54.王宮へ
カーテンの隙間から射し込む西日を避けてルーシェと隣り合わせに座っている。カタン、カタンと規則的な馬車の揺れにに身を預け、真緒は自身の姿を何度も確認して溜息を漏らした。
「マオ、似合ってるわよ。そんなにイヤ?」
ルーシェは黒のシンプルなワンピース白いエプロンを身につけ、長い髪を綺麗に編み込んでいた。所謂、メイド姿。はい、想像の通り私もルーシェとお揃いです。真緒はハニーブロンドのウィッグを被り、三つ編みを左右に垂らしている。ワンピースの丈こそ踝まであるが、このメイド姿…コスプレじゃん!頭が痛いのは、プリムをややキツめにつけてウィッグを押えているからではないはず。この世界にはメイドさんは当たり前にいて ユニホームみたいなものだけど、真緒の中ではメイド喫茶とコスプレイヤーのイメージが強く、憧れはあっても まさか自分が身につけるとは思わず 動揺が半端なかった。多くの葛藤と羞恥心を制して、この姿で馬車に乗っているのである。
これから向かうのは王宮。
式典に伴い、メイドが増員される。そこに紛れ込むのだ。私はルーシェの従姉妹てマリオネという設定だ。因みにマリオネは実在するらしい、5歳らしいが。
「マオ、心配しないで。私がどんなときも守るから」
ルーシェはたいして歳は変わらないのにお姉さんみたいだ。ルーシェの言葉に安らぎを感じる。ルーシェが真緒の手を優しく握る。女性らしい細い指に不釣り合いな手掌の硬さ、剣を握る人の手。
「ルーシェは騎士なの?」
「そうよ、普段はある方の傍に仕えてるわ」
えっ…、ダンの店で働いているんじゃなかったの?真緒の心のうちを読み取ったのか、ルーシェはクスッと笑った。
「ダンの娘なのは本当よ。今回は呼び出されたのよ。非番のときはあの店を手伝ってるの」
はい、納得しました。そうだよね、手馴れてたもん。
気が付けば、馬車の中は薄暗くなってきていた。窓の外は明るいのかカーテンの隙間からあかりが漏れてくる。甲冑が擦れる音が時折耳に入り、ライックの指示を出す声が聞こえてきた。王宮内へ入ったのだろうか。自分でも気付かないうちに身体に力が入っていたらしい。ルーシェが肩をそっと抱いてくれる。その手の温かさに真緒は助けられた。ふぅ、と長く息を吐き腹に力を込めて気合を入れる。大事な人たちに守られるだけなんて嫌だ。自分自身でちゃんと立ちたい。
私にできることをしよう。
馬車が止まった。扉の外側から声が掛かる。
「マリオネ、行くわよ」
ルーシェの声に真緒も力ずよく頷き立ち上がった。
降り立ったのは石の壁が並ぶ薄暗い路地だった。ただ、少し先の壁の先から灯りがみえる。どうやら人目を避けて降ろされたようだ。ライックはルーシェを見て頷くと、ルーシェも心得たとばかりに頷き返し真緒の手を取った。その灯りに向けて二人で歩き出す。
「私たちは臨時雇のメイドで ヴィレッツ殿下の身の回りのお世話係よ。マリオネはこの後、ヴィレッツ殿下の指示に従って。私はこのままメイドとして潜入するから。必ず近くにいるから安心して」
ルーシェは真緒の手をギュッと握ると心配要らないから、と微笑んだ。ルーシェ、男前、カッコよすぎ!
緊張の高まりと共に思考が明後日に飛んでいく。現実逃避に励む自分を叱咤し、気持ちを引き締めた。
灯りのある所は使用人用の扉になっているようで、門番に呼び止められた。ルーシェがヴィレッツ殿下付きのメイドであると書類をみせて説明すると、上から下までジロリと一往復視線を向けてから通してくれた。舐めるようにみられるのは気分のいいもんじゃない。まして今は嬉し恥ずかしメイド姿。気分が荒みかけたが、気づくと周りは同じ服装の者ばかり。自意識過剰な自分が恥ずかしくなって咳払いを繰り返していると こっちよ とルーシェに腕を引かれ、建物の中へと引き込まれた。
使用人エリアを抜け、高い天井にアーチ状の回廊を進む。その先に広がるのは 教科書でみた中世ヨーロッパの宮殿だった。
グイッと腕を引かれ 現実に戻る。あまりの絢爛豪華ぶりに、自分がとごにいるのか忘れてしまった。きっと口も開いてた、慌てて口元を拭う。良かった、ヨダレは垂れてなかった。止まっていた足を再び動かし、ルーシェの後に続く。王宮って想像以上に凄いところだわ、こんな所にライルは居るんだ…。なんだか別世界の人だね…。胸の奥がチクリと痛んだ。胸を支配する負の気持ちに無理やり蓋をして、豪華な扉を前で気持ちを入れ替えた。衛兵の取り次ぎが終わり、入室の許可がおりる。ルーシェに続いてその部屋へ足を踏み入れた。
「よく来たね、マオ」
心地よいバリトンの声に迎えられ進む。上質な家具が並ぶ室内は落ち着いた色合いで統一され、ヴィレッツはソファで寛いでいた。それは一幅の絵のようだった。なんでこの世界の男性はこうも見目麗しいのでしょう、異世界補正なのか。まるで絵画から抜け出てきたような神々しい姿にしばし見惚れる。
「貴方はよく惚けてるね」
笑いを含んだ声。ブロンドの髪にアンバーの瞳、鼻筋の通った細面の顔には優しげな微笑みが浮かんでいた。ヴィレッツ殿下の破壊力、流石です!
人払いされた部屋にはヴィレッツ、真緒、ルーシェ、遅れて入室したライックが顔を揃えた。
「王都へ呼ぶつもりはなかったのだが、このようなことになってしまったこと謝罪する」
ヴィレッツは真緒に視線を向けた。
「無事でよかった」
ヴィレッツの言葉には真緒を思いやる気持ちが込められていた。そがわかるから真緒も笑顔で返した。
「私も 会う必要があると思っています。あの、いろいろとありがとうございます」
ぺこりと頭を下げて感謝の気持ちを表す。日本式の ありがとう はこの世界でも通用するのかな?そう思わないでもないが、これしか知らないのだから仕方ない。不思議そうに見つめる6つの瞳に少し居心地が悪くなり、笑って誤魔化した。
「これから王のところへいく」
ヴィレッツは真緒を真っ直ぐ見つめた。
「いろんな思いがあるだろう。母上のことを思えば父親として受け入れられぬことも承知している」
真緒の手をそっと握り言葉を続けた。
「どうか一人の人間としてみてほしい。王としてでは無く、母上の想い人として 受け入れて欲しい」
━懇願。ヴィレッツの表情は真剣だった。




