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プロローグ 彷徨

知りたい。

その欲求が、彼を突き動かしていた。

死からよみがえったアンデッドの体。

1体の骸骨を依り代に現世に留まるおのれの実体は、青い光。

それが、この世にあるものに対しどのような存在であるのか。

どのようなかかわりを持つことが可能なのか。

興味と好奇心。

そして、この先、この時代、この世界で暮らしていくために知らねばならぬこと。

アランファルサートは、その答えを求めていた。


墓所を出たアランファルサートは、山の中を歩いていた。人も獣も通らぬ場所。木々や草で地上は覆い尽くされ、獣道(けものみち)すらない。

木々に触れながら、アランファルサートは歩いた。

木々に触れることで、植物の持つ生命力が感じられる。動物のような脈動し、一所(ひとところ)(とど)まろうとしない、活動的なものとは(るい)を異にする、しかし、何百年もの星霜に耐えてこの世にとどまることのできる強い生命力。

だが、ローブ越しとは言え、アランファルサートの体が触れると、植物は見る間に葉がしおれ、枝が細って枯れてしまう。アランファルサートの歩みに合わせて、その場に道ができていく。同時に、植物の持つ生命力が自分の体に流れ込んでくるのをも、アランファルサートは感じていた。


これはいかぬ。

草木の生命を奪ってしまっている。


植物といえども、動物と同じ有情(うじょう)。識が、物質である植物の体――幹や枝、葉といったものと結びつくことで、この世に生命として存在している。自分の体が触れることで、その結びつきが崩れ、植物が死んで――枯れてしまうのを見て、アランファルサートは驚愕を覚えた。


ローブには、魔法を遮り、呪術や、人間を超える存在の持つオーラから身を守る力がある。それは双方向に働き、自分自身の本体である青い光の影響が、外界に及ばないようにする効果があるはずだった。しかし、自分自身の持つ力は、予想を超える強さだった。

自分の体を――依り代である骨を覆う青い光に心を集中する。骨を覆って包んでいる光を、骨に沿って、集中させ、外へ広がらないように絞っていく。

集中が強まるにつれ、アランファルサートがローブごしに触れた植物は、少しずつ影響を受けなくなっていく。初めは大木が、次は灌木が、そして下生えの草が、踏みしだかれるだけで、生命を失って即座に枯れ果てることのなくなるまで、アランファルサートは集中を重ねていった。


やがて、木々のまばらな場所に出る。

植物に進路を妨げられない、開けた場所に出たアランファルサートは、足早に歩き始める。次第にその歩調は早まり、ついには駆け出す。

体の制御は思ったよりも上手くいっている。

生きていたときのイメージ通りに、今の体も動かせる。

心の中に描かれたイメージを、青い光が反映し、青い光の動くまま、依り代である骨が思うのままの形を取る。走り、跳び、自由に動き回れる。

次に、アランファルサートは、(こぶし)を地面に叩きつけた。自分の拳が地面を打ち砕き、大きな穴を()けるイメージを込めて。青い光は、心の中のイメージを再現し、期待通りの巨大なクレーターが出現した。

結果に、満足げに頷く。


やがて、アランファルサートは木々に囲まれた沼に出た。

風の吹かない静かな場所。鏡のような、という形容がそのまま当てはまる美しい水面(みなも)。すでに日は落ち、星の光がそのまま映り込んでいる。

沼のほとりで足を止めず、アランファルサートはそのまま水の中へ入っていく。

数歩進むと、急に底が深くなり、アランファルサートの全身は完全に水の中に隠れた。

もとより、呼吸の必要のないアンデッドの身、水の中にあっても、何の害もない。

ただ、空気中と違い、水中では水の抵抗のために体が思うように動かしづらい。

骨だけの体は、そのままで水に浮くこともなく、泳ぐこともままならない。

アランファルサートは、体──自分の本体である青い光に触れる水を感じ、そこから徐々に感覚を広げていく。沼の水全体に、心が広がって行き渡り、水との一体感を形成する。

そうなったとき、すでにアランファルサートは水と一体化していた。

水と一体であれば、水中に浮くことも、一切の抵抗を受けずに移動することも意のままであった。

これは、魔法とは違う。――少なくとも、一般に魔法として知られる技法ではない。

肉体から解き放たれ、識それ自体となった存在が、他の物質と一時(いっとき)同体化することで、その物質そのものの一部であるかのように振る舞うことができるのだ。

何日もの時をかけ、水と完全に一体化することに成功して、アランファルサートは沼を後にした。


空を見上げれば、空は青く澄み、中天近くに太陽が輝いている。

太陽、宇宙に存在する、それはエネルギーの塊にして、命の根源。

太陽から降り注ぐ光、熱、目に見えない力をアランファルサートは感じていた。これらは、太陽が周囲に振りまき、地上に惜しみなくもたらしているもの。地上のあらゆる生命の生きる元となるエネルギーの源。

その力を感じ、そのエネルギーを直接吸収する。青い光が、太陽の光と同化し、そのエネルギーを取り込んで行く。1秒ごとに、己の生命力――あるいは、己をこの世につなぎ止めている力が強まっていくのが感じられる。

アンデッドでありながら、日の光に(そこ)なわれることなく、逆に、そのエネルギーを自らの命とする能力。それは、他のアンデッドと比べ、アランファルサートの生命が桁外れに強いことの(あかし)だった。

更に、心を澄ませ、集中を高めれば、青く輝く空の色に隠れた、無数の星々の光が感じられる。夜ならば、誰にも見える満天の星。その存在を、昼日中(ひるひなか)、アランファルサートは無数のエネルギーとして感じ取っていた。

世界は、かくもエネルギーに満ち、存在に満ち、生命に溢れているのだ、と、アランファルサートは感じ取っていた。

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