9.物語の欠片
来た道を2人並んで歩く。
イザの表情は固いままで、会話のない帰り道は街へ向かうときよりも遠く感じた。
それにしても、だ。
真緒は横目でイザをみる。
せっかく街まで行ったのに そのまま帰ることになるとは。あれからイザはおかしいし。
母の物語にあったベルタは、石畳の路が続き、白い塗り壁に色とりどりの屋根が連なる美しい街だ。テレビで見た南フランスの街並みが一番しっくりくる。
活気に満ちた市場には人が溢れ、広場には大道芸が催される。花屋のおじさんは居眠りが日課で、野菜売りのおばさんはいつもおまけしてくれる。
街の中心には大きな鐘のある塔があり、噴水には恋人が集う。時計台のジンクスもあったな。
街で物語の欠片をみつけられたら、母を近くに感じられると思った。
突然知らない世界にきた心細さを、物語の欠片探しで埋めたかったのかもしれない。
真緒が母の物語を思い起していると、イザがボソッと呟いた。
「今日は 悪かったな」
真緒は首を横に振りイザの顔をみた。
「また連れていってくれるんでしょ?」
あぁ、約束する、と頷いたので良しとする。もういつものイザだ。
そういえば、母の物語にイザは出てこないかも。
騎士になった弟はいたっけな。異世界の弟かぁ、本当に存在するなら会ってみたいな。
通常モードに復活したイザだったが、街であったライックについては話してくれなかった。
昔世話になった人だ、そんな一言で片付けられた。
「世話になった人への態度とは思えなかったけど?」
「分別ある大人は敬う相手を心得てるのさ」
「ふーん、敬えない相手なんだ」
「どうかな」
ちょっと寂しそうにみえたのは気のせいかな?
その後は他愛もない会話をしながら宿屋まで歩いた。
鐘より早く帰ってきた二人をみて、マルシアは何か言いたげだったが、疲れたろ?夕方まで部屋で休みな、とそれだけ言ってキッチンへ戻っていった。
真緒が階段を上がるのを見送って、イザはキッチンに足を向けた。夕飯の下ごしらえの手を止めず、マルシアは何があったのか尋ねた。
「ライックにあった。先遣のヤツらがベルタにいる」
「それで?」
「あぁ、だから街へはいってない。しばらく自警団にに世話になるっていってた。オレもしばらくは自警団に詰めることになる。村にはこれない」
「マオのことは大丈夫さ」
「ライックが来たってことは、今年はあの男もくるのかね?」
イザはその問いに顔を歪めた。
「ライックは宰相の子飼いだからな、そうなのかもな」
イザは知っている。
あの手紙を握りつぶしたのは宰相《あの男》だということを。
王子の側近として同行していたあの男は、未久に王子の前から消えるよう何度も迫っていた。王子と現王妃との婚姻を進めるために。自身の仕える王子を王にするために。未久を切り捨てたんだ。
未久は消えた、永遠に。
愛というには幼かった未久への想い。
13歳の自分には護る術がなかった。でも今は違う。
真緒に害なすなら容赦はしない。
未久の物語に自分はどう語られているのだろうか。
彼女に自分はどう映っていたのだろう。
…物語の欠片になれたのだろか。