63.革命を望むものたち
王宮から離れた森の中にある邸宅で、薄暗い灯の下 暖炉の爆ぜる音だけがやけに響く。二人の男が 互いの視線を合わせることはなく、杯だけを重ねてゆく。ビッチェル王子を王位に推す最有力者ヤーコルとサラバイルが顔を揃えていた。
「━━━━明日だな」
ヤーコルの呟きにサラバイルはチラッと視線を向けてグラスに視線を戻した。琥珀の液体は暖炉の炎に照らされ、妖しい光を放つ。グラスをゆっくりと回しその輝きを楽しんだ。
明日は王族が神殿に赴き、ナルセル王子の成人の報告と王太子とする旨を大神に報告をする儀礼が行われる。国王夫妻、ナルセル王子だけでなく主だった王族が神殿に集うのだ。その神殿でことを起こそうとしているのである。
「はい。神殿の引き込みは既に押さえております。後は手筈通りに」
サラバイルの言葉に満足気に頷き、ヤーコルは椅子を揺らした。
「テリアス殿を引き入れたことで、動きやすくなりました。なかなか良い隠れ蓑となってくれましたよ」
「悟られてはないな?」
「はい。テリアス殿の始末はお任せください。敬愛する王家と、渡りの姫が道連れならば本望でしょう」
サラバイルはいやらしい笑みを浮かべ、恭しく礼をとった。それにグラスを掲げることで答えたヤーコルは満足気に頷いた。
「王妃がどこまでサウザニアを抑えてくれるかだが」
言葉を切って琥珀の液体を口に含む。その余韻を楽しむかのように目を瞑り ふぅと息を吐いた。
「サウザニア自体も争いの種を抱えている。すぐには動けまい。ユラドラは動いたか?」
「はい。樹海に近いユラドラの大河沿いに大きく迂回しながら向かっております。表向きは王の視察と新兵の訓練を兼ねた行軍となっておりますが、実動部隊が既に樹海内に入ったと聞いております」
その内容はヤーコルを満足させるものだった。鷹揚に頷くと、一気に飲み干した。
「今回のユラドラの使者は王太子であったな?」
「その通りでございます。人質を取ったも同じ。ユラドラとて裏切ることはできません」
サラバイルはそう言ったが、現実の状況は違った。
ユラドラは王太子の他に王子が4人、幼い王女がいる。現国王が完全な独裁君主の軍国主義国家である。長くエストニル王国侵略の機会を狙っていた現国王は、ヤーコルの話しに乗じた。現国王にとって王太子とて捨て駒と同じ。より良い餌でエストニル王国が手に入るのなら王太子の命など惜しくはなかったのである。
そんなユラドラ側の思惑など知る由もない。
ユラドラにとって、手引きする裏切り者はまさに
瓢箪から駒 であったのだ。
「神殿からあがる火柱が合図、か…」
クックック…低い声が漏れる。
機嫌の良いヤーコルに愛想のいい笑いを向け、新たな酒を注ぐ。サラバイルは 煽てれば意のままに動くこの男が嫌いだった。権力をただ欲するだけで、なんの計画性もない。自身の地位に胡座を描き、それ以外になんの価値もない男。せいぜい役に立ってもらおう。
18年前の轍は踏まない。今度こそ確実に権力の中枢に登り詰めるのだ。その機会が目の前に迫っている。




