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94.独占欲

マオの診察を終え、ヤシアが東屋へやってきた。

その表情は硬く、ライルにチラリと視線を送って、タクラの隣に腰掛ける。差し出されたお茶をひと息に飲むと、大きく息を吐いた。

「ヤシア、診察は済んだのか?」

白銀の髪をかきあげ、額に手を置くともう一度 大きく息を吐いた。

「あぁ、終わった。熱もあるから薬で眠っている」

タクラの問いに応えながらも、ライルに向ける視線は外さない。それは鋭く、猛禽の眼のようだった。

「…なぁ、なんであんなにアザや傷だらけなんだ?左手はヒビが入っているし、足の傷はまだ治りきってない上に化膿しかけている。背中には大きな傷跡。見える傷だけじゃない。髪もそうだし、胸にあんなものをつけられて…!」

怒りを抑えているのだろう、ヤシアの声が震えている。本人から話は聞いている、だが、納得できないとヤシアはライルに詰め寄った。

視線だけでなく、全身に敵意を漲らせてライルに迫るヤシア。ライルは 向けられる怒りを当然だ と受け止めた。

真緒が辛い思いを重ねてしまったのは、無力な自分のせいだ。誰かに責めて欲しかった。責められて当然だと思う。

「やめるんだ、責めてどうなることではないだろう」

ヤシアの責める声をタクラが宥めた。わかっている、わかっている、ヤシアは頭を左右に振り呟いた。

「あんなに小さな身体に、…あまりに…」

ヤシアの肩を抱き寄せて 胸元に抱くとタクラは震える背中を優しく撫でた。

「タクラ、俺は責められても仕方ない」

ライルの言葉に、タクラは視線を妻からライルに戻した。

「ひとりで何でもできると思っているのか?

そんなのは、驕りでしかない。己の力不足を認めるのは大切なことだ。しかし、己を責め、他者から責められることで許されることなど、決して無い。

それは自己満足でしかない。

ライル、貴方がひとりで足掻くのは勝手だ。

だか、周りの人間の力を借りる度量があれば、

マオも 貴方も もっと生きやすくなる。

…マオがここまで来るのに、多くの人間の助けがあっただろう?…もちろん貴方も。

マオにもっと頼って欲しいと思わないか?

…貴方の周りも、そう思っている筈だ。

ひとりで何でも背負うな。

それはマオにとっても重荷になる」

タクラは言い終えると、真緒のいる家に視線を送り、行ってやれ、とライルを促した。

ライルは立ち上がると、深く二人に頭を下げ東屋を後にした。


小さくノックして、扉を開ける。

奥の壁際のベッドに小さな身体が見えた。ライルはゆっくりとした足取りで真緒へ近づいた。規則的な息遣いが静かな部屋の中に響く。こちらに背を向け丸まって眠る真緒は、いつも以上に小さく儚く感じられて、触れる手が躊躇い空を彷徨う。ベッド脇に置かれた椅子に腰掛け、目の前の背中を見つめた。

(…すまない、マオ…)

顔を両手で覆い、項垂れる。

己が力を尽くせば 、強い心があれば全てのものからマオを 護れると思っていた。だが、結果はどうだ?

…タクラの言う通りだ。

己ができることなど些細なことだ。

それでも、

マオの心を自分が支えたい。

マオの唯一でありたい。

…マオを誰にも渡したくない。

閉じ込めてしまいたい。

自分だけを頼りにして、自分だけをみて欲しい。

身のうちから湧き上がる禍々しい欲望が抑えられず、そんな自身を蛇蝎(だかつ)のごとく嫌悪する。

醜い自身を知られたくなくて、ライルは立ち上がり、背を向けた。

「…ライル?」

微かな声で名を呼ばれ、身体が震えた。振り返ることも出来ず立ち尽くしていると、ライルの指に真緒の指が絡んだ。

「…傍にいて…」

絡んだ指がライルを引き寄せる。真緒の指に導かれるまま、再び腰掛ける。 真緒はトロンとした瞳で微笑むと、そのまま瞳を閉じた。絡めた指で優しく撫でると、真緒の指は誘われたようにライルの指をなぞった。その指を両手でで包み込み、額を寄せた。

(マオ、俺の全てを賭けて護るから。どこにもいくな、俺の傍にいてくれ…)

真緒の温もりが繋ぐ手から伝わり、ライルを優しく包み込む。その優しさかに絡められた鎖から解き放たれたようにに心が軽くなるのを感じた。


髪を撫でる心地良さに、ライルの意識はゆっくりと浮上する。いつの間にか寝入っていたようだ。重い瞼を押し開けようと意識を集中すると、真緒の囁くような歌声が聞こえてきた。

それは、知らない旋律、異国の言葉で綴られたもの。

ライルの髪を撫でた指は、旋律に合わせて背中に優しく触れる。

(…もう少しこのままでいたい)

ライルは瞼を開けることを止め、真緒の歌声に耳を傾けた。同じ旋律が繰り返され、異国の言葉からハミングに変わった。

「…ライル、大好きだよ…」

真緒の呟きに ライルの身体がピクリと反応する。

「━━起きてるの?」

真緒の焦った声と同時に、ライルを包む温もりが消えた。寂しさを覚え 身体を起こすと、真緒は毛布を頭から被って背を向けていた。ベッドの上に座り込む背中が震えている。

「…聞こえた…?」

「…うん」

震える声に応えると、その背中は一層小さくなった。

ライルは真緒を毛布ごと抱き込んだ。頼りない華奢な身体は消えてしまいそうで、抱く腕に力を込める。

真緒が身体を捩ると、毛布がすり抜け、赤みの差した耳元が顕になる。熱を帯びた耳元に唇を寄せて想いを紡いだ。

「マオ、愛している」

毛布越しにも真緒の身体が熱を帯びたのが判る。胸焦がれ、早まった鼓動を誤魔化すように髪に頬を擦り寄せた。

「…ごめんね、髪切っちゃった」

「…うん」

「ペンダント…。ライルが私を見つけられないように 置いていったの」

「…うん」

「帰ろうと思ったの、元の世界。誰も私を知らないところへ行きたかったの」

「…うん」

「ライル?」

真緒は器用に腕の中でライルに向き直った。

「ごめんなさい、勝手に飛び出して」

怒ってる?真緒は上目遣いにライルをみあげた。ライルは真緒の額に自身の額を合わせた。

「怒ってるよ、だから許さない」

お互いの息のかかる距離で瞳を絡ませ、囁く。

「…俺の傍にいるんだ、どこにもいくな」

唇を重ねれば、甘い吐息に包まれる。ライルは真緒の短い髪を撫で、より深く唇を求めた。

身動ぐ真緒を強く抱き締める。

「愛してる。失いたくないんだ」

真緒の頷きが、ライルの胸元から伝わってくる。

「…髪を伸ばして。マオの黒髪に触れたい」

頷きが返ってくる。真緒の腕がゆっくりとライルの背に回され、互いの熱を伝え合う。

言葉は要らなかった。


しばらく後、ライルは真緒の身体を解放した。

真緒がみせた寂しげな様子に、熱が離れる寂しさを真緒も感じていると判り 嬉しかった。

「さぁ、休むんだ」

真緒の身体を横たえて毛布をかける。はにかみながら頭から毛布を被る姿に、笑みが零れた。























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