53.ダンの店
ダンの店はなかなかの繁盛ぶりだった。マルシアの店も賑わっていたが、店の規模も違うからか忙しさが違うのは当然なのかもしれない。店を開けるのは基本は昼前で、夕方一旦閉めると夜は酒場として営業する。ダンが調理し、接客をルーシェが担当していた。真緒は厨房で皿洗いをさせてもらっている。身についた貧乏暇なし精神 は異世界でも現在で、働かざる者食うべからず を主張して譲らず、ダンはフロアに出ないことを条件に許可したのだった。
手伝いに慣れてくると、この店の様子が段々とわかってきた。騎士の出入りが多く、時折ダンもその会話に入っている。ルーシェに聞いてみたが、昔からの付き合いの人が多いからね、と誤魔化された。
これだけ騎士が訪れるのに、ライルは連れてきた日以降、一度も姿を見せなかった。真緒は胸の中にモヤモヤとしたものを抱えて日々を過ごすことになった。
(私、なんで王都へきたんだっけ?ってか放置?)
皿を扱う手つきも自然と荒くなる。こういう時には力仕事がいい、真緒はパン作りのために小麦粉を練ることにした。生地がまとまってくると、作業台に向けて叩きつけた。
(一体こんな所まで連れてきて何なの!顔ぐらい見せなさいよ!)
ライルへの不満が止まらない。段々と生地に込める力が増しているのか、豪快な音が響いていた。
「…おい、パンじゃなくなるだろうが」
余程夢中で叩きつけていたようだ。呆れ顔のダンに腕を掴まれて、真緒はようやく手を止めた。額に汗を浮かべて食べ物に八つ当たりとは…自分で自分が情けなくなる。料理は昔から好きだ。働き詰めの母に代わり台所にたっていた。嫌なことや悲しいことがあっても母のために作る料理は心を穏やかにしてくれた。手元にある パンになるはずの塊に心の底から詫びたい。
「…なかなか豪快な料理だなぁ」
んん?この声は…?父さんポジのライック!
オジ・ダビデと並ぶとナイスミドルの双璧だ、眼福。
「…久し振りだね、マオ」
ライックは今までとは違い、見慣れない騎士服姿だった。素敵すぎるよ、ライックさん、惚れちゃいます!
父親を知らない真緒はその世代への憧れが強いのかもしれない。同世代の男の子よりも心惹かれる自分は間違ってないと思う、うん。
そんな真緒の思考にお構いなく、ダンはフロアに来るように言うと、真緒から塊を奪い取り布巾に包むと厨房を出ていった。
真緒がフロアにいくと、客はおらず閑散としていた。
長テーブルにはダン、ライック、ルーシェが座っていた。ダンが顎で 椅子を示す。真緒は素直に指定された椅子に腰掛けた。
「マオ、私と一緒にきてほしい。陛下との内閲が整った」
ライックは真緒の手をとり両手で優しく包み込んだ。目尻の皺が微笑む瞳をより柔らかくしている。
私、ナイスミドルに口説かれてる!堪らん!
思考が明後日に飛んでる…ヤバい、ヤバい。
緩む口元を必死で強く結び、赤らむ顔を隠そうと俯いた。恥ずかしい…恋愛感情というよりライックはお父さんなんだよね…この包容力。ライルとは違う。ライルに感じる胸の高鳴りは 心臓が壊れそうになる。声を聴きたい、あの温もりに触れたい━━━逢いたい。
「そんな表情されたら、俺、ライルに殺されちゃうよ」
ライックは真緒の頭をボンボンと触った。こういう所がお父さんポジなんだよね。で、本題。
「ルーシェも一緒にいくんだ。真緒の傍を離れるなよ。すぐに仕度しろ」
ダンの言葉にルーシェは一足先に席を立った。真緒はライックの視線に気づいて、視線を合わせた。
「マオ、大丈夫なのか?」
労りのこもった視線にライックの心配が込められていた。古城での対面を直前で逃げたことを気にかけてくれているのが伝わってきた。
「大丈夫です。私もこのままではダメだと思うので ちゃんと会います」
真緒の視線に迷いのない意思を感じ、ライックは表情を緩ませ頷いた。真緒の頭をガジガシと乱暴に撫でる。意外と力強くて 地味に痛い…。
「マオ、仕度しろ。ルーシェに用意させてるから」
ダンの言葉に真緒も席を立つ。ルーシェの待つ部屋へと向かった。




