったモンドの声に、非難の色はなかった。単に、賞賛の言葉があるだけだ。(かえり)みれば、それは、他のメンバーも同じ。見たことのない魔法の操り方に驚きはしたものの、しょせん、それは熟練の魔法使いの技量(スキル)ということでしかない。そうであれば、それは誇るべきことではあっても、非難されるいわれなど微塵(みじん)もないことだ。

 「私もそう思う。実にあなたは頼もしい」

 「その通りねえ。今のでやり方がわかったから、この次は驚かないで済むわねえ」

 「確かにそうだな。ドラゴンはまだ1頭残ってるんだ」

 「そのドラゴンは赤い、噂通りなら」

 「緑じゃないの? そういう噂もあったじゃない」

 「赤を見間違えるはずはないねえ、黒と緑ならあるかもしれないけど」

 「赤いドラゴンは一番強い、って言うじゃないか。一番手ごわい相手になりそうだね」

 「ビビってねえかい、アルフ?」

 「冗談を言わないでくれるかな。腕がなってしょうがないんだからさ」

 「勇敢なのはいい。だが、蛮勇は禁忌。この黒も、予想外の攻撃をしてきた。油断は禁物」

 「わかっているさ、ラン。僕だって同じ失敗をする気はないからね」

 「いいだろう。ならば行こう」

 モンドが合図をすると、ダグラスが先に立って周囲を調べ始める。通路をそのまま100メートルも行くと、正面をふさぐ、金属の扉が現れる。表面はかなり錆びているが、両側に幾柱もの大神のレリーフが刻まれ、中央には、刻まれているのはミルンファルドの国章だった。扉は両開きで、中央付近を見れば、右側の扉に大きな鍵穴があるのがわかる。

 「しっかりと鍵がかかってやがらあ。こいつを開けるのは、結構、骨だぜ。何しろ、中まで完全に錆び付いちまっているからな」

 「それなら、僕の出番かな」

 「ほう、そなたは解錠の魔法を心得ておるのか」

 「いいや、違うさ。そういう細かい仕事は苦手でね。僕の魔法は、もっとパワフルなんだ」

 「ほう?」

 「まあ見ていてくれたまえ。…ディスインテグレーション!」

 アルフレッドが扉に――鍵穴に向かって魔法を掛ける。鍵穴の中で、数回、赤い火花のようなものが散ったかと見えた。

 「これでいいはずさ。ダグ、試してみてくれるかな」

 「わかった」

 扉の合わせ目を慎重に探り、罠の仕掛けられていないことを確認しながら、ゆっくりと扉を押し開く。ぎしぎしと言う音が響き、次にキイイィという耳に触る音を立てながら、ゆっくりと扉が開かれる。

 「さては、そなた、鍵を開けるのではなく、壊してしまったのじゃな?」

 「大当たり!」

 (あき)れたように言ったアランファルサートに、アルフレッドは明るい笑みで答えて見せた。扉の向こうは真っ暗闇で見通しがきかない。アランファルサートが魔法で光球を作り出すと、あたりは明るく照らし出され、周囲の様子がはっきりと見えるようになる。

 扉の奥は20メートルほど通路が続き、その先は下りの階段になっていた。(ゆる)やかだが長く、地下深くまで降りていくようだ。

 「この先にドラゴンがいたりするのかな?」

 「いや、可能性は低いのう」

 「ほう、ドラゴンがいねえ。…その心は?」

 「扉を見たじゃろう。

 神々のレリーフの間にあったのは、ミルンファルドの国章じゃ。

 帝王一族の紋章でもある。

 なれば、この先は、ミルンファルド皇族のための礼拝所じゃろう」

 そう断言できるのは、上階でこの神殿についての資料を見ているからだ。そのことを一緒に語って聞かせる。

 「皇族の礼拝所? 皇族が、わざわざこんな地下深くまで、礼拝に訪れると言うことですか? 皇族用なら、地上のもっと便利な場所に造るのが普通ではありませんか」

 「地下深くゆえ、他の者が容易に入ることが(かな)わぬからのう。

 …もっとも、皇族が地上からここまで、歩いて降りてくるようなことはなかろうな。

 礼拝所には、皇宮とここをつなぐ、転移用の魔方陣があるのじゃよ」

 「なるほど、それならわかります」

 「ドラゴンの好むのは、礼拝の場ではなく、財宝じゃろう。

 なれば、この先をドラゴンが巣にして居る可能性は低いと見るべきじゃ。

 それに、この先は、天井や壁の崩れた様子もない。

 ドラゴンが入り込んでいるとは、思えぬのう」

 「そうか。…ならドラゴンはどこにいる? アラン、貴様はどう思う?」

 「おそらくは、隠し扉の類があるのじゃろう。さだめし、先程の扉のすぐそばであろう」

 「なぜ、そう思う? 上で見たという資料に書いてあったからか」

 「ここへ入る前に、地上の様子を見ておいたからのう。

 ドラゴンが出入りできそうな大きな穴がいくつかあるのを見た。

 今までに出会ったドラゴンの場所から離れた大穴の位置から見ての見当じゃ。

 …生憎と、資料にも、隠し扉の場所や、見つけ方までは書いてなかったな」

 「ようし、それならオイラに任せてもらうぜ」

 ダグラスが、猛然と周囲の壁を調べ始めた。先刻、正面の扉にばかり気を取られ、周囲の壁に十分注意を振り向けられなかったのを恥じて、それを隠そうとしているかのようだった。アランファルサートが、地上で見た穴の位置から推して、こちらの方だろう、と言うと、彼は素直に聞き入れた。

 十数分の間。そして、何か見つけたのか、壁の一カ所を念入りに調べ始める。

 「間違いねえ。ここだ」

 「見つかったのか、ダグ」

 「ああ、隠し扉だ。…だが、()かねえ。仕掛けが錆び付いちまってるのかも知れねえな」

 「なるほど、それなら僕の出番だね」

 そう言って前に出ようとしたアルフレッドを、アランファルサートは慌てて止めた。

 「待て!

 そなた、扉の絡繰(からくり)もわからぬのに、また前のように壊すつもりか」

 「そうだとも。これが一番手っ取り早いからね」

 「何と!

 普通の扉の鍵ならばともかく、このような建造物と一体になった仕掛け、下手な真似をすれば、神殿そのものが崩れるかも知れぬのじゃぞ」

 「…え?!」

 「ここの仕掛けがそうじゃとは限らぬ。

 しかしの、わしは今までにそういう仕掛けをいくつも見てきておる。

 うっかりと手を()れれば、建物自体が崩れたり、通路の天井が落ちたりして侵入者をやっつける仕掛けじゃ。

 こと、このような古い神殿には、そのような手の込んだ仕掛けがされていることが多い」

 「それは…知らなかったな」

 「へえ、物知りなのね。さすが、1200歳のおじいちゃん、ってことか。年の功だね」

 心なしか、青くなって言うアルフレッドのそばから、感心したようにリディが言う。

 「では、どうしたらいい? 貴様の考えを聞こう」

 「仕掛けそのものには触れぬよう、隠し扉の、扉の部分に穴を開けるのじゃな。

 アルフ、できるかな?」

 「ああ、そのくらいなら朝飯前さ。…でも、仕掛けのあるところを外すんだね? どのあたりを狙えばいいかな?」

 「それなら大体見当が付くな。隠し扉全体がこの(あた)りからここいら(へん)までだから、仕掛けがあるとしたら、大体ここらあたりだろう」

 そう言いながら、ダグラスが、仕掛けがあるとおぼしき、おおよその位置を手で指し示す。

 「だから、穴を開けるんなら、この(へん)、ってとこだな」

 「わかった、それで十分だ。なら、やるよ。…ディスインテグレーション!」

 一瞬のうちに、魔法の掛けられた場所が砂のように崩れ、(ひと)1人が(かが)(かが)んで通り抜けられる程度の穴が開く。壁の厚さは30センチほどといったところか。その向こうには今いるところよりもかなり広い通路が続き、前方には天井の穴から光の差しているところが何カ所も見える。

 一行は、音を立てないよう注意を払いながら、1人ずつ穴をくぐって先へと進んだ。

 目をこらせば、100メートルほども行った先は、広いホールのようになっており、何体もの像が等間隔に並んでいる――正確には、並んでいた跡がある。そして一番奥には、10メートルほどの高さ舞台の上に、大神(たいしん)達の像が並んでいるのが見えた。

 「宝蔵(たからぐら)じゃ、なさそうだぜ。お宝なんて、どこにもねえ」

 「確かにそうだ。だが、いるな」

 奥から流れてくる独特のにおいはドラゴンの体臭だ。それに、低く響くのはドラゴンの息づかい。今の位置からは姿こそ見えないが、これまでに遭遇したものより、圧倒的に大きな存在感が漂う。全員の顔に緊張の色が浮かぶ。

 「…やるのじゃな?」

 「もちろんだ。ここで引き返す、なんて選択肢はない」

 「そのとおりです。苦しい戦いになるでしょうが、勝ち目がないわけではない」

 「最初は僕だ。魔法で、奴の出端(でばな)をくじく」

 「よいじゃろう。

 じゃが、アルフ、年を経たドラゴンは魔法に耐性のあることを知って()るかの?」

 「魔法に耐性? それはつまり、魔法が()かない、ってことかい?」

 アルフレッドが虚を突かれたような表情を浮かべる。

 「そうじゃ。

 黒いドラゴンに、そなたの魔法が効いていなかったこと、忘れてはいまい?」

 「あれは…そういうことだったのか。でも、アランはドラゴンを魔法でやっつけたんじゃなかったのか?」

 「魔法への耐性は、無条件ではない。

 耐性があるとはいっても、時には、それを破って魔法が効果を上げることもある。

 それだけではない。

 どこまで魔法に耐えうるかは、ドラゴンの能力と、魔法の使い手の技量、その差、どちらが勝るかによって決まるのじゃ。」

 「では、アランは、あの黒いドラゴンよりも強い力があったから勝てた、ということかい?」

 うむ、とアランファルサートが頷く。アルフレッドの言葉の裏に隠れた、アランファルサートの方が遙かに優れた魔法使いであることの指摘は無視する。

 「よいか、ここにいるドラゴンは、気配からして、黒いドラゴンなど比ではないほどの老練な相手じゃ。

 魔法に耐える力も、遙かに勝っておろう。

 されば、ドラゴンに直接魔法を掛けようとせぬことじゃ」

 「ドラゴンに、直接掛けない?」

 「その通りじゃ。

 魔法に耐性のあるものは、直接自分に向けられた魔法には耐えることができる。

 しかし、魔法によって生じた事柄は、すでに魔法ではないゆえ、耐性があっても影響は(まぬが)()ぬ」

 「そういうことか! わかった、任せてくれ」

 そう言うと、アルフレッドは仲間達の方を振り返った。

 「僕が魔法を掛ける。君達はいつでも飛び出せるように準備しておいてくれ」

 「言ったな。よし、貴様を信じるぞ」

 「いつでもかまいませんよ」

 「任しといて、抜かりないから!」

 「アルフがどんな魔法を見せてくれるか、楽しみねえ」


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