47.王都帰還
不夜城と名高い王都も、濃い闇が支配する時間は落ち着きをみせる。酒場の灯りが消え、街は短い眠りについていた。
静けさの中をマージオを乗せた馬車は進む。
マージオはニックヘルムと向き合い腰掛けているが、互いに言葉を交わすことはなかった。ミクが既に死んでいた事実を隠し、マオを自分から遠ざけようと画策していたニックヘルム。アレニエの報告ではテリアスはマオを亡き者にしようと画策している。左手人差し指の指環に触れる。仄かに熱を帯び、ミクの気配を感じる。もう 大切なものを失いたくないし、後悔したくなかった。
「ニックヘルム、私は充分お前の望む王であっただろう?」
マージオは真緒を襲った事実が出てきてもニックヘルムを恨む気持ちはなかった。この友への信頼と感謝は消えるものではなかった。しかし、自分の気持ちを抑えるのは限界だった。
「…マージオ様…」
ニックヘルムは馴染んだ名前を呼んだ。公の場では陛下、国王などと呼んでいるが、青年期から共に過ごし闘ってきたのだ。主人であり親友なのだ。ミクの願った平和で豊かな国を目指すことを自らの枷にしてきたマージオ。毎年、王家の庭でミクを想い自らを取り戻していたからこそ、ここまで心を保ってこられたのだ。だから真緒の存在を隠したかった。知らなければ、ミクを待つことで心が救われる。
しかし真緒の存在が知れた以上、ミクが既に死んでいることを隠しておけなかった。だから告げた。それは自分の役目だと思ったから。
「私は怖いんだよ、あの娘が消えたら永遠にミクを失ってしまうようで。ミクがあの娘を寄越したんだ。現れたことは何か意味があるんじゃないか、そう思えてならない」
マージオはニックヘルムの手を取った。
「ナルセルの地盤が固まるまでは王としての役割を果たす。だからミクの娘に手を出させるな」
「御意」
ニックヘルムは握られたマージオの手に額をつけ誓った。我らが目指すものは昔と変わらない。争いのない豊かな国にして民を守ること。次代王ナルセル王子へ引き継ぐこと。そのときがきたら、自分も亡き妻を想い暮らすのも良い。そのために、今はまだ立ち止まれない。
テリアスの動きに目を光らせなくては。
テリアスがなぜ真緒にあそこまで執拗に排除しようとするのか。ニックヘルムが妻を失ったとき、この国のためにマージオが背負うものに比べたら 自らの幸せは望むまい、そう自分に言い訳をして喪失感に蓋をした。亡き妻の最後に居合わせたテリアスは涙を見せることもなく、私をなじることもなかった。だから都合がよかったのだ、テリアスが何も言わないことが。国のために犠牲はつきもの、その姿勢を示すことが後継を育てることだと信じることで自分を正当化したのだ。
母親が死んだ原因の娘、テリアスの行動の理由はそこにあるのかもしれない。一度 話をしなければ。
遅れて王都へ帰還する予定のテリアスが、真緒を亡き者にするため新たな手立てを講じているなど知る由もなかった。




