64.思わぬ再会
真緒は病室の窓辺でぼんやりと外を見ていた。
春の風は陽だまりの温かさをのせて、心地よく真緒の頬を撫でる。ウィッグをつけているが、それでも髪を攫う風は心地よく、真緒の心を穏やかにしてくれた。
ルーシェも今日ばかりは忙しいようで、何度も顔を見せるが、長居はせずにすぐに仕事に戻っていった。
今日は国王夫妻と第一王子、王族に近い者たちが神殿に第一王子の成人の報告にあがる日。国の繁栄と安泰を願い、一晩神殿で祈りを捧げるのだそうだ。おやつを差し入れにきて ちゃっかり一緒に食べていったルーシェが教えてくれたのだ。それが終われば 披露の宴となるそうで、諸外国からの来賓をもてなすため、その準備に忙しいらしい。
怪我さえなければ、真緒も全力を尽くしたいところだか、まだ腫れている脚では足手まといになるだけ。ルーシェにも邪魔はしてくれるな、と念を押されて名実共に窓際族となっているわけである。
ルーシェがいなければ話し相手もいない。自然と漏れるため息。
ライルやルーシェが何かを隠している。
それが真緒を酷く不安にさせた。
落ち着かない気分を紛らわせたくて、衝動的に外へ向かった。ほんの少しだけでいい。この周りの木立を散策できたらよかったのだ。
土の香りは思った以上に真緒の心を弾ませた。春の息吹がそこかしこにある。目に付くままに花を愛で、若芽を摘んでゆく。気づけば周りは木立からしっかりとした森の様相に変わっていた。
ありゃー、随分奥まで来ちゃった。これはルーシェに怒られるパターンだわ。立ち止まると脚の痛みが復活してきた。折角忘れてたのに…。まぁ、薬も切れてくる頃合いかな。少し休んで戻ろう。
草地をみつけて木に寄りかかるように座りこんだ。汗ばんだ肌に木々のあいだを抜ける風が気持ち良い。気づけば風に誘われウトウト と舟をこいでいた。どんだけ襲われても、外で居眠りできる私って強者だわ…流石に自分に呆れた。
さぁ、そろそろ帰りますか。
ルーシェが探しているかもしれない。重い腰をあげると、来た道を戻るため歩き出した。が、すぐに足が止まった。
ここどこ…?
森の中に路があるわけない。気ままに散策したのは不味かった。方向がわからない。渡りの樹は ちゃんと導きを感じたから迷わなかったのかぁ…。確かに駅の出口とかお店とか 地図アプリ見ても迷ってたもんね、ましてや森の中なんて目標物ないし。王宮の敷地内で遭難とか有り得ない。超多忙な日に 迷惑かけたくないから、ここは自力で解決するしかない。
幸いまだ日が高い。暮れるまでにはケリをつけたい。
差し込む太陽の位置が変わっている。それなりの時間が経っているのだろう。こんなに遠い訳が無い。奥へと進んでしまったのだろうか。
流石に真緒も 体力の限界を感じていた。
とりあえずひと休みしよう。
適当な草地を見つけ、岩に手を置いた。途端、身体が傾いだ。慌てて何かにすがろうと 掴めそうな枝や草に手を出した。掴んだ枝ごと、転がる、いや、転がり落ちた。
「…っ、痛いっ!」
痛いところがあり過ぎてどこを摩っていいのかわからない。転がり落ちた先は━━━━鉄格子の中だった。
なんで???
アリスは森に落ちたよね。おにぎり追いかけたお爺さんはねずみの村。で、私は牢屋…?
呆然とする真緒にありえない声が聞こえた。
「随分と派手な牢破りだな」
この声…、全身の毛が逆立つ。会いたくない人 断トツトップの男、テリアス。咄嗟に顔を隠して、しらを切ることにした。真緒の背中に気配が近づく。
「マオ、なんでここにいる?」
うわっ、バレバレじゃん!万事休す。
「どうも、こんにちは」
間抜けだとわかってはいるが、出た言葉がそれだった。テリアスも戸惑っているようだ。二人の間に微妙な空気が漂う。しばしの沈黙のあと、テリアスは両手を広げて肩を竦めた。もう殺しはしない、そういうと真緒の頭に毛布を被せ、壁の穴をベッドで隠した。
毛布の感触に驚いて振り返ると 目立つから被っておけ、と返ってきた。あら、ウィッグ無いわ。
「何でこんなところに居るんだ?」
それ、私も聞きたい。散歩中に穴に落ちたのかも?とここまでの苦労を話す。あなたはなんで牢屋にいるの?真緒も質問してみた。
「ここは神殿の地下にある監獄だ。今日は何の日か知ってるな?」
真緒が頷くのをみて、話しを続ける。
「神殿に火を放ち王族を暗殺。それに乗じてユラドラがベルタに侵攻する計画がある」
淡々と語るテリアスと内容がリンクしない。あまりの内容に言葉を失った。
「不穏な動きを調べさせていた。国を陥れる行為を見逃すわけにはいかない」
これでも宰相の後継だからな、テリアスは自嘲気味に笑った。
「お前を殺す見返りに、加担した訳だ」
真緒の身体が強ばる。テリアスはそれを察して もうその気は無い と真緒との距離を取った。
「ハルツェイがお前を襲って拘束された。もう頼るものはいない。私の力では止めることができない」
乾いた笑いが岩肌に鈍く響く。
おい、ちょっと待て。
真緒の中に怒りの炎が点った。人が死ぬのがわかっているのに、諦めるの?この国が攻め込まれるってわかってるのに?気づけばテリアスの襟首を掴んでいた。
「泣き言いう前に、やれること、あるんじゃないの!」
ふざけるな!全身で怒りを露わにする真緒にテリアスはされるがままだった。その瞳には闇が広がり、絶望が支配していた。真緒は一瞬怯んだが、逆に強い瞳で見つめ返し、テリアスの首を揺すった。
「人の命狙っといて、こんなところで諦めちゃうの?そんなの絶対許さない!」
襟首掴んだまま立ち上がった。
「行くわよ!」
出口ならあるじゃない、真緒は顎でベッドに隠された穴を指し示した。こんなこと許されない、絶対に止めてやる。




