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70.儀礼のはじまり

エストニア王国の起源は古い。

争いの中で切り捨てられた民を護るため、シャーマンが精霊の力を借りて興こした国だといわれている。シャーマンとは精霊と交流できる力を持つものをいう。

渡りの樹には精霊が宿るといわれ、国難には、シャーマンの力を持つ者が現れ、 その力を使って渡りの樹の声を聴き、国を救ったといわれている。

聖殿の泉は 渡りの樹から持ち帰った水から湧いたもの。その泉から芽吹いたものが 3m程の樹となった。泉は水路とは独立しており、常に澄んだ水がその樹を潤していた。その泉の奇跡は 精霊の訪れ とされ、国の護りとして信仰の対象となったという。


国王はナルセルを従え 奇跡の泉を掬い、祭壇の聖杯へと注ぐ。国王に伝承される祝詞を朗々と詠みあげ、大きく腕を広げ高々とかざした。

ここから長い祈りの夜が始まる。


真緒を護衛に任せ、立ち去るのを確認すると、三人は動き始めた。歩くテリアスの腰には剣が下がっている。ライルがテリアスに渡したのだ。

テリアスはハルツェイに師事した。ハルツェイは(シュエット)の一員であり、幼少の頃より護衛として剣術の師匠として常に傍にいた。テリアスは宰相の後継として文官のイメージが強いが、腕前は相当なものであり、それはライックも認めるところである。それを知っているライルは短剣しか携帯していないテリアスに剣を渡したのだった。

「…ハルツェイはどうしてる?」

テリアスは前を向き、ライルを見ることは無かった。ライルもテリアスを見ることなく答えた。

「今は王宮の地下牢です」

ライルの答えに そうか とだけ答えて口を噤んだ。自分のために危険を犯した男のことが気にかかっていた。自分が奴らに拘束されなければ、ハルツェイを止めることができたかもしれない。何度も忠告されたのに、探りを入れるためとはいえ耳を貸さなかった。それがハルツェイを追い込むことになるとは。自身の浅慮さが 腹ただしかった。

「義姉上たちは王宮で保護しています」

その言葉で 初めてライルをみた。ライルもテリアスをみて頷いた。

テリアスが恐れていたのは家族を人質にされることだった。ヤーコフは妻の実家と繋がりがあり、実家を使って妻を拘束される恐れがあったのだ。妻たちの護衛にハルツェイをつけていたが、王宮で保護されているのなら安心だ。ライルが手を回してくれたのだろうか。

ライルとは8歳の歳の差があり、共にすごした記憶が殆どない。後継として10歳の頃から父の執務に付き従っていたため 王宮に詰めていることが多く、邸宅には殆ど帰らなかった。母が自死した後、父はまだ幼いライルをライックに託したことで、それ以降、ほとんど顔を合わすことは無かった。幼いライルから母親を奪ったことに 父は自身を責めていた。そして、愛する妻を失った悲しみをライルを遠ざけることで押し込めたようだった。やがて近衛騎士として王宮に上がった息子に対し、父親としてでは無く宰相として接している姿をみて、国を護るということは崇高なことで、家族をも犠牲にしてでも遂行することなのだと理解した。

(私は間違っていたのだろうか…)

結婚は政略結婚だった。そういうものだと特に感慨もなかった。誰かを愛おしく思う感情は、自分には無いものだと思っていた。マオのために抗うライルを素直に羨ましく思う。妻と娘の顔が脳裏に浮かび、自分にも人としての感情が残っていたことが嬉しかった。


聖殿では国王が祝詞を朗々と詠みあげる声が響いていた。聖殿の全てを見回せる場所に陣取るライックの元へ向かった。ルーシェは引き込みへ向かっている。

ライックは近づいてくる二人の姿を見て、片眉を上げたが、何も言わなかった。真緒の安否を確かめると、その場をライルに任せ、警備の報告を聞くため聖殿を後にした。テリアスとすれ違いざまに、ライックは呟いた。

「ハルツェイは無事だ」

その言葉がどれだけテリアスの心を強くしただろう。

テリアスはライックに向けて頭を下げた。ライックは目を見開いたが、それも一瞬で、テリアスの肩を叩くとそのまま離れていった。


国王の祝詞の後、神官長と神官たちが祭壇に火を入れる。静寂の中、祈りの言葉が紡がれていく。それは咏うような、語りのような、独特なリズムをもっていた。

言霊は存在するのだろうか。

紡がれる(うた)に意識にもやがかかっていく。

それは人知れずに濃くなる霧のようだった。

意識がない訳では無い。意識はあるのだ。ただ、身体が自分の意思で動かない。酷く重く、闇に引きずり込まれるような錯覚を起こさせた。

鈍る意識の中、思考を巡らす。

神官たちの祝詞は続いている。

何かがあるんだ!考えろ!

祭壇に目を向けると、炊かれた香から登る煙の奥から黒煙が混ざり込み、風下にいる自分たちに流れていた。国王と王族が控える場所は祭壇からは距離があるが風下になる。ライルは隣のテリアスをみた。鈍る意識に必死で抗っているのが見えた。おもむろに胸元から短剣を取りだし、自身の左腕を切りつけた。

「!!兄上!?」

ライルの驚く声に テリアスは目をギラつかせ、国王を見据えた。

「あの煙だ。あれが思考を奪う。

…陛下をお護りしなければ。ライル、来い」

二人は ゆっくりと壁に背中を伝わせ移動を開始した。







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