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71.幕開け

祭壇で焚かれている香は、酷く甘い匂いがした。

テリアスはこの香りを知っている。真緒を捉えておくために使ったものと同じだ。少量であれば興奮を呼び、貴族の間では夜の営みを高めるものとして重宝されていた。濃く、長く吸うことで思考を奪い、深い眠りへと落ちるのだ。香りはさほど強くはない。思考を奪い、これから起こる混乱が悟らるのを遅らせるためか。

テリアスは自らの鼻と口を布で覆うと、ライルにもするように示す。辺りを見回すと、護衛につく騎士は恍惚としていた。既にこの香りに毒されているようだ。

頼りはライルだけということか…

テリアスはぐっと剣の柄を握りしめ、気を引き締めた。そんな兄の様子をみてライルも置かれている状況を理解し、表情を引き締めテリアスに続いた。


玉座のあるエリアは聖殿を囲む水路を越えた祭壇側にあった。水路は深さはないが幅はあり、飛び越える程度ではない。水路にはアーチ状の小橋が架けられており、テリアスはひと息でそこまで辿り着くと水路を覗き込んだ。水路ごと止めたのか、常に澄んだせせらぎがあるが 今は表面を覆う程度だ。

「私がこの橋を護る。陛下にお伝えするんだ」

テリアスの言葉に頷きで返答すると、ライルは足早にエリアを目指した。

駆け寄るライルの姿を捉えたヴィレッツは、靄のかかった思考を払うかのように立ち上がった。

「殿下、この香は危険です。陛下と共にお下がりください。我らがお守りします」

お急ぎを、そう告げると、マージオの元へ駆け寄り

「失礼」

と言うと同時に、マージオの身体を揺り起こした。

背後で剣を抜く気配がした。横目で窺えば、神官たちがテリアスと対峙していた。床に倒れ込んでいる者は動く様子はない。神官に入れ替わったのか、裏切ったのか…どちらでもいいことだ。謀反に加担した時点で敵だ。

「陛下!お気を確かに!」

ヴレッツとライルでマージオの両脇を支え、小橋へと向かう。次第に覚醒してきたマージオをヴレッツに託し、ライルも剣を抜いた。背に二人を庇いながら小橋を目指す。聖殿は祈りの声は途絶え、剣戟だけが響いていた。声はない。それは相手が手練(慣れた者たち)であることを知らしめた。


「神聖な祈りの場を血で染めるとは。やはり貴方は王に相応しくない」

フードを外し、ゆっくりと近づく人物に、見覚えがあった。サラバイルだ。

「あのとき死ぬべきは貴方だった。王に相応しいのはナーシャル様であったのに!その意志を継ぐ私が、国を正しき方向へ導く」

ナーシャルはマージオのひとつ上の兄だ。長兄と争い命を落としたのだった。

マージオはヴレッツの手を退けると、サラバイルへと向き直った。

「亡霊に魅入られた愚か者め。この国をユラドラに売る気か!」

威風堂々とした様は、正しく王の風格であった。マージオに一喝されても動じることもなく、サラバイルは気味の悪い薄笑いを浮かべた。

「見苦しい、偽りの王が!」

吐き捨てるような言葉にサラバイルの強い憎悪が感じとれた。18年間、この男はこのために生きてきたのだろうか。

突然、爆音と共に足元が突き上げられる振動が襲った。咄嗟にマージオを背に庇い衝撃に備える。その衝撃は間隔をあけず数回起こった。

「あぁ、始まった」

サラバイルは爆音を恍惚として聞き入っていた。踊るような足取りで祭壇に近づくと、置かれた壺を蹴り倒し火を放った。黒煙があがり、周囲を満たす。サラバイルの高笑いが轟音と共鳴し妖しい旋律を奏でた。

「ライル!陛下をお連れするんだ!こいつの相手は俺がする」

テリアスが前に進み出て、サラバイルと数人の男たちに対峙した。

水路に流れ出た黒い液体は炎を孕み、勢いを増して迫る。ライルはヴレッツと共にマージオを支えると火のかかる小橋を渡った。小橋は音を立て崩れ落ち、その残骸に炎がかかる。黒い液体はせせらぎの上を流れ炎を伴って聖殿を囲った。辛くも渡りきるとそのまま廊下を目指す。爆音と振動は収まることなく、神殿の複数箇所で爆発が起こっているのは明らかだった。最短で外を目指したいが、黒煙に阻まれままならない。

それでも頭にある神殿の地図を頼りに進んでいった。


複数の爆発に騎士たちも浮き足立っている。

ライックは指示を出しながら聖殿をめざす。黒煙の中にマージオの姿を確認すると、一瞬 安堵の表情を浮かべ、すぐに厳しい表情へと戻った。

「陛下、ご無事でなによりです。このまま脱出いたします」

ライックの指示に現れた影がマージオとヴレッツを囲んだ。ライルは聖殿の様子を手短に伝えると、影の一人に声をかけた。

「ルーシェ、陛下を頼む」

返事を待たずに ライルは聖殿へと向かっていった。






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