79.脱走犯の本気
仄かな明かりも眩しくて、真緒は眉を顰めた。
(ここ…どこ?)
見覚えのあるような、ないような…
室内を見回して、もうひとつのベッドをみて理解した。ヴィレッツ殿下のメイド部屋だ。
(私、どうしたんだっけ?)
頭が重い。鈍る思考を無理矢理動かしていく。思い出せたら、今度は本格的に頭が痛くなった。やっちゃったんですね、私。さすがにヤバくない?国王に王太子に宰相だよ…偉い人揃い踏み。
短気は損気。ちゃんと説明したらわかってくれたんじゃない? これ、前にも同じ反省したな…。
でも、私悪くないよね?
いきなり婚約とか結婚とかいわれても困る。さらに婚約相手が異母弟とか有り得ない。私の意思なんてどこにも存在しない。それって体のいい駒ってことでしょう?あぁ、怒りで身体が火照ってきた。
ライルも居たのに…何も言ってくれなかった。
多分、私が怒ってることの大部分はライルが何も言ってくれなかったことに対してだ。…信じてたのに。
国のTOP3人に楯突くなんて できることじゃない。いや、やっちゃダメでしょう。わかってるけど、でも、言って欲しかった。
━━マオは渡さない、って。
意外とヒロイン気質だったんだね、私。
出るな、涙!悔しくて泣くなんて、嫌だ。
この世界で結局 一人なんだよね…
頭から布団をかぶり涙を拭っていると、部屋に人が入ってくる気配がした。
「お目覚めですか、マオ様」
この人も私のこと知ってるんだ…。そう思ったら無性に嫌だった。誰も知らないところへ行きたい。王様の子とか、渡り人だって知ってる人のいないところ…。
…帰りたいな、元の世界。
その気持ちに気付いたら、どんどん溢れてきて止まらなくなった。一秒でも こんなところにいたくなかった。
「お気持ちが休まるように、お薬をお持ちしました」
優しそうな中年の女性は真緒の背中を起こすと、とろみのある液体を手渡してきた。真緒は口をつけて、むせ込んだ。お水が欲しい、そうお願いすると、直ぐにお持ちしますね、と足早に部屋の外へ向かった。その後ろ姿を見送って、窓から薬を捨てた。何も無かったようにベッドへ戻って、水を貰うと、あとは目を閉じて、そのときを待った。
ライルとルーシェはそれぞれ一度、真緒の元を訪れた。真緒は寝たフリをしてやり過ごした。
ライルが撫でる手が優しくて泣きそうになったが、グッと我慢した。
そのときは明け方近くに訪れた。真緒の側には常に侍女か控えていたが、寝ずの番の侍女が、真緒の寝息を確認すると席を外した。この侍女は、夜中も真緒の寝息を確認すると部屋を抜け出してしばらく帰ってこなかったのだ。これはチャンスだ。真緒は音を立てないように扉のうち鍵をかけた。そして、首からネックレスを外す。
(お母さん、ごめん。これ持ってるとライルに居場所が分かっちゃうから。でも、お母さんの好きな人の近くにおいていくから許してね)
それを枕の下に隠してクッションで人型を偽装すると、窓から身体を滑らせた。
払暁━━━━まだ夜が開けきらないこの時間、真緒は庭を横切って壁沿いに移動すると、塀の隙間から外へ出た。そこは木が生い茂る森。
街はダメだ、すぐに追っ手がかかる。
この目立つ髪と服をどうにかしなければ。真緒には作戦があった。とりあえず、小さい村の酒場を目指すつもりだ。
どれくらい森の中を歩いたのだろう。太陽はかなり傾いている。それはもう少しすると夜がくるということ。全身の痛みが増してきて真緒の意識を奪っていく。それを気力で呼び戻し、ひたすら前に進んだ。もうあの場所には戻らない。たとえ元の世界に帰れなくても、私らしく生きていくんだ。真緒の決意は固かった。
どんなに意思が固くても身体の限界は必ずくる。
引きずっていた足も、もはや前に出ない。
ここまでか…悔しさに地面を這うように進んでいた身体も動きをとめた。
もうこのまま死んでもいいかなぁ、自由を勝ち取ろうとした結果だ、悔いはない。
「…おい、…おい!」
薄れた意識を呼び戻す、空気読めない奴がいる。
このまま放っておいて欲しい。寝たフリをしてやり過ごすことにした。
「起きろ!狼に喰われるぞ」
身体をガシガシと揺すられる。諦めてはくれないらしい。仕方なく真緒は薄らと目を開けた。
その迷惑な男は無駄に整っている顔立ち。歳はライックぐらいか。それだけでイラっとくる。
「村はすぐそこだ。行くぞ」
真緒の返事も聞かず、真緒を抱えあげると村に向かって走り出した。
途中で横抱きに変える。
真緒は気を失うように眠っていた。
(なんでここまでやるのかな…)
ハルツェイは小さな身体を抱き直すと、村にむかって歩き出した。




