55.父と娘
ヴィレッツに連れられ長い廊下を進む。扉から壁の装飾まで繊細で華やかであるが、真緒の目には映らなかった。今から会う人物に意識が向いているからだろう。
母の想い人。私の父親かもしれない人。
その人は この国の王様。
真緒の手にはA4サイズのキャンパス、胸元には母の形見のペンダントが揺れていた。仄かに熱を帯びたペンダントを握り込む。動揺する心を母に助けてもらいたかった。父親を知りたい、それを願ったのは自分。きっと母は願いを叶えてくれたのだと思う。自分の目で確かめなさい、そう言っているような気がした。
明らかに制服の違う騎士が警邏するエリアに入った。厳重に警備されているということは国王のいる場所に近づいているのだろう。殿軍を歩くライックに騎士が敬礼している。ライックってもしかして偉い人…?本当の意味でナイスミドルだったのね。うわぁぁぁ、また思考が明後日に飛んでる…。どれだけ現実と向き合いたくないんだろ、私。
ヴィレッツの足が止まった。
一段と豪奢な扉の前には近衛騎士が控えていた。その腰には剣を履き、精悍な顔立ちに細マッチョな肢体はアイドル集団のようだ。まとめてデビューしたら絶対に売れる!トップアイドル間違いなし!一曲踊って歌ってみてほしい。ライックが近衛騎士とやり取りをしている間、またまた思考が明後日に飛んでしまった…。でも、こんなイケメン揃いって、剣の腕じゃなくて顔とか容姿で選んでるのかな?真緒の失礼な妄想はどんどん暴走してゆく。それだけの緊張を強いられているからだと、自分を慰める。うん、そういうことにしておこう。
近衛騎士に案内されて、ヴィレッツと二人で室内へ入る。ライックとルーシェは扉の外で控えるようだ。この部屋に国王様が、いや、私の父親かもしれない人がいる。大きく息を吸って腹に力を込めて背筋を伸ばした。それと同時にヴィレッツが貴族の礼をとった。その気配に真緒は慌てて頭を下げた。カーテシーなんて知らない。自分が知っている最大級丁寧な挨拶をした。どのタイミングで頭を上げていいのかわからない。時代劇だと 面をあげい のお決まりセリフがあるけど、この世界は西洋版だもんねぇ。手に持つキャンパスをギュッと握り緊張に耐える。そろそろ上げてもいいかな、そう考えたところで、真央の足元に影が動いた。胸元のペンダントが強い光を放つ。
途端、真緒の身体は強い力で抱き込まれた。息が止まる。身動きできない。大混乱の真緒の耳に低く掠れた嗚咽が聴こえてきた。その哀愁を帯びた音色は真緒の心を締め付ける。ペンダントの熱が互いの鼓動にリンクする。鼓動を伝え合うように輝く水晶のような石。
キャンパスを持つ手に力を込めて、母の想い人を 母と一緒に迎えた。お母さん、伝わってるかな?お母さんが大好きな人のところへ帰ってきたんだよ…。真緒の頬に温かいものが流れる。瞳から溢れるそれを止めることができない。
この人が父親だと、説明のできない確信が真緒を支配した。長いような短い時間が過ぎ、包まれていた熱が離れていく。真緒はゆっくりと顔を上げた。
そこに立つのは金髪にアイスブルーの瞳の美丈夫だった。口を開き語りかけようとして口を噤む、マージオの深い想いが、長かった時間を埋められずに溢れてしまい、言葉にできないようだった。真緒はマージオのその姿をとても愛おしく思えた。この人がお母さんの愛した男性なんだね、私はこの男性の娘なんだね。
ヴィレッツも去り、二人だけの空間で同じ女性を想う。
未久が繋ぐ父と娘の時間はようやく刻みはじめた。




