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84.旅路

霧の立ち込める中、ふたつの影が宿屋を後にした。

「痛みはないか?」

エドに聞かれて真緒は頷いた。

すこぶる快調!とまではいかないが、この三日で身体はかなり回復した。普通に歩くには問題ないはずだ。

この村は、ベルタの街へ向かう近道の山越えルートにあたるらしい。街を避けたことで、自然と近道を選んでいたとは。私の勘も捨てたもんじゃない。

「エド、私に合わせてたら採用試験に間に合わないんじゃないの?」

真緒は気にっなていたことを聞いてみた。

「採用試験?なんだそりゃ」

傭兵は現地調達のようなもので、腕に覚えのあるものが、軍が駐屯するところに出向いてアピールするらしい。日時や場所が決まってる訳では無い。それに まだ睨み合ってるから猶予があるんだ、そう笑った。

真緒を気遣ってか、歩みはゆっくりだった。歩きやすいと思ったら、エドが歩調を合わせてくれていた、さすが イケオジ!

ライックが父さんポジとすれば、エドは兄ポジだ。イザと同じく兄貴臭がする。なのに時折感じる視線はライックが見せる視線に似ている。エドに感じる違和感はこういうことなのかもしれない。


エドは休憩にうるさい男だった。

大丈夫だと真緒が言っても、休むといってきかない。闘える男は、いつでも最高のパフォーマンスができるようにするもんだ、そのために休憩は大切なんだといって座り込んでしまう。真緒が休むまでテコでも動かない。先を急ぎたい真緒としては、こんなに休んでいたら埒が明かない、身体が休んでも気持ちが休まらなかった。

「エド、もう行こう?」

このセリフも何度目か…。どうせしばらくここで足留めだ。近くを散策したい。立ち上がると、まだ座っておけ、エドが手を引いた。真緒は仕方なくエドに耳打ちした ”トイレ"

あぁ、悪い。エドはマオに行ってこいと、茂みを指さした。

ちょっとした罪悪感は感じるが、溜まりつつあるストレスを解消する方が大事だった。言われた通りの茂みに身を屈め、その姿勢でペンギン歩き。ゆっくりとその場を離れた。

少し離れた茂みからうしろを窺う。

大丈夫、つけられてない。さすがに女の子のトイレを覗き見する変態行為はしないか…、疑ってごめんなさい。心の中で詫びつつ、水音のする方へ足を向けた。

茂みを抜けると川が流れていた。そっと手を入れるとその冷たさに驚く。沢水?雪解け水が流れているのかな?足が疲れで張ってきている、冷たい水に浸したら気持ちよさそう。真緒はズボンを捲り、靴を脱ぐと両足を膝まで浸した。はぁぁ…気持ちいい…

掬った水で顔を洗う。そして口を潤す。マイナスイオンを全身に浴びて、心が開放される。


真緒の警戒心も解されていた。背後から迫る気配に気づくことができなかった。

突然動きを封じられ口を塞がれる。水音が立たないように足も絡められ、そのまま水中へ引きずり込まれた。息ができない…!逃れようと身を攀じるがビクともしない。力を強めてくるわけでもないのに、身動きが許されない。

(ライル…助けて…)

脳裏に浮かぶ愛しい人。真緒は意識を手放した。


動かなくなった真緒を水から引き上げる三人の男たち。村人のような服装をしているが、隙のない動きと無駄のない体躯は異質だった。言葉を交わすことなく真緒を後ろ手に縛り上げていく。

唐突に、男の一人が声もなく倒れた。それを合図に一人が真緒を背負い、もう一人が臨戦体制をとった。2本の短剣を左右に構え、辺りを窺う。

二人の前に男が現れた。川べりの砂利の上を歩いているのに、エド━━ハルツェイの足音はしなかった。緊張が高まってゆく。

どこのものか?そんなことは聞かない。死体が語ってくれる。ハルツェイは歩みを止めることなく前面の男に切りかかると一刀で沈めた。その剣先を止めることなく真緒を背負う男の腹に定めると、躊躇いなく貫いた。

真緒を抱き上げて、屍を見遣る。無駄のない体躯、先程の動き…組織的な裏部隊の一員だろう。

こいつらは、この少年の正体が真緒だと知っている、ということだ。髪を変えたのは昨日のこと。王城から尾行していた自分に気づかないように、あの村まで着いてこれるとは考えられなし、あの村には(シュエット)が複数潜伏していた。王宮内で情報が漏れているのか、途中で伝令が殺られたか、だ。

真緒の拘束を外す。合図と共に影が現れ、屍を回収してゆく。まだベルタの街まで距離がある。こんなところで狙われた事実にハルツェイはユラドラの本気度を感じ取ったのだった。


何かが爆ぜる音がする。

暖かい。柔らかい何かに包まれていて安心する。頬に触れるそれの感触を確かめたくて、頬を寄せてスリスリする。ゴワゴワの髪を撫でる手が優しい。

「起きたか、マオン」

なにか飲めるか?エドは真緒の背を支えてカップを手渡す。湯気の上がるそれはほのかに甘いお茶だった。むせ込んだ後のように喉が痛い。

私…どうしたんだっけ…?

ゆっくりお茶を口に含みながら、思考を巡らす。

「溺れたんだよ」

トイレに行って溺れるって、どんだけマヌケなんだよ、エドは呆れ顔だ。溺れた…?いや違う、沈められたんだ、自由を奪われて。

「…誰か見なかった?」

いや、あまりに遅いから見に来てみれば川辺に倒れてるから驚いたよ、こんな季節に川に入るなんて何考えてんだよ、エドはカップを受け取り、真緒を再び寝かせた。

「━━━━━それとも、狙われる理由があるのか?」

エドは背を向けているのでその表情は見えない。何を意図して聞かれているのか解らない。だから、答えられなかった。

「大丈夫だ。もし狙われる事があったら俺が護ってやるよ」

これでもなかなかの腕なんだぞ、とエドは優しい笑みを湛えておどけて見せた。真緒は微笑み返して頷いた。

「とにかく寝ろ。身体が冷たくなってたんだ。」

今晩はこの宿に泊まる、そういって真緒の上掛けをかけ直した。


森の夜は更けてゆく。

森に蠢く奴らを始末しなければ。これは楽しい狩りになりそうだ。目を細め、口の端を上げて笑う。

真緒に優しい瞳は、冷酷な光を放っていた。






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