57.ペンダント
父と娘は空白の時間を埋めるように未久の話をした。互いから語られる一人の女性の話は時間だけだなく心の乾きを潤していった。
マージオは真緒の首にペンダントを掛けた。雫型の小振りのヘッドは金細工でできており、雫の先に水晶のような透明な石がはめられている。
「これは私が揃いで作らせて ミクに贈ったものだ」
自身の指から指環を抜くと真緒の手に載せた。指環の内側を見るようにいわれ、真緒は指環を手に取った。
指環の内側には水晶のような透明な石が埋め込まれていた。ひとつの石を指環とペンダントに嵌め込んだとマージオは教えてくれた。指環が熱を帯びている。それに反応してペンダントが熱を帯びる。
「この石は渡りの樹からの授かりものなんだ」
マージオと未久が渡りの樹の元で名前を刻んだ。その場所に生まれたものだと マージオは語った。二人の真名を刻んだ結晶。だからこうして惹かれ合い、気配を感じることができたのだろう、自身の指にもどし 目を細めた。だからお母さんもペンダントを握りしめていたんだね。この世界にきてから感じていた気配は惹かれ合う石同士のものだったのだ。
「ミクに逢うことは叶わないが、こうして娘に逢えた」
マージオは真緒の肩を優しく抱いた。
「これからは共に過ごそう。もう苦労はさせない。生活のために働かなくていい」
んん?なんて言いました?
お父さんに逢えたのは嬉しいし、お母さんの話をすることが出来て良かったと思う。でも、一緒に暮らすのはなんか違う。私はそんなこと求めてない。それに お父さんって王様だよ?ということは私はお姫様?
うわぁ…柄じゃ無い、勘弁してほしい。
「いえ、あの結構です」
真緒は咄嗟にマージオから距離を取り、お断りした。もう対面も果たした。
王宮は私の居場所じゃない。何もかも違う、私とは違う世界。ここに住む人は私とは違う。そう思い至ったとき、胸がチクリと痛んだ。蓋をしたライルへの想いが頭をもたげてきて、真緒の胸を締め付けた。
渡りの樹へ戻って、お母さんみたいに元の世界へ帰ろう。今までの分もバイトして家賃払わなくっちゃ。大好きな小説の新刊も買わないと。王様の子供だって知れたらまた命を狙われる、そんなの勘弁だわ。
うん、元の世界へ帰ろう。
真緒の思考と決意は、マージオには伝わらないようで、イキイキと真緒の身の振り方を語っている。成人の儀に合わせて娘として披露しよう、と言い出したところで真緒は我慢できなくなった。
「待ってください!私はそんなこと望んでない。もう命を狙われるのも沢山なんです。ここは私の居場所じゃない。あなたはお父さんだけど、私は王様の子じゃない!」
一度堰を切ったら止まらなくなった。
そして ずっと心に懸っていたことが口をついて出てしまった。
「貴方がみているのはミクだけ!私の中に感じるお母さんだけ!私は…」
「私は ミク じゃない!」
真緒は肩で息をして言い切ると、そのまま走り出し扉に手をかけ力いっぱい開いた。扉が重く思ったように開かなかったが、真緒が身体を滑り込ませるのには充分だった。ライックとルーシェの呼ぶ声がしたが、構わずに廊下を走った。
回廊まできて庭に走り出る。外の空気が吸いたかった。植え込みにわざと入り、奥へと進む。誰にも会いたくない。一人になりたい。木の根に足を取られて派手に転んだ。思いっきり地面に叩きつけられたが、今の真緒にはそれがいっそ清々しかった。倒れたまま土の冷たさに身を委ねていると、頭も冷えてきた。
あぁ…またやっちゃった…
短気は損気、ちゃんと説明したらわかって貰えたんじゃないの?私の理性が、短気な言動を非難する。
はい、わかってます。焼きもち?ううん、そんなんじゃない。親なら分かってよ、みたいな甘えなんだろうか。どちらにしてもやってしまった感、半端ない。後悔先に立たず。王様に対して二度もやってしまったら不味いよね…。ライックさんやルーシェは大丈夫だろうか…。不安を感じたら、涙なんて引っ込んだ。
どうする?戻って土下座する?そんなんで許してもらえるのかな…。
そんな思考も潜めた声と複数の人の気配で強制終了させられた。地面に這い蹲った姿勢で固まる。これってピンチじゃない?ヒロインじゃないと助けは望めないのよね…。それならやり過ごす一択だ。真緒はできるだけ心も頭も空にして大地と融合する道を選んだ。黒いワンピースで良かった、うつ伏せだし、白いエプロンは大丈夫だよね。リボンだけ外しておくか。ウィッグは外しているので 黒髪はかえって有利だ。
有り難いことに声も気配もこれ以上近づいてくる様子はない。潜めた声は真緒に気付くことなく会話を続けた。
「━━━━━神殿の━━━引き込み━流して━放て」
低い声は潜めらてくぐもり 全ては聞き取れない。
まあ、聞こえたところで知ったことじゃない。こんな場所で話してるってことはろくなことじゃない。関わらないのが一番だ。しばらくすると気配は遠ざかり、耳に響くのは葉が揺れる音だけになった。
もう起きてもいいかな。大きく息を吐いてのろのろと頭を上げた。思ったより身体が強ばっていたようで、自分の意思で身体が動かない。気合いで上半身を起こした瞬間、背中に強い衝撃を受けて地面に強制ダイブした。獣臭い…この唸り声、何?
ハァ ハァ と 荒い息遣いと低い唸り声の主が私の背中に乗っている。
「お前は誰だ、何をしている」
いや、それ私のセリフ。背中のヤツ、早く退けてください。感情のない冷たい声に向かって真緒はゆっくり顔を上げた。その人物を視界に捉えて固まる。
「…マオ…?」
誰何した方も 見下ろして固まっている。
月光を背にしてもわかる、会いたかったひと。
いや、こんな形で会いたくなかった。乙女心は玉砕です。




