75.包まれて
ベンダントから感じる熱を頼りに、信じるままに瓦礫の山を進む。まだ炎が燻りを見せる場所も真緒には障害にならなかった。
ここ!
ある場所で足が止まる。確信が生まれる。堆い瓦礫はそこかしこにある。でも、ここなのだ。真緒はしゃがみこんで地面に手を当てた。あの声が聞こえるかもしれない。
━━━ここー、いるよー、ねてるー
ちゃんと声の主は見守っていてくれたようだ。さっきは気持ち悪いって思ってごめんなさい。助かりました。
ライル、聞こえる?
ダメもとで呼びかけてみる。予想通り、返事はない。この瓦礫が厚いから?退けたら伝わったりしない?
夢中で瓦礫を退かしていく。やってもやっても、その山は減らない。爆破しちゃいたい。一気にバーンって吹き飛ばしちゃいたい。…爆弾なんて持ってないし無理か。自分突っ込みに乾いた笑いが漏れた。
…いや、爆破できるかも。
持ってるじゃん、粉。食料庫で破いちゃったやつ。
ポケットに入れたハンカチを取り出す。広げると白い粉が入っていた。
そう、これ。モリアンが言ってたやつ。理科の実験のとき ふざけた男子に怒鳴ってた。いつもアンニュイな雰囲気で授業しているくせに、あのときは違った。凄い迫力でびっくりしたんだよな…。
よし、やってみよう!
長さのある木片を探し出し、燻りの中から火種を探す。静電気でもいけそうだけど、火があった方が確実だろう。
木片を持ち歩き、火を求めて歩く。みんな必死で消火にあたっているのに、火をつけるなんて背徳感はあるが、今は無視する。
木片に火をつけて、あの瓦礫の山に戻る。
瓦礫の根元近くにそれを突っ込み、火が消えないように木片をいくつか追加し、火の勢いをつけた。
さあ、いくわよ!
真緒はそこから距離を取ると、ハンカチを火の近くめがけて投げつけた。
粉が舞う。火花が散る。えー、そんなもん?
突然、地面が大きく揺れた。真緒は風圧に飛ばされ、地面に叩きつけられた。あまりの衝撃に目の前がチカチカする。頭を振り、必死で意識を呼び戻す。煙が辺りに充満して視界が遮られる。粉塵が舞い、咳き込みがとまらない。息がしずらい。
もう二度やりません。モリアン、ごめんなさい。先生の注意、ちゃんと守ります。
新たな爆発に集まってきたのか、煙の向こうに人の気配がする。消火したり、救出したり、片付けていた皆さん、本当にごめんなさい。もう火遊びはしません。真緒は地面にうつ伏して煙から逃れながら、文字通り平身低頭して心の中で詫びたのだった。
新たな爆発が問題ないものだとわかると、集まった者たちが元の作業に戻っていったのか人の気配が薄れた。煙も薄れて視界が戻ってきたので、ゆっくり身体を起こした。叩きつけられたので流石に全身痛い。手足は動くし骨折はなさそう。我ながら丈夫な身体。丈夫に産んでくれてありがとう。真緒は瓦礫の片付き具合を確かめるため近づいた。
あれ?思ったより吹き飛んでない…?
瓦礫の山は確かに低くなったようだが、スッキリとはいかなかった。余計に全身の痛みが増してきた。地道にやるしかないのか…。モリアン、お前 役立たず!
ため息ついて、悪態ついて、膝ついて━━━━━━━
何故か 落ちた。
落ちてる、どこに? 前は牢屋だったな。
今度は?
落下の勢いを感じたのは最初だけで、すぐに浮遊感を強く感じた。ギュっとつぶっていた目を開ける。仄かに明るいその空間は、心地よい気に満たされていた。
━━━いるよー、ここ、ここ、
地面に触れていないのに、聴こえる。何かが自分の周りを包んでいるのがわかる。ゆっくりと身体は降下しているようだ。羽がゆらり ゆらり と舞う感じ。
浮遊感がなくなり、身体が沈む感覚に手足をばたつかせる。響く水音に驚く。今度の着地点は水でした!
って、水?
手に触れる固いものを辿ると、それは根っこのようだった。水深は真緒の膝上くらいなので、根を辿り樹へと近づいてゆく。視界に映るものに、真緒の足が早まった。
「ライル!」
次の瞬間、真緒はライルの腕の中にいた。
躓いたのか、飛び込んだのかーそんなのどっちでもいい。ライルは真緒を感じたくて強く抱き締めた。黒髪に指を絡ませ大きく息を吸う。真緒の香りがライルの鼻腔を擽った。
やっと会えた。
この腕に抱いている。
お互いの体温と鼓動を感じ合い、愛おしさと安心を分かちあった。
そして、視線を絡め合い 唇を重ねた。
互いの指を絡め、水面に身体を預ける。
天井からは朝日が射し込んで、光のカーテンが空間を彩る。その光景は天使が舞い降りる瞬間のようだった。
キレイ…。あの穴、私が開けたやつだよね…
幻想的な光景も、そうとわかれば感動も半減する。爆破させたなんて、ライルにはとても言えない。そっと隣をみるとライルは瞳を閉じていた。寝てるのかな?
そういえば、こんなにじっくりと顔見たことなかったな。あっ、まつ毛長い。髪が白銀ならまつ毛も同じなんだ。眉毛も同じ。そりゃ、そうか。通った鼻筋に少し開いた薄い唇。私、あの唇と…。うわっ、泉が沸騰しちゃう!全身がカッと火照るのを自覚して真緒は思わず手に力を込めた。
「…マオ?」
ライルの声。艶のある甘い声。もうやめて~!色気に当てられて死んじゃう!慌てて外した指を ライルが強く引き留めた。全身の血が瞬間沸騰した!私真っ赤だ。
「離さないよ、マオは俺のものだ」
そのまま唇を塞がれて、真緒の動きは封じられた。
このまま時間が止まってしまえばいいのに。
ライルの胸に抱かれて、幸せに満たされて真緒は緩やかな眠りに落ちていった。




