77.勝手な思惑
散々ルーシェのおもちゃにされて、ようやく馬車の中だ。平々凡々な顔では、何を着たって同じ。逆に着飾ることで、七五三感半端ない。メイドコスプレのときよりも、痛い。恥ずかしすぎる。
窓に映る自分の姿にため息が零れた。
まるで道化ね。微妙な顔をするくらいなら、いっそ豪快に笑い飛ばしてくれればいいのに。ノーコメント、ノーリアクションが一番辛い。
「可愛いわよ、あの二人の反応なんて気にしなくていいわよ」
ルーシェは仕上がりに大満足のようだ。自分はちゃっかりメイド服だ。私の侍女役だからその衣装なのね。このドレス、目鼻立ちのハッキリとした美人のルーシェが着た方がよっぽど似合う。メイド服と交換してくれないかな…
窓の外をみればライルが馬車に並走していた。
なんだか気恥ずかしくて、そっとカーテンを閉めた。
「ねぇ、マオ。あなたのいた世界では、みんなあなたみたいにあんな知識を持っているの?」
「え?あれはね学校で習うんだよ。他には外国の言葉とか、歴史とか」
勉強は苦手だからよく寝てたよ。歴史は好きで、楽しみにしてたな。特に戦国時代が好きで、ドラマも漫画もよくみていた。織田信長は永遠の恋人である。数々ある信長の逸話から戦略まで、気持ちよく語ったところで馬車は王宮に着いた。まだ話したりなかったが、着いてしまったものは仕方ない。続きはお茶しながらね!絶対よ!とルーシェとの約束を半ば強引に取り付けた。
扉が外から開くと、ルーシェが先ず降りる。それに続いて降りようとすると前に手が差し出された。その手を視線で辿ると、ライルがニッコリ笑っていた。
なに?怖いんですけど。
「さぁ、お手をどうぞ」
言われるがままにその手に自分の手を重ね、馬車を降りる。まだ痛む身体は思うように動かず、油切れの機械のようだ。よろめく真緒の身体をホールドしながらライルが耳元で囁いた。
「カーテンを閉めるなんて、酷いな」
うわぁぁぁ、破壊力MAX!
せっかくの化粧も禿げるほど汗かいてきた。キョロキョロと視線を動かす様子にルーシェが気づいて、真緒をライルから救出してくれたのだった。
無駄に華美で長い廊下を歩く。
既に足はプルプルと震えており、歩くのも辛かった。
武者震い?緊張?違いますよ、筋肉の悲鳴です…
ようやく豪華な扉の前で止まった。国王に会うということよりも、やっと座れるという気持ちの方が強かった。早くして!
偉い人に会うということは、色々面倒があるようだ。あまりに待たされるので、真緒も面倒になっていた。
帰っていい?このセリフ、何度目?もちろん心の中でだが。
触るのも怖いくらいの豪華な調度が並ぶ室内に通され、勧められたこれまた高そうなソファにこしをおろした。もう足が限界…背に腹は変えられません。
ルーシェとライルが後ろに立ってくれる。こんな場所に一人置き去りにされたらたまらない。二人がいてくれることは心強かった。
父親に会うだけなのに、なんでこんなに緊張するのだろう。一緒に暮らしたこともないし、思い出もない。
血縁上の父親、母の思い出を語り合う相手としか、真緒には思えなかった。だから父親というより国王なのだ、真緒は一人で納得した。
マージオの入室が告げられる。
後ろの二人が礼を取る。真緒も立ち上がって頭を下げた。カーテシーなるものがあるらしいが、知らないよ、教えてもらってないもん。
目の前に二つの影。二人?
座るように声がかかり、真緒は顔を上げた。
目の前にはマージオに似た金髪、ブルグレーの瞳の青年が立っていた。マージオが一人がけのソファに腰かけると、揃って腰掛けた。マージオのやや斜め後ろにいるゴッドファーザーが宰相ね。で、目の前の人は誰?
「初めまして、マオ」
声変わり時期の、少し高音の残った青年期独特の声。喉仏はまだあまり目立たないな。そのせいか中性的な美しさだった。男のくせにみんな無駄に美しい、不公平だ…。真緒はやさぐれた。七五三状態の今だから、余計に惨めな気分になった。心の叫びが止まらず、返事しないでいると、背中を突っつかれて、我に返った。
「すみません!マオです!」
慌てて自己紹介をして頭を下げる。ゴン、豪快な音が室内に響く。おでこの痛みもあるが、この沈黙に耐えらず、顔を上げることができない。
「やっぱり、面白い方ですね」
鈴を転がしたような柔らかい笑い声が聞こえる。いや、ここは豪快に馬鹿じゃねぇ!と笑って欲しい。
渋々顔を上げて、恥ずかしさに心折れないように腹に力を入れて背を伸ばした。
「ナルセルです、姉上」
姉上!?
驚きすぎて口が開いてたかも。背後から突っ込みを追加され再び我に返った。
「とにかく無事で良かった。話を聞いた時は肝が冷えた。その後、体調はどうだ?」
マージオが優しい言葉をかけてくれる。
「はい。もうすっかり元気です」
ガッツポーズまでつけて元気アピールをする。何故だろう、宰相の顔や護衛の皆様の顔が引き攣って見える。ということは、背後から感じる険悪な気配は気の所為ではないんですね…
「今日来てもらったのは、大事な話があるからだ」
マージオは真っ直ぐ真緒を見つめた。真緒もマージオの真剣な言葉に視線を合わせた。
「マオをナルセルの婚約者とする」
はい?




