48.テリアス
テリアスにとって宰相である父は尊敬の対象であった。この国の表舞台を掌握し、裏社会に通じ、国王の右腕として辣腕を振るう。全てを捧げこの国の復興を支え発展させた人物。そんな人物が自分の父であること、自分はその後継であることがテリアスの支えであった。ときに非情な判断も、家族を捨てることもこの国を護ることの前には些細なこと。父との傍で仕事をする中でテリアスは自らの心に刻み込んできた。
それなのにだ。
国王の子かもしれない娘。あの娘が本物であれば権力の勢力図が変わりかねない。新たな火種で再び国が荒れることは避けなければならない。なぜ排除することを躊躇われるのだ。
母上はプライドが高く心の弱い人だった。噂に心を壊して自死を選んだ。ミクを匿うとしたことが この国の益となったのだろうか。否定も肯定も言い訳すらしなかった父上。
母上はこの国を護るための尊い犠牲だったのだ。
それを無駄になどさせない。
テリアスはイライラと部屋の中を巡っていたが、ようやく足を止め酒盃を煽った。
自らの気持ちが定まると、いつもの落ち着きが戻ってきた。自分がやろうとしている事は、この国を護る尊きこと。そのためにはもう失敗は許されない。
酒盃を重ねて煽った。
ヴィレッツ殿下と父上が居ない、今がチャンスだ。
ライルとイザをあの娘から離さないといけない。
しかしテリアスには手駒が無いのだ。
真緒の襲撃に梟を使ったことでヴィレッツ殿下の蜘蛛が一時戦闘状態となってしまったことをニックヘルムに責められ、テリアスが任されていた梟はニックヘルム預かりとなっている。王家の諜報組織とことを構えることは王家への謀反と捉えられかねない。
テリアスは酒盃を更に煽った。どんなに重ねても酔いがないことに、自身が追い込まれている状態なのだと気付かされる。新たな酒を求めて従僕を呼ぶ。
新たな酒と共に現れたのは見覚えのない男だった。隙のない動き、射抜く冷たい視線は暗部の人間であると容易に推察できた。
「お考え頂けましたか。我が主ならお力になれる」
王都を発つ前に接触のあったとある貴族。マージオの義兄弟が起こした王位継承争いで弟殿下に組みしたが、辛うじて爵位を残したサラバイル男爵だ。
この風見鶏は立ち回りが上手く、ビッチェル王子陣営の筆頭貴族ヤーコル伯の腰巾着だ。サラバイル男爵だけの考えで接触してきたとは考えられない。後ろにヤーコル伯がいるとみて間違いはないだろう。
宰相ニックヘルムはマージオが推すナルセル王子派であることは周知の事実だ。ヴィレッツ殿下がナルセル王子の後見人となると表明したことで、ヴィレッツ殿下派の多くはナルセル王子に与することになるだろう。ビッチェル王子派は苦境に立たされる。ナルセル王子が成人の儀を迎え王太子として諸外国にお披露目されれば、更に厳しい状況となる。
そんな彼らが私に接触してくる目的は…?
まぁ、いい。そういった貴族を御するのも宰相としての器だ。せいぜい手駒として役に立って貰おうか。
ナルセル王子もビッチェル王子も正妃の子。ナルセル王子が優位というだけで、どちらが王位につくかはまだ分からない。身体が弱く寝込むことの多いナルセル王子への不安があるのは事実だ。ビッチェル王子陣営との繋ぎを持っておくことは悪いことではない。
「会おう」
その返答を得て男は闇に消えた。
テリアスはこれからに思いを馳せ、新たな酒を煽った。




