8.街の入り口で
イザの背に隠れるように後ろをついて歩く。
簡素な塀に詰所ががあるだけの門を抜けて、街へと入った。イザの隣りに並び立つと、そこは石畳の大きな広場だった。とにかく広い。野球場がすっぽり入りそうだ。行き交う人もまばら。露天もなければ噴水も花壇もない。文字通りただの広場だった。
がっかりしていることに気付いたのか、イザが説明してくれる。この広場は有事のときに使う場所で、市場はこの先にあるそうだ。
石畳の広場を突っ切ると、広場前の門とは明らかに違う強靭な扉が現れる。門戸は開かれており、荷車や馬車が行き交っていた。
「ここがベルタの街だ」
イザは真緒のフードを確認すると 絶対に離れるなよ、と念を押し、真緒の肩を抱いた。
「ぎゃぁぁ!なっ、なっ」
年頃の乙女の動揺は半端ない。彼氏どころか好きな相手すらいなかった恋愛超初心者の真緒には手繋ぎを飛び越えたその行為に心臓が止まりそうだ。
「…?お前、何意識してんだよ」
ガキは好みじゃない、イザは真緒の反応が意外だったのか、口ではからかっても肩に置いた手を退けた。
「ガキじゃない!もう18よ、結婚だってできるんだから!」
サッと距離をとり気迫で威嚇する。真っ赤な顔に震える声で抗議する真緒の姿に悪戯心が刺激された。
「女って言うのはさぁ~、こうよ」
イザは両手で理想の身体を表現してみせた。いわゆるボン キュッ ボン である。
「 エロ親父!」
真緒が怒ったところで可愛いものだ。イザはすっと真緒の腰を抱き寄せた。
「お前、クビレもないな。肉も薄いし」
ちゃんと食べてんの?まだまだ発展途上だな、
抱き込まれ、全身を熱いものが巡る。イザの声が頭の上で響き、髪に息がかかる。真緒の思考はショート寸前だった。
「私はこれでいいの!イザの好みなんて知らない!」
全力で胸板を押し返すと、抵抗なく身体が離れた。
失礼極まりないイザの手を振り払い、ズンズン歩き出す。もう、知らないっ!顔が熱い。きっとまだ赤い。
真緒は顔を上げることが出来なかった。
「こんなところで痴話喧嘩かい?」
笑い混じりの声に呼び止められ、真緒は足を止めて顔を上げた。声の主を見つける前に、イザの背中に視界が遮られた。背中腰にイザの緊張が伝わってくる。
「久し振りだな、イザ」
「…お久し振りです、師団長。…今回の先遣は師団長でしたか…」
イザの低い声にハッとする。真緒は無意識にシャツを掴んだ。さっきまでのふざけた雰囲気が消え、警戒しているのが伝わってきて真緒も息を殺す。しばらく無言のまま時が過ぎる。沈黙を破ったのはイザだった。
「…師団長、用があるのでこれで失礼します」
抑揚のない声で告げると真緒の腕を強引に引き、歩き出した。
「つれないなぁ…。後で顔出せや。しばらくはベルタの自警団に世話になるから」
ライック師団長は立ち去る2人の背に声を掛けたが、イザは無言を貫いた。イザの歩く速度はどんどん増し、真緒は小走りで必死に追うが、掴まれている腕の痛みが増していく。
「待ってよイザ、痛い!」
真緒は堪らす声を上げた。立ち止まりはしたがイザは腕を離してはくれず真緒は戸惑った。
「ねぇ、あの人知り合いなの?」
来た道を振り返ったがもう彼の姿はなかった。
「今日はやめだ、帰るぞ。また今度連れてきてやるから」
えー、せっかく街まで来たのに!
真緒は反論しようとイザを見返して言葉を飲み込んだ。見たことのない厳しい表情をしたイザに何も言えなかった。
腑に落ちないまま、イザに促され真緒はベルタの街を後にした。