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82.それぞれの想いを秘めて

宰相ニックヘルムの執務室には朝から来客が絶えなかった。日常の風景ではあるが、今朝は気が抜けない相手ばかりだった。

ヴィレッツもその一人だ。

「説明してくれないかな、宰相」

書類から目を離さず、忙しさを強調するようなニックヘルムの態度にヴィレッツは苦笑いを浮かべる。


この男は策士だ。


マージオを王位につけるために暗躍し、その地位を確実にするため魑魅魍魎うごめく貴族社会を、裏も表も牛耳っているのだ。

「なんのことでしょうか?」

表情を動かさず、淡々と返してくる。私邸の周囲は蜘蛛(アレニエ)を含め精鋭の騎士が詰めている。そこを出し抜いてマオを連れ去れる力を持つのは宰相しか有り得ないのだ。そして、密かに地下牢から消えた精鋭がいることも掴んでいた。

「地下牢の男がひとり自死、あっという間に遺棄されたという。市井はいつから墓地になったのやら」

ようやくニックヘルムの手がとまった。

「令嬢の警護も計画のうちか?」

何回かこの令嬢の警護は依頼されており、ヴィレッツもそのひとつだと捉えていた。が、マオが消えた以上、この男の意図が絡んでいると思わざる得ない。

「…先ほどナルセル殿下もおいでになりました。あの娘は、よほど殿下方の心を掴むのが上手だとみえる」

ニックヘルムはペンを置き、両肘を机につくと顔の前で組んで、大袈裟にため息をついた。

舞台役者のような大きな身振りで、それで?と言わんばかりの態度を崩さなかった。そんな挑発に乗るヴィレッツではない。こちらも大袈裟なため息をついて、机を挟んでお互いの視線をぷつけた。

「我々は手を組むべきだ。お互いの手を尽くせば、この国をもっと豊かにすることができる。危機に対しても、強固で確実な手が打てる」

「宰相がこの国をずっと支えてきたことは承知している。それが間違っていたとは思わない。この国が恒久的に豊かで平和な国であるためには」

ヴィレッツの挑むような視線をニックヘルムは逸らすことなく受け止めた。

「誰かが、その役目を引き継ぐ必要があると思わないか?」

お互いの腹の内をさぐるような 緊張を孕んだ沈黙が、二人の間に生まれる。

「このままでは砂上の楼閣になりかねない」

「…テリアスもライルも、この役目は無理だ」

「私を選べ、ニックヘルム」


重い沈黙をノック音が破った。

文官が朝儀を知らせる。ニックヘルムは短く了承の返事を返すと、席を立ち扉に向かった。

「ニックヘルム…私を選べ」

無言のまま退室するニックヘルムの背を視線で追う。この男に認められるには、まだ力が足りない、か。

まぁ いい。

認めさせればいいことだ。

あの男の足元にも及ばないことは承知している。まだ時間はある。ナルセルの御代だけでなく、その先に繋がる安泰と繁栄のために、私が担うべき役割。


主の居ない部屋に用はない。ヴィレッツは執務室を後にした。




仕事に就く前に、真緒の顔を見たかった。

昨日は既に眠っていて、薬がよく効いているようだった。深い眠りの真緒に近づいて髪を、頬を撫でる。

━━━合わせる顔がない、でも離したくない。

悔しさに噛み締めた唇に血が滲む。血の味が心の苦味を引き立てる。

父上と話をしよう。

ナルセル殿下との婚約を止めるんだ。


そう決意した昨日を思い出しながら、扉を開ける。

信じられない光景が飛び込んできた。

めくられた上掛け、ベッドには人型のクッション…

自分が見ている映像が理解できなかった。


なんだ…?何が起こっている…?


震える足でベッドに近づくと何かが光った。

真緒が身につけていたペンダント。ちぎれのない鎖は真緒の意思で外したことがわかる。

それを手に取りそっと撫でる。これはミクの形見だと大切にしていた。それを置いていったのだ。どんな気持ちでこれを外したんだろう。

マオは国王の娘であることも、渡り人であることも捨てたのだ。もうこの場所に戻らない、決意の証。

そして

あのとき、ナルセル殿下との婚約話がでたとき。

マオは 何も言えなかった俺に絶望したんだ。


━━━マオを護る


何度その言葉を繰り返していても、マオが助けを必要としたときに俺は逃げたんだ、その事実は変わらない。


俺はマオを裏切った。


ライルは力なくその場に崩れた。

マオを失った。マオの気配を感じるはずのペンダントは、ここにある。それはマオからの拒絶の意思。

マオを護る、その気持ちに嘘はないのに、なぜこんなことになってしまったのだろう。


━━━足りなかったのは、覚悟だ。


自分が求めたのは、国王の娘でも、渡り人でもない。

屈託なく笑い、人を想い、よく怒る。自分の意志を強く持つ凛とした女性。

知り合いもいないこの世界に 自分の意志とは関係なく連れてこられても、自ら考え、自分らしく生きることに拘って立ち向かう芯のある女性。


━━━マオを護る力


それはの己の意志を貫く覚悟をもつこと

力あるものに屈することでもなく、ただ抗うものでもない。

他人や悪魔に求めるものでもないのだ。

己の中に刻みつけて、立ち向かっていくことなんだ。


心は決まった。

マオを迎えにいく。

マオの笑顔と信頼を取り戻すんだ。

ライルの瞳に力が宿る。決意を秘めた表情に迷いはなかった。









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