74.結びつき
真緒が護衛の騎士と共に神殿を離れると、神殿の方向から爆発音が響いてきた。音は数回、それも連続で聞こえ、森にいる真緒たちにも振動が伝わってきた。振り返れば闇夜に 炎に照らされた神殿が浮かび、火の手が上がっていることは一目瞭然だった。
護衛の騎士は明らかに動揺していた。
視線を泳がし、身体は神殿の方角を向いている。
(そうよね、訳の分からない小娘のお供より、主人の安否の方が大事よね)
うん、わかるよ。
真緒は太い幹に寄りかかると、護衛の騎士に向かって声を掛けた。
「行った方がいいんじゃないですか?私はこーんな感じなので、ここで休ませてもらいます。動くのも辛いので、あなたを待っていますから」
そっとスカートの裾を捲りあげ、右脚を晒した。
スカートを捲られて驚き、その脚を見て驚き。二度びっくりした騎士は、何故か何度も頷いた。納得できたのか、様子を見てきます、そう言い残すと、もと来た道を走って戻っていった。ご苦労さまです、その背中に真緒は心の中で労った。
爆発音はまだ続いている。
結局 黒い油は阻止できなかったのだろうか。かなり派手な爆発が続いているが、みんな無事なんだろうか。
あんなに火が出てて大丈夫なんだろうか。
この世界では消防車は来ない。一気に解決してくれる魔法もない。
お父さん…ライル… 次々と親しい顔が浮かぶ。その顔は誰も優しく微笑んでいる。
まって、私に背を向けないで。置いていかないで!
気付いたときには走っていた。
根に足を取られ、躓きながらも無我夢中で走っていた。真緒の鼓動に反応するかのように、ペンダントが熱を帯び、仄かな光を発している。ギュっと強く握り閉めれば、感じる、ライルの鼓動を。
昼間は迷った森なのに、今は迷うことは無い。何かが真緒を導いてくれるのだ。確信めいたものが真緒に教えてくれるのだ、ライルはここにいるよ と。
肩で息をして森を走り抜けると、神殿が見えてきた。
いや、神殿であったもの、というべきか。煙におおわれたそれは、もはや廃墟だった。呻き声や怒号が聞こえる。騎士や修道士たちが次々と開けた場所に運び込まれていた。火が回る前は見事な庭園だったのだろう。たかれた松明に 噴水や花壇が照らされてその凄惨さを強調していた。
横たわる人を踏まないように、知った顔がいないことを祈りながら確認して歩く。みんな強いもんね、きっと大丈夫。もはやその言葉は呪文だった。言霊があるのなら、言葉にすれば叶うんじゃないか、真緒は祈らずにはいられなかった。
煌々とたかれた松明を外れるように、横たわる人たちの影が視界に入ってきた。その影に強い不安を覚える。本能が近づくなと警鐘を鳴らす。だめ、行っちゃダメだ。真緒は強く思うのに、足が止まらない。
「見るな。死んだ奴らだ」
グッと肩を掴まれ、後ろに引き戻された。突然のことによろめきながらも姿勢を立て直す。
「あそこにライルはいない」
俺が確認した、テリアスは真緒に告げた。テリアスは火傷以外にも刀傷を負い、全身のあらゆる所を赤黒く染めていた。
ライルと一緒に居たよね?
こんなに怪我してるって、ライルはどうしたの?
ベンダントから伝わる熱はライルを感じるのに、テリアスに聞くのが怖くて 怖くて仕方がない。
「…ライルは、どこ?」
掠れた声でようやく言葉にする。不安を打ち消したくてベンダントを握りしめた。
「見つからないんだ」
テリアスはライルをみた最後のことを教えてくれた。瓦礫と共に崩れた床と消えたこと━━━━
声にならない叫びが響く。
自分の声だと気付いたときには、地面に崩れていた。
ライル!ライル!ライル!
護るって言ったじゃない!嘘つき!ベンダントから感じる鼓動は、私の願望がみせてるものなの…?
ペンダントを握りこんだ手にさらに強を込める。
ライル、あなたを感じたい。応えて。
お願い、生きていて
━━━いたよー、うん、ここ、クスクス、いたねー
鈴を転がしたような笑い声とちょっと間の抜けた可愛い声のお喋りが聴こえてきた。
ん?
━━もっと あっちー、あっちだよね、ここじゃないよ
んん?
真緒は顔を上げて周囲を見回す。テリアスが不審な顔で真緒を見下ろしている。どうやらテリアスには聞こえないらしい。辺りはまだ怒号が行き交っており、落ち着いて考えてみれば、そんな可愛い声が聴こえる訳がないのだ。でも、聴こえる。いや、脳内に響いているのだ。うわっ、気持ち悪い…。だって頭の中に直接話しかけられって、おかしくない?もしかして私の思考も読まれちゃっりするの?
地面に着いた手から微かな振動を感じとり、真緒は地面をさらった。スピーカーの振動のように声に合わせて伝わる震え。これが声の正体?
━━━ねぇねぇ あっちだよー、ここちがうよー
あっちに何があるの?
真緒の問いは届かないようだ。勝手なお喋りは続く。
━━━まってるよー、きてきて、
随分勝手な話だ。来いというならちゃんと説明して欲しい。テリアスは真緒をそっとしておいてけれた。静かに立ち去っていった。思考に耽ける真緒を、悲しみにくれる姿と勘違いしたのだろう。真緒にとっては好都合だった。テリアスの姿が見えなくなると、真緒は立ち上がった。涙は既に乾いていた。
お願い、案内して!
ギュっとペンダントを握り込み、声に語りかけた。
返事は聞こえなかったが、真緒は迷わなかった。
信じる、ライルは生きている
私を待ってる━━━━━━━━




