83.変装は徹底的に
2日も寝込めば、さすがに飽きてくる。
この世界の人たちは世話好き?いや、お節介なタイプばかりなのだろうか。エドは真緒がベッドから起き出すのを許さず、逃亡先でもベッドに拘束されていた。
(変わらないじゃん!)
真緒の我慢もそろそろ限界だった。
身体を治さない限り連れていかない、とエドに言われ渋々従ってきたが、我慢するにも限度というものがある!よし、起きるぞ!
エドは朝食を運んでくると昼前まで出かけていることが多かった。チャンスだ。
そろりと床に足をつけると、ひんやりとした感覚が気持ちよかった。靴を履き、服を変える。
エドが用意してくれたものだ。
ワンビースはなぁ…。まあ、これしかないから仕方がない。
階段を降りて一階へと向かう。
足取りも快調だ。筋肉の震えはない。これなら明日にも出発できそうだ。追っ手が迫っているはず、時間が惜しかった。
昼間の酒場は閑散としていて、真緒の靴音だけが響く。真緒は店の店主を探して、厨房へと向かった。大体どこの店も造りは同じ。迷うことなく辿り着くと、竈に身体半分突っ込んで掃除をしている男に声をかけた。真緒の声に尻餅をついて驚いていたが、真緒の頼みには笑顔で、好きなだけ持ってきな、と快諾してくれた。
バケツを持って井戸に向かう。
台所から勝手に拝借した短刀を取り出し、自分の髪に当てる。ちょっと躊躇い、手が止まった。
(結構気に入ってたんだよな、この髪)
少し摘んで指に絡める。
優しい眼差しと撫でる手を思い出し、慌てて頭から追い払った。未練を断ち切るように思いっきり短刀を引いた。一度やってしまえば、腹が据わる。黙々と短刀を振るった。
ベリショートな感じ?なかなかいいんじゃない?
井戸に映るイメチェンした自分に納得すると、バケツの中身で髪を洗った。
うひゃー、酒臭い…。その強い芳香に吐き気を催したが、ぐっと堪えて そのまま続けた。
この国には ビールに似たものがある。真緒は酒は飲めないが、マルシアの店でも、ダンの店でも当たり前にある飲み物だった。
真緒も話に聞いただけなので、これで髪が脱色されるかはやってみなければわからない。瞳の色は仕方ないが、髪なら脱色することで誤魔化せるかも、やってみる価値はあると思っていたのだ。
井戸水で流し、あとは日光に当てるのだ。
少しは脱色したかなぁ…、井戸の鏡では色の変化まで分からない。左右のバランスが少し気になる。再び短刀を取り出すと耳の後ろ髪を摘み、刃を当てた。
突然の衝撃が真緒の身体を襲い、地面に投げ出された。右手の短刀は蹴り飛ばされ、真緒の上に影が落ちた。
「何するんだ!」
いきなり怒鳴られて真緒は目を白黒させた。
エド、どうしたの?そんな怖い顔して…
ポカーンとした真緒の様子に、エドも自分の思い違いを感じたようだった。渋い顔で真緒に手を差し出すと、身体を引き起こした。
「マオン…その髪…」
エドの表情が強ばっているのがわかる。指摘されれば真緒の心もズキンと痛んだ。敢えて気付かないふりして、明るい声を出す。
「どう?似合うでしょ」
ベリーショートの髪をつまんで笑ってみせる。その手をエドは掴んで、痛々しげな表情を浮かべた。
「女が髪をこんなにするなんて…」
真緒はクスッと笑って、そのうち伸びてくるしね、となんてことはない、と言ったが、エドは納得できないようだった。
「これから物騒なところへむかうでしょう、旅の安全のためにも男の子の方が都合がいいでしょ?」
だから男物の服が欲しい、そうお願いした。
男並みの短い明るい茶色の髪、小柄で中性的な身体つき。そういわれれば成人前の男子にみえてくる。
マオは逃げ切るために、この変装をかんがえていたのか…
短刀を拾いあげ 自身の腰に差し込むと、真緒の背を押した。
「お前酒臭いぞ、風呂入れ」
「酒で髪を洗ったんだ、色が落ちるんだよ」
黒髪以外はどうなるか知らないよ、真緒は屈託なく笑う。宰相の言ってた通りだ。何をするか予想がつかない。これも渡り人の知恵なのか。面白い。エドは自覚のないまま笑みを浮かべていた。
明日、ここを発つ。そう告げると、真緒はあっさりベッドに入った。しばらくすると規則的な寝息が聞こえてきた。昼間のことがある、エドはしばらく扉越しに様子を伺うことにした。
昼間はド肝を抜かれた。
短刀を首に当てている姿には肝を冷やしたが、自死を選ぶような神経の持ち主ではなかった。女の命ともいわれる髪を切り、特徴的な髪色を変えた。性別まで偽り、逃げ切ろうとするその強かさ。あの宰相が目をかけるだけのことはある。ユラドラが狙うのも頷ける。これは 本腰を入れて取り組まないといけないな…
階段に気配を感じ、思考を止める。
もう一度、真緒が寝入っていることを確認して、扉を閉める。気配に続いて階下へと向かった。




