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96.問われる覚悟

朝靄の深い木立に 剣が空を切る音がこだまする。

息を整え、剣を払う音に集中し、仮想の相手の気配を追う。滴る汗で滑る柄を強く握り込み、鋭く背後に振り抜いた。

鈍い剣戟の音が辺りに響く。

受け止めた剣の重さに、ライルは足を踏み締めた。

「…ライックか」

ライルが相手を認めて、気を緩めたところに更なる手が繰り出された。咄嗟に後ろへ距離を取り、改めて目の前の相手に集中する。

「久し振りに 手合わせ願おう」

ライックは発すると同時に剣を繰り出し、その勢いを止めぬままに胸めがけて払った。寸でのところで躱し、さらに後ろへ下がると、腰を落とし正眼に構えた。何度か仕掛けるがいなされ、付け入る隙が生まれない。

いつもなら軽口を叩くライックのただならぬ気配に ライルの集中も増してゆく。

(次の手が勝負…)

ライックの息遣いを読み、間合いを図る。

仕掛けるか?…いや、腕はライックが上だ。勝機は攻撃で繰り出された剣が身体を掠める一瞬。 肉を切らせて骨を断つ、そこに活路を見出す。ライルは大きく息を吸い、ゆっくりとと吐き出し呼吸を整えた。それを待っていたかのように、ライックの剣が突き出され、ライルはそれを避けることなく 自身の剣をライックの伸びた腕の下めがけて、下から上に払いあげた。

━━━筈だった。ライルの剣はライックの短刀により柄を抑えられ、剣はライルの首筋に当てられていた。

「…勝負アリ、だな」

ライックは剣と短刀を引き、鞘に納めた。ライルもそれに倣う。

息を整えるのに必死なライルと違い、乱れたところの無いライックは ライルの姿を見つめていた。

「…真っ直ぐな剣筋ですな。人柄そのままだ」

独語に近い言葉と同時に、ライルの身体は地に伏した。ライックに身体の自由を奪われ 抗うが腕ひとつも自由にならない状況に茫然自失する。

目立った抵抗もないまま 茫然とするライルにライックは、その拘束を緩めることなく問いかけた。

「…これでマオを護れるのか?抗う術を持たないのか?」

その問いに応えるように、ライルは全身に力を込め、ライックに鋭い視線を向けて抗った。

「マオを護る!」

ライックはようやく拘束を緩め、ライルは身体の自由を得た。

「愚直だな…、眩しいくらいに正義に溢れ 真っ直ぐだ。それは 貴方の魅力だ。

だが、己の力が全てに勝る訳ではない、それでも全てに己だけで抗おうとする。それで護れるのか?」

「…」

「護る、言葉で誓うのは易いものだ。でも、現実はどうだ?王宮を出て独り、マオを護れたのか?

…マオはただの娘じゃない。彼女を求めて争いが起きる、国をかけて護る存在だ。それに独り立ち向かったところで、それは自己満足に過ぎない」

ライックはライルの両肩を掴み、真っ直ぐに向き合った。ライルはその瞳に真摯に応えた。

「もっと泥臭くていい。周りの力を借りて、利用して、策をめぐらせて。…貴方の父上に学べ。理想だけでは護れない。

この国がマオの盾となり剣となる。その礎は築かれている。それを継ぐものとなる覚悟はあるか?」

「…それは父上の後を継ぐということか…?」

「ヴィレッツ殿下はその覚悟を決められ、宰相閣下の元におられる。」

「…兄上がおられるではないか…」

「マオをこの世界に繋ぎ止める役目はライル、貴方だけだ…ミクのように元の世界へ還すのか?

自分のせいで争いが起きると知ったら、彼女は身を引く、ミクのように。

マオの存在は争いの種だけでは無い。

まだ王太子では役不足なんだ。国王の存在が必要なんだ。ミクを失った国王の心を支えられるのはマオだけだ」

マオが還えろうとしていたことを思い出し、ハッとした。マオがいない…その喪失感を想像しただけで身体が震えた。

「ただの近衛騎士では無理だ。

マオを護るために、国をも利用できる立場にあるんだ。綺麗事ではマオを護れない」

ライルは押し黙ったままだったが、その瞳に灯る焔にライックは気付き、肩に置く腕に力を込めた。


幼いライルから母親を奪ったことが心の枷となり、ニックヘルムがライルと距離を置いていた。

贖罪なのかライルを暗部に関わらせなかったこともライックはしっている。

母親の、気高く真っ直ぐで純粋なところをそのまま受け継いたライルに ニックヘルムは妻を重ね、失いたくなかったのだろう。

でも、このままではダメだ。

大切なものを護るために、この男(ライル)は変わらなければならない。


「…父上と話がしたい、居るんだろう?」

ライックはライルに手を貸し立たせると、頷いた。


朝靄は晴れ、木立の隙間から陽が差し込む。

朝露が陽を受けて煌めく。

心を決めたのは、爽やかな朝。

二人の背に注ぐ陽の光は柔らかく温かいものだった。






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