6.街へ行きたい
宿屋の手伝いは午前中と夕方に集中していて、自身の昼食を済ませると自由な時間ができた。
宿屋は街から少し離れた森の入り口にある。
手伝いの合間に聞いた街の話は、母が語る物語を彷彿させた。それらを自分の目で確かめてみたい。異世界への興味も相まって、気持ちを抑えられなかった。
早速マルシアに相談すると、自分はやることがあるから、とイザを呼んでくれた。一人でも良かったが、知らない土地。イザが一緒なのは有難かった。
その髪は目立つからフードは外さないこと、イザと離れないこと、塔の鐘が鳴ったら帰って来ること…
マルシアといくつか約束をさせられ、しっかり念押しされながら真緒は心の中てボヤいた。
(私、もう18歳なんだけどな…)
ボヤきは照れ隠し。そのお節介がちょっとくすぐったかった。
真緒は庭でイザを待つことにした。
はやる気持ちを抑えられず、外で待つことにしたのだ。花には詳しくないので名前など知らないが小さな花が沢山咲いているのは可愛いものだと素直に思えた。手近かな花を覗き込むと、不意に影が降りた。
ゆっくり振り返るとイザが立っていた。
「こんにちは、イザさん」
なぜだか目を見開いて固まっているが、とりあえず挨拶をする。
「お前…女だったんだ…」
それ、かなり失礼ですよ!そういえばボウズっていいましたよね!
この世界では女性はズボンを履かないらしい。髪も長く伸ばしているのが当たり前なんだとか。真緒の髪は肩くらい。昨日はスキニーだったし。
なんとなくモヤモヤするけど、街に付き合ってもらうのだから ここは私が折れよう。
心の中で葛藤を収め、にっこり笑ってその話題をスルーする。
婆さんは中か、ちょっと待っとけよ、
バツが悪いのか早口で誤魔化しながらイザは宿屋へ入っていった。
「待ってたよ」
ドアを入るとマルシアが腕組みして待ち構えていた。出迎えなんて珍しいな、軽口を叩きながら近くの椅子へ腰掛ける。
「ついでに買いだしか?いいよ引き受けるよ」
イザが街へ行くときはマルシアの買い出しも請け負っていた。マルシアは首を横に振り窓の外に視線を送った。
「そうじゃない。あの子を守ってほしいんだ」
マルシアの視線の先には真緒がいた。
「そろそろ あいつらがくる頃だろ?
マオを森へ近づけないでくれ。黒髪の娘がいたなんて知れたら 大変なことになる。昨日見られてるだろ?
あいつらは街には来ないが用心に越したことはない」
いつになく真剣なマルシアにイザも真面目に答える。
「分かってる。任せてくれ」
イザの右腕がすーっと腰に履いた剣に触れる。マルシアは無言で頷いた。でも、と前置きしてイザは続ける。
「ミクが帰ってから20年近くなるんだ。流石に諦めたんじゃないの?あいつら毎年やってくるけど、ここ何年かはすぐに王都へ帰っていくし。たとえマオをみてもわからないんじゃないの?」
「そうかも知れないさ。渡りの樹の【意思】が働いているんだ。あの子が来たことには意味がある。それでもミクのように犠牲にはさせないよ」
真緒がこちらに向かってくるのが窓越しにみえる。
この話はお終いだ、とばかりにマルシアは背を向けた。
「アンタもマオには手を出すんじゃないよ」
「男みたいなお子ちゃまは対象外だな」
マルシアの言葉に苦笑いを浮かべるイザだった。