65.意外な一面
牢屋にしっかりと細工して、真緒が作った壁の出口から脱獄する。事前にテリアスが壁の先を調べた結果、真緒が滑り落ちた天然スライダー以外にも人工的な通路が幾つか存在することがわかった。
殺されかけた真緒としては、殺人犯と手を組むのは本意ではないが、ここは一旦休戦だ。兎に角、馬鹿な計画を阻止すること、これが先決だった。
喧嘩別れした父親ともちゃんと話したい。きっと護衛としてライルは神殿にいる。ライックだって偉い人っぽいから居そうだ。王族ってことはヴィレッツ殿下もいる筈だ。みんなこの世界の大切な人たち。絶対に死なせたくない。
助けられるなら悪魔とだって手を組んでやる。
前を進むテリアスの背中を追いながら 真緒の腹は決まった。足場の悪い暗がりを手探りで進む。決して狭くはないが、背をかがめて進むのは結構辛かった。脚が痛い。靴は既に きつく締め付けられた状態になっており、傷だけでなく足先までジンジンと痺れてきて真緒を苦しめた。腫れが増したのだろう。なにせ安静とは程遠いサバイバルの真っ最中だ。
どこに向かっているのか、疑う訳では無いが、目の前の男は信用ゼロ。本当にこのままついていって良いのか、何度目かの自問をしたところでテリアスは足を止めた。
「この先が 聖殿だ。奴らは聖殿を囲む水路に黒い油を流し込み、火を放つつもりだ」
うわっ、放火する気だったのか…、最低!
ドン引きの真緒の反応をまるっと無視して、テリアスは位置をずらしながら壁を叩いていく。何度か同じような場所を叩き何かを見定めたようだ。おもむろに壁を一蹴りすると風穴が開いた。その周囲を足で軽く蹴っていき、人が通れるほどの穴を作った。お見事!
さぁ、どうぞ、指先を揃えてスーッと指し示すジェスチャーでエスコートまでしてくれる。流石貴族というべきか。真緒は素直に穴を抜ける。抜けた先は薄暗い部屋だった。
「位置的に 食糧庫だと思っていたが、当たりだな」
テリアスも穴を抜けて室内にやってきた。真緒の背後に迫ると、おもむろに麻袋の上に強引に座らせ、驚きで声の出ない真緒との距離を詰めた。
「みせて」
何を? 身体を起こして、壁に向かって後ずさる。
「足。ずっと庇ってるよね」
テリアスは真緒の足元に目線を落とした。この国では女性が脚を見せるのは恥ずかしい事らしい。前にイザにも怒られたな。
黙っているのを了承と捉えたのか、返事は期待していなかったのか、テリアスは真緒の右脚を掴むとスカートの裾を膝まで捲った。テリアスの表情が険しいものに変わる。足は丸太のように黒ずんで腫れ上がり、巻いてある包帯には赤黒い染みが滲んでいた。真緒も恐る恐る自身の脚をみた。うわぁ…倒れそう…
テリアスはスカートの裾を戻し、右脚を酒樽の上にそっと降ろした。その手つきは優しく手慣れており、意外だった。視線で伝わるのだろうか、テリアスは真緒の隣に腰掛けると壁に寄りかかり、独り言のように呟いた。
「ケイヤールと学んだんだ、医師を志したことがあるんだ…」
真緒にはケイヤールが誰だかわからなかったが、目指したものがあってそれを諦めたんだということはわかった。この人はライルのお兄さんなんだよね。大好きな人の家族を嫌いになんてなりたくない。殺されかけた事実は変わらないし、許せないけど、この人の違う一面を知った気がした。




